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童貞にして最強 ―穢れなき力を手にした男の黙示録―  作者: 忠犬むつ公
第一部

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第一話 誰にも待たれていない少年

ジリリリリリリリ――。


「…………うるせぇ」


 けたたましい音が、薄暗い部屋に鳴り響いた。


 布団から一本の腕が伸びる。


 一度目。


 空振り。


 二度目。


 目覚まし時計の側面を叩いた。


 三度目でようやく上部のボタンを押し込む。


 静寂。


「…………」


 少年は再び布団へ潜った。


 十秒。


 二十秒。


「…………学校」


 現実を思い出す。


「だぁぁぁ……」


 呻きながら布団を剥ぎ取った。


 跳ねた黒髪。


 眠そうな目。


 寝間着代わりの古いTシャツ。


 どこにでもいそうな高校生だった。


 彼の名は、如月礼。


 十七歳。


 高校二年生。


 成績は中の中。


 運動神経も普通。


 部活動には所属していない。


 人に誇れるような特技もない。


 当然、世界を救った経験もない。


 そして――。


「……彼女ほしい」


 朝一番の言葉が、それだった。


 彼女いない歴、十七年。


 童貞。


 本人としては、その肩書きを一刻も早く返上したかった。


「顔洗お……」


 礼は立ち上がり、部屋を出た。


 廊下は静まり返っていた。


 誰かが朝食を作る音も。


 テレビのニュースも。


 「早くしなさい」と急かす声もない。


 礼は気にする様子もなく洗面所へ向かう。


 蛇口を捻る。


 顔を洗う。


 歯を磨く。


 寝癖を水で押さえつける。


 制服へ着替え、リビングへ入った。


「…………」


 当然、誰もいない。


 冷蔵庫を開ける。


「…………」


 水。


 調味料。


 卵が一個。


 以上。


 礼は閉めた。


 数秒考えて、もう一度開ける。


 当然、中身は増えていない。


「……二回開けても増えねえか」


 戸棚を探る。


 奥から食パンの袋が出てきた。


「お」


 一枚だけ残っている。


 賞味期限を見る。


 昨日。


「…………」


 礼は少し考えた。


「一日なら誤差だろ」


 トースターへ放り込む。


 待っている間に財布を開く。


 百円玉が二枚。


 十円玉が三枚。


 五円玉が一枚。


 一円玉が三枚。


「二百三十八円」


 財布を閉じる。


「昼飯……パンだな」


 チン、と音がした。


 焼けたパンを取り出す。


 バターもジャムもない。


 そのまま齧った。


「……硬ぇ」


 水道水で流し込む。


 食べ終わると、皿も出していないので片付けるものすらなかった。


 鞄を肩へ掛ける。


 玄関へ向かう。


 靴を履く。


 扉へ手を掛けたところで。


「…………」


 一瞬だけ、礼は家の中を振り返った。


 静かな家。


 誰もいない。


 いつも通り。


 礼は何も言わず、玄関を出た。


 扉が閉まる。


 ――「行ってきます」と言わなくなったのがいつだったのか。


 礼自身、もう覚えていなかった。


     ◇


「おっす、礼!」


「うおっ!」


 校門の手前で背中を叩かれた。


「朝からいてぇよ!」


「お前がボーッとしてるからだろ」


「寝起きなんだよ」


「家から学校まで寝ながら歩いてきたのか?」


「半分くらい」


「器用だな」


 二人で笑いながら校門を通る。


 同じクラスの友人だった。


「そういや礼」


「ん?」


「昨日の夜送ったやつ見た?」


「……お前さ」


「ん?」


「俺に何で送ったの?」


「え?」


「俺、スマホ持ってねえけど」


「あ」


「“あ”じゃねえよ」


「そうだったわ!」


「何回目だよ!」


「いや、クラスのグループに投げたから、なんとなく礼も見てる気がして」


「存在してねえよ、俺」


「クラスには存在してるだろ」


「ネット上にだよ!」


「じゃあ今日見せるわ」


 友人がスマートフォンを取り出す。


「ほら」


「なんだこれ」


 画面では猫が妙な体勢で寝ている動画が流れていた。


「昨日これで十分くらい笑ってた」


「お前疲れてんじゃね?」


「めちゃくちゃ面白いだろ!」


「……もう一回見せて」


「気に入ってんじゃねえか」


 二人で笑う。


 礼にとっては、いつものことだった。


 クラスのほとんどがスマートフォンを持っている。


 礼は持っていない。


 最初の頃は珍しがられた。


 今では皆、なんとなく知っている。


「ていうかお前、マジでスマホ買わねえの?」


「買えるなら買ってるわ」


「親に言えば?」


「言ったよ」


「なんて?」


 礼は母親の口調を真似た。


「『高校生にそんなもの必要ないでしょ』」


「うわ」


「だろ?」


「でも連絡困らね?」


「学校来れば会えるじゃん」


「昭和の人?」


「平成生まれだわ!」


 また笑った。


 それで終わり。


 礼もそれ以上は話さなかった。


 母親が最新型のスマートフォンを持っていることも。


 新しい服や鞄を頻繁に買っていることも。


 礼は言わない。


 言ったところで何かが変わるわけでもない。


 教室へ入る。


 授業。


 休み時間。


 教師に当てられ、答えを間違える。


 友人に笑われる。


 すれ違った女子を目で追っているところを見つかる。


「今見たろ」


「見てねえ」


「絶対見た」


「何を」


「脚」


「…………」


「見たんだな?」


「男なら見るだろ」


「開き直った!」


「うるせえ!」


 ごく普通の高校生だった。


 誰も彼を特別扱いしない。


 礼自身も、自分が特別だとは思っていなかった。


 昼休み。


「礼、飯食おうぜ」


「おう」


 友人が弁当を持ってくる。


 礼は鞄から菓子パンを一つ出した。


「……またそれだけ?」


「またとは失礼な」


「昨日もパンじゃなかった?」


「パンを舐めるな。完全食だぞ」


「絶対違う」


「小麦入ってるだろ」


「小麦しか入ってねえじゃん」


 袋を開ける。


 安いクリームパン。


 朝の残金から買えるものを選んだ。


「ほら」


「ん?」


 弁当箱から唐揚げが一個差し出される。


「やる」


「いいよ」


「食えって」


「お前のだろ」


「母ちゃんが入れすぎた」


 友人が弁当箱を見せる。


 確かにぎっしり入っている。


「朝から『あんた最近痩せたんじゃない?』ってうるせえんだよ」


「愛されてんな」


「やめろ気持ち悪い」


「褒めてんだろ!」


「いいから食え」


「……じゃあ、もらう」


 礼は唐揚げを受け取った。


「サンキュ」


 一口。


「……うま」


「だろ?」


「お前が作ったみたいな顔すんな」


「俺の母ちゃんだから半分くらい俺が作ったようなもんだろ」


「意味わかんねえよ」


 礼は笑った。


 もう一口。


 少し冷めている。


 それでも。


 その日の昼に食べたものの中で、一番温かかった。


     ◇


「礼! ゲーセン行こうぜ!」


 放課後。


「今日?」


「駅前。新しい音ゲー入ったらしいぞ」


「あー……」


 礼は制服のポケットへ手を入れた。


 財布。


 中身を思い出す。


 ほとんど残っていない。


「悪い。今日用事ある」


「マジか」


「また今度な」


「絶対だぞ」


「はいはい」


「連絡できねえんだから明日学校来いよ!」


「学校は普通に来るわ!」


 笑いながら手を振る。


 友人たちは駅へ向かう。


 礼は反対方向へ歩き出した。


「…………」


 用事などなかった。


「……ゲーセン行きてえ」


 ぽつり。


 すぐに頭を掻いた。


「金ねえんだから仕方ねえか」


 スーパーの前を通る。


 惣菜売り場を見る。


 まだ値引きの時間ではない。


 通り過ぎる。


 家へ着いた。


 郵便受けを開ける。


 何通か封筒が入っている。


 その中に。


「……また来てる」


 赤い文字。


 電気料金の督促。


 礼は封筒を持って玄関を開ける。


 暗い。


「…………」


 誰もいない。


 冷蔵庫を開ける。


 朝と変わっていない。


 卵が一個。


「お前……」


 卵を取り出す。


「まだいたのか」


 フライパンを出す。


 目玉焼きを作る。


 醤油をかける。


 皿に載せる。


 食卓へ座る。


 テレビをつけた。


 バラエティ番組。


 芸人たちが楽しそうに笑っている。


 礼も少し笑った。


 目玉焼きを食べる。


 それだけだった。


     ◇


 夜。


 玄関の扉が開いた。


「……?」


 自室で教科書を眺めていた礼が顔を上げる。


「あはは! 嘘でしょ?」


 聞き覚えのある女性の声。


 母親だった。


 久しぶりに聞いた。


 続いて。


「マジだって。あいつ完全に潰れてさ」


 男の声。


 礼は教科書を閉じた。


 部屋を出る。


 玄関に母親がいる。


 知らない男もいる。


「あれ?」


 母親が礼を見る。


「…………」


「今日いたんだ」


 礼は答えなかった。


 男が礼を見る。


「誰?」


「ああ……息子」


「息子いたんだ」


「うん」


 会話はそれで終わった。


 二人はリビングへ向かう。


「母さん」


 礼が呼び止める。


「なに?」


「これ」


 督促状を差し出した。


「ああ」


 母親は受け取る。


 見る。


「払っといてよ」


「俺が?」


「コンビニで払えるから」


「金ないよ」


「え?」


「俺、金ない」


 母親がため息を吐く。


「この前渡したじゃん」


「二週間前に三千円」


「もうないの?」


「飯買ってたらなくなるだろ」


「高校生なんだからバイトすれば?」


「学校、禁止なんだけど」


「みんな隠れてやってるでしょ」


「知らねえよ」


「じゃあ先生にでも相談すれば?」


 礼は母親を見た。


「……なんて?」


「何が?」


「『母親が金くれないから働かせてください』って?」


「そういう言い方しなくてもいいでしょ」


「…………」


「ほんと面倒くさい」


 その一言で。


 礼は黙った。


 母親が財布を取り出す。


 中には何枚もの紙幣。


 その中から千円札を一枚だけ抜いた。


「はい」


 テーブルへ置く。


「これで何か食べなよ」


「…………」


「電気は私が払っとくから」


「……わかった」


 礼は千円札を取った。


「ありがと」


「うん」


 母親はもう礼を見ていなかった。


「ねえ、ビール飲む?」


 男へ向けた声。


 さっきまでとは違う。


 明るくて。


 楽しそうで。


 礼は自室へ戻った。


 扉を閉める。


 机に座る。


「…………」


 壁の向こうから笑い声。


 礼は教科書を開いた。


 一行読む。


 笑い声。


 もう一行。


 また笑い声。


「…………」


 教科書を閉じた。


 音楽でも聴こうかと思った。


 そんなものはない。


 スマートフォンもない。


 ゲーム機もない。


 部屋にあるのは学校の教科書と、古本屋で昔買った漫画が何冊か。


 礼はベッドへ横になった。


 枕を頭へ被せる。


 それでも。


 母親の笑い声が聞こえた。


「…………」


 楽しそうだった。


 礼には、あんな声で話しかけたことがあっただろうか。


 思い出そうとした。


 やめた。


 昔。


 授業参観の日。


 小さな礼は、何度も教室の後ろを見た。


 来なかった。


 運動会。


 競技を終えるたび、家族が集まる場所を見た。


 いなかった。


 熱を出した冬。


 学校の先生が母親へ連絡した。


 迎えには来なかった。


 一人で帰った。


 一人で布団に入った。


 水を飲もうとして。


 台所まで歩けず、廊下に座り込んだ。


 その夜。


 玄関は開かなかった。


 翌朝も。


 母親はいなかった。


 誕生日。


 クリスマス。


 卒業式。


 いつからだろう。


 待つことをやめたのは。


「…………」


 礼は枕を退けた。


 天井を見る。


「……俺って」


 声が漏れる。


「何なんだろうな」


 返事はなかった。


 当然だった。


 礼も。


 最初から返事など求めていなかった。


     ◇


 翌日の放課後。


「腹減った……」


 礼は一人で住宅街を歩いていた。


 昨日もらった千円札は崩した。


 朝食と昼食。


 残りは少ない。


「今日はスーパー粘るか……」


 半額シールが貼られる時間まで待とう。


 そんなことを考えていた時。


「…………」


 公園の前で足が止まった。


 ベンチに小さな男の子が座っている。


 ランドセル。


 小学校低学年くらい。


 俯いていた。


 礼はそのまま通り過ぎる。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 四歩。


 五歩。


「…………あー」


 頭を掻く。


「もう」


 引き返した。


「おい」


 男の子が顔を上げる。


 泣いていた。


「どうした」


「……なんでもない」


「なんでもない奴は泣かねえだろ」


「…………」


 礼は隣に座った。


「家帰らねえの?」


「……入れない」


「鍵忘れた?」


 頷く。


「母ちゃんは?」


「仕事」


「連絡は?」


「電話したけど……出ない」


「何時に帰ってくる?」


「わかんない」


「…………」


 礼は男の子を見た。


 腹が鳴った。


 自分の腹だった。


「……腹減ってる?」


 男の子が小さく頷く。


 礼は鞄を開けた。


 パンが一つ。


 帰り道で食べるつもりだった。


 少しだけ眺める。


「ほら」


 男の子へ差し出した。


「え?」


「食え」


「でも……」


「俺、腹減ってねえから」


 盛大に鳴った。


 礼の腹が。


「…………」


「…………」


 男の子が礼を見る。


「今のは違う」


「お腹……」


「違う」


「鳴った」


「これは……胃の音じゃない」


「じゃあ何?」


「知らん」


 男の子が。


 少しだけ笑った。


 礼も笑った。


「いいから食え」


「……ありがとう」


「ん」


 男の子がパンを食べ始める。


 礼は空を見上げた。


 夕暮れ。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「帰らないの?」


「お前の母ちゃん来るまでいるよ」


「でも」


「暇だから」


 嘘だった。


 腹も減っている。


 スーパーにも行きたい。


 宿題もある。


 それでも礼は立たなかった。


 一人で誰かを待つ時間が。


 どれだけ長いのか。


 それだけは。


 誰よりもよく知っていたから。


     ◇


 男の子の母親が駆けてきた頃には、空は暗くなっていた。


「本当にすみません! ありがとうございました!」


「いや、別に」


 何度も頭を下げる女性に、礼は困ったように頭を掻いた。


「大したことしてないんで」


「ほら、あなたも」


「お兄ちゃん、ありがとう!」


「おう。今度は鍵忘れんなよ」


「うん!」


 親子が手を繋いで帰っていく。


 礼はその背中を見送った。


「…………」


 小さな手。


 それを握る母親の手。


「……帰るか」


 礼は反対方向へ歩き出した。


     ◇


 家に着いた。


 玄関を開ける。


 暗い。


 母親はいない。


 昨日の男もいない。


「…………」


 礼は靴を脱いだ。


 冷蔵庫を開ける。


 何もない。


「マジかよ」


 閉める。


 自室へ戻った。


 ベッドへ倒れ込む。


「腹減った……」


 天井を見る。


 明日も学校。


 明後日も。


 その次も。


 卒業したら何をするのだろう。


 大学。


 就職。


 一人暮らし。


 考えてみても、何も浮かばない。


 やりたいこともない。


 なりたいものもない。


 待っている人もいない。


「…………」


 礼は右手を天井へ伸ばした。


 何かを掴むように。


 指を閉じる。


 当然。


 何も掴めない。


「……どっか行きてえな」


 自分でも。


 なぜそんな言葉が出たのか分からなかった。


「ここじゃない……どっか」


 腕を下ろす。


 目を閉じる。


 その時だった。


 ――カチ。


「…………?」


 妙な違和感。


 礼が目を開ける。


 静かだった。


 静かすぎる。


 壁掛け時計を見る。


「……止まってる?」


 秒針が動いていない。


 電気のスイッチを押す。


 つかない。


「またかよ……」


 電気料金。


 母親は払うと言っていた。


「払ってねえじゃん」


 礼はため息を吐く。


 だが。


 窓の外を見た瞬間。


「…………え?」


 違った。


 向かいの家。


 街灯。


 信号。


 遠くに見える建物。


 すべての明かりが消えている。


 停電?


 それだけではない。


 音がない。


 車。


 風。


 犬の鳴き声。


 何も。


「なんだ……?」


 その時。


 ――パキ。


 背後。


 何かが割れる音。


 礼が振り返った。


「…………は?」


 部屋の中央。


 何もない空間に。


 一本の亀裂が走っていた。


 パキ。


 パキパキ。


 硝子のように。


 空間そのものが割れていく。


 その向こうから。


 光。


 青でもない。


 白でもない。


 紫でもない。


 礼が今まで見たことのない色。


「……なんだよ、それ」


 一歩。


 後ろへ下がる。


 逃げるべきだ。


 そう思った。


 誰かを呼ばなければ。


 そう思った。


「…………」


 誰を?


 礼は少しだけ笑った。


「……誰もいねえか」


 亀裂が広がる。


 光が部屋を満たしていく。


 怖い。


 間違いなく怖い。


 それなのに。


 礼は目を逸らせなかった。


 一歩。


 今度は前へ出る。


「なんなんだよ……お前」


 答えはない。


 光だけが揺れている。


 礼は知らなかった。


 その向こう側に。


 この世界とは異なる空があることを。


 剣があることを。


 魔術があることを。


 怪物がいることを。


 戦争があることを。


 そこで出会う者たちを。


 そこで失う者たちを。


 そこで。


 自分を待ってくれる者たちに出会うことを。


 礼は知らなかった。


 世界の誰一人として知らなかった力を見つけることも。


 その力に《童力》と名付けることも。


 自らの手で《童術》という体系を生み出すことも。


 多くの命を救うことも。


 多くの命を奪うことも。


 やがて。


 居場所を失った者たちが。


 彼のもとへ集うことも。


 そして――。


 彼らが。


 一人の男をこう呼ぶようになることも。


 ――《童師》。


 今の礼は。


 まだ。


 何一つ知らなかった。


「うわっ――!」


 光が膨れ上がった。


 礼の身体を飲み込む。


 最後に見えたものは。


 誰もいない部屋。


 空っぽの家。


 自分を待つ者のいない。


 十七年間を過ごした場所だった。


 如月礼。


 十七歳。


 彼女いない歴、十七年。


 童貞。


 特別な力などない。


 選ばれた勇者でもない。


 英雄でもない。


 王でもない。


 皇帝でもない。


 そして。


 まだ誰からも――《童師》とは呼ばれていない。


 この時の彼は。


 ただの。


 居場所を知らない、一人の少年。


 そしてまだ――。


 **何者でもなかった。**

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