↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
童貞にして最強 ―穢れなき力を手にした男の黙示録―  作者: 忠犬むつ公
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/108

第十三話 名前のない力

守護者の腕が振り下ろされる。


 礼は、自分の中に見つけた未知の何かへ意識を伸ばしていた。


 魔力ではない。


 血でもない。


 心臓の鼓動とも違う。


 けれど、確かにそこにある。


 これが何なのかは分からない。


 何ができるのかも分からない。


 それでも礼は願った。


 動け。


 何でもいい。


 何か起きろ。


 俺を生かせ。


「…………」


 何も起きなかった。


「え?」


 黒い腕が迫る。


「ちょ――」


 礼は咄嗟に身体を横へ転がした。


 直後、頭があった場所へ守護者の拳が叩きつけられる。


 轟音とともに床が砕け、弾けた石片が礼の頬を打った。


「いっ……!」


 転がった勢いのまま、礼は這うように距離を取った。


 何も起きない。


 確かに感じた。


 確かにある。


 なのに。


「なんか起きろよ!!」


 思わず叫んだ。


 守護者は答えない。


「こういうの普通、見つけたら使えるだろ!」


 当然、返事はない。


「何なんだよこれ!」


 礼は立ち上がろうとした。右腕はまだ痺れている。腹も痛い。呼吸をするだけで脇腹が軋んだ。


 それでも守護者は待ってくれない。


 黒い巨体が踏み込む。


「くそっ!」


 礼は逃げた。


 何かがある。


 それだけでは意味がない。


 水を見つけても、汲めなければ飲めない。


 武器があっても、扱えなければ戦えない。


 自分は今、それと同じなのだ。


「使い方くらい……!」


 礼は走りながら歯を食いしばった。


「一緒に教えとけよ!」


 誰に文句を言っているのか、自分でも分からなかった。


     ◇


 守護者の拳が壁を砕いた。


 礼は間一髪で避け、崩れた柱の裏へ飛び込む。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が荒い。


 もう長くは走れない。


 礼は柱に背を預けながら目を閉じた。


 もう一度。


 自分の中。


 探す。


「…………」


 あった。


 さっきより早く見つかる。


 ――ドクン。


 やはり魔力とは違う。


 魔力は、セイルに教わった時には薄い霧のように感じた。自分の中に存在しているが、あまりにも少なく、掴もうとすれば指の間から抜けてしまうような感覚だった。


 これは違う。


 もっと重い。


 もっと深い。


 輪郭がある。


 だが、そこから先が分からない。


「……どうすんだよ」


 礼は眉を寄せる。


 感じる。


 できた。


 次。


 動かす。


「…………」


 礼はそれを右手へ動かそうとした。


「こっち」


 何も起きない。


「右手」


 ――ドクン。


「右」


 動かない。


「手!」


 動かない。


「右手に来いって!」


 動かない。


「…………」


 礼は目を開けた。


「日本語通じねえのかよ」


 自分の中にあるものに日本語が通じるわけがない。


「いや、俺の中にあるなら通じろよ……」


 その時。


 柱の向こう。


 黒い影。


「やばっ!」


 守護者の腕が柱を薙ぎ払った。


 石柱が折れる。


「うわっ!」


 礼は走った。


 考える。


 どうやって。


 セイルなら。


「……魔力」


 礼は思い出す。


 セイルが魔術を使う時。


 杖。


 術式。


 詠唱。


 魔力を操作し、術式へ流し、現象へ変える。


「流す……?」


 礼は走りながら呟いた。


 ある場所から。


 使いたい場所へ。


 動かす。


 言葉で命令するのではない。


「……流す」


 右手。


 違う。


 今必要なのは。


 脚。


 逃げるため。


「脚……」


 守護者が迫る。


 礼は意識を集中させた。


 自分の中。


 あの感覚。


「下……」


 動け。


「下に……!」


 守護者の腕。


 来る。


「脚に来い!!」


 ――ドクン。


「――っ!?」


 何かが。


 動いた。


 身体の奥を、未知の感覚が駆け抜ける。


 熱ではない。


 痛みでもない。


 それなのに、全身の毛が逆立った。


 脚。


 来た。


「これ――」


 礼は床を蹴った。


 直後。


 景色が消えた。


「――え?」


 風。


 身体が前へ。


 速い。


 いや。


 速すぎる。


「え、ちょ――」


 十歩ほど先にあった壁が、一瞬で目の前まで迫った。


「待っ――!」


 止まれない。


「ぶっ!!」


 激突した。


     ◇


「…………」


 礼は床に倒れていた。


「…………っ」


 鼻。


 痛い。


「いっ……てぇぇ……」


 左手で鼻を押さえる。


 血。


「何だよこれ……!」


 痛い。


 でも。


 礼はすぐに顔を上げた。


「…………」


 今。


 何が起きた。


 自分は。


 あそこにいた。


 守護者。


 遠い。


 十歩どころではない。


「……俺が?」


 礼は自分の脚を見る。


 普通。


 何も変わっていない。


「今の……俺?」


 守護者が礼を見る。


 そして。


 走り出した。


「あ」


 考えている場合じゃない。


「もう一回!」


 礼は立ち上がる。


 自分の中。


 探す。


 さっき。


 脚。


 流した。


「……来い」


 ――ドクン。


「来た!」


 脚。


 床を蹴る。


「うおっ――」


 今度は横。


 守護者を大きく迂回する。


「速っ――!」


 速い。


 さっきよりも。


「待って待って待って!」


 止まれない。


 壁。


「また!?」


 礼は咄嗟に身体を捻った。


 肩から壁へ突っ込む。


「ぐえっ!」


 床へ転がる。


「…………」


 痛い。


「……加減」


 礼は呻いた。


「加減できねえのかよ、これ……!」


 だが。


 逃げられた。


 二回。


 偶然じゃない。


「…………」


 礼の目が変わった。


 痛みはある。


 恐怖も消えていない。


 それでも。


 初めて。


 何もできなかった状況に、小さな穴が開いた。


「……使える」


 守護者。


 迫る。


「これ……使えるぞ」


     ◇


 三回目。


 礼は考えた。


 さっきは。


 全部。


 脚へ。


 いや、本当に全部だったのかは分からない。


 だが感覚としては、掴んだものをそのまま一気に流した。


「だから速すぎた……?」


 なら。


 少し。


「ちょっとだけ……」


 未知の何かを感じる。


 そこから。


 ほんの少し。


 脚へ。


「…………」


 難しい。


 水を手ですくうような感覚を想像する。


 全部じゃない。


 少し。


 守護者。


 近い。


「焦るな……」


 怖い。


「怖くなくなった奴から死ぬ……」


 ガルド。


 また。


 その言葉。


「……分かってる」


 礼は守護者を見る。


「怖いよ」


 怖い。


 だから。


 見る。


 肩。


 脚。


 腕。


「……今」


 攻撃。


 礼は床を蹴った。


 ――ドクン。


「っ!」


 速い。


 でも。


 今度は。


 見える。


 壁。


 距離。


 床。


「止まれ!」


 足を踏ん張る。


 靴底が床を滑る。


「うおおおおっ……!」


 止まった。


「…………」


 礼は。


 自分の脚を見る。


「できた」


 小さな声。


「……できた」


 守護者が振り返る。


「できた!!」


 嬉しい。


 一瞬。


 本当に。


 嬉しかった。


 自分で。


 できた。


 誰にも教わっていない。


 誰にも答えを聞いていない。


 一回失敗した。


 二回失敗した。


 三回目。


「……そっか」


 礼は息を整える。


「少なくすればいいんだ」


 単純。


 それだけ。


 でも。


 今の礼には。


 大発見だった。


     ◇


 次。


 礼は考える。


 脚に流せば。


 速くなる。


 なら。


「腕は?」


 守護者。


 硬い。


 ガルドの剣。


 弾いた。


 ミレナの矢。


 弾いた。


 セイルの魔術。


 ほとんど効かない。


「…………」


 普通なら。


 試さない。


 礼も。


 本当なら試したくない。


 でも。


 逃げ道がない。


 どこかで。


 守護者を止めなければ。


「……一回だけ」


 礼は左拳を握る。


 右腕は。


 まだ痛い。


「一回だけだからな……」


 誰に言っているのか。


 分からない。


 未知の何か。


 今度は。


 腕。


「少し……」


 流す。


 ――ドクン。


「…………!」


 左腕。


 違う。


 軽い。


 力。


 入る。


「……いける?」


 守護者。


 来る。


 礼は。


 待つ。


 右腕。


 振る。


 避ける。


「今!」


 懐。


 入る。


 胸。


 黒い外殻。


「うおおおおお!!」


 拳。


 叩き込む。


 ドン!!


「…………!」


 守護者の巨体が。


 僅かに。


 揺れた。


「…………」


 礼。


 目。


 見開く。


「効いた……?」


 次の瞬間。


「いっっっっっっっっっっっっ!!?」


 左手。


 激痛。


「痛っ!! 痛い痛い痛い!!」


 礼は飛び退いた。


 拳。


 赤い。


「何で!?」


 当たり前だった。


 殴ったのは。


 黒い外殻。


 剣すら弾く。


 硬いもの。


 いくら腕の力が増えても。


 拳が硬くなったわけではない。


「そういうこと!?」


 守護者が追ってくる。


「先に言えよ!!」


 誰も教えてくれない。


 当然。


 こんな力。


 誰も知らない。


「くそっ!」


 礼は脚へ。


 少し。


 流す。


 避ける。


 今度は。


 壁へぶつからない。


「…………」


 走りながら。


 礼は考える。


 脚。


 速くなる。


 腕。


 強くなる。


 でも。


 身体は。


 普通。


「強くしたら……身体がついてこない」


 左手。


 痛い。


「なら」


 どうする。


 分からない。


 今は。


 いい。


 後で。


 考える。


「…………後?」


 礼は。


 その言葉に。


 自分で。


 気づいた。


 後で。


「…………」


 礼は。


 少し笑った。


「後で考えればいいか」


 後が。


 ある。


 そう思った。


 ほんの少し。


     ◇


 礼は逃げ続けた。


 ただし。


 もう。


 さっきとは違う。


 守護者の動きを見る。


 攻撃。


 避ける。


 必要な時だけ。


 脚へ。


 少し。


 流す。


 失敗。


 強すぎる。


 次。


 減らす。


 弱すぎる。


 次。


 少し増やす。


「これくらい……!」


 走る。


 成功。


 覚える。


 何度も。


 何度も。


 身体で。


 覚える。


 礼は知らなかった。


 今。


 自分が何をしているのか。


 後世。


 何と呼ばれるのか。


 誰も知らない。


 当然。


 名前すらない。


 ただ。


 十七歳の少年が。


 死にたくない一心で。


 試して。


 失敗して。


 また試していた。


「はぁ……はぁ……」


 だが。


 限界は来る。


「……まずい」


 未知の何か。


 減っている。


 感覚。


 薄い。


「これ……なくなるのか?」


 当然。


 分からない。


 使い切ったら。


 どうなる。


 死ぬ?


 気絶?


 戻る?


「分かんねえこと多すぎる……!」


 礼は走る。


 出口。


 探す。


 風。


 音。


 光。


「…………!」


 前。


 階段。


 上。


「上だ!」


 走る。


 守護者。


 追う。


 階段。


 崩れている。


「うそだろ!」


 途中。


 大きな穴。


 普通なら。


 飛べない。


「…………」


 礼は。


 脚を見る。


「やるしかない」


 未知の何か。


 残り。


 少ない。


「少しじゃ……届かない」


 なら。


 多く。


 でも。


 壁。


 ぶつかる。


「…………」


 距離。


 見る。


 向こう。


 着地。


 どれくらい。


「……知らねえよ」


 やったことない。


「俺、体育そんな得意じゃねえんだけど」


 守護者。


 来る。


「…………」


 礼は。


 笑った。


「知るか」


 流す。


 脚。


 今までより。


 多く。


「行け!!」


 床。


 蹴る。


 身体。


 飛ぶ。


「うおおおおおおお!!」


 穴。


 下。


 暗闇。


「届――」


 向こう。


 近い。


「けえええええ!!」


 手。


 縁。


「っ!!」


 掴む。


 身体。


 ぶつかる。


「ぐっ……!」


 落ちる。


「嫌だ!!」


 左手。


 痛い。


 右腕。


 動きづらい。


 それでも。


 掴む。


「落ちるか……!」


 足。


 壁。


「俺は……!」


 登る。


「生きるんだよ!!」


 身体。


 上。


 転がる。


「はぁ……はぁ……!」


 渡った。


 守護者。


 反対側。


 止まる。


「…………」


 来られない?


「……やった」


 礼は。


 笑う。


「やった……!」


 守護者が。


 身体を沈めた。


「…………え?」


 跳んだ。


「嘘だろおおおおお!!」


 礼は走った。


     ◇


 階段。


 上。


 上。


 ひたすら。


 走る。


「はぁっ……はぁっ……!」


 守護者。


 後ろ。


 近い。


「出口!」


 光。


 見える。


「出口!!」


 自然光。


 青。


 空。


 礼の目が。


 大きく開く。


「外……!」


 走る。


 でも。


 脚。


 重い。


 未知の何か。


 ほとんど。


 感じない。


「あと……!」


 守護者。


 近い。


「あとちょっと……!」


 脚。


 動かない。


「来い……!」


 未知の何か。


 探す。


「もう一回!」


 薄い。


「頼む……!」


 残り。


 僅か。


「これで……!」


 全部。


 脚へ。


「終わりでいいから!!」


 ――ドクン。


「行けえええええ!!」


 礼の身体が。


 加速した。


 光。


 飛び込む。


 守護者。


 腕。


 伸びる。


 背中。


 掠める。


「っ!」


 外。


 地面。


 転がる。


 草。


 土。


 空。


「…………」


 礼は。


 仰向けになった。


 青空。


 雲。


「…………」


 風。


 草の匂い。


 鳥。


 鳴いている。


「…………は」


 息。


 吸う。


「はぁ……」


 吐く。


「…………」


 心臓。


 動いている。


「……生きてる」


 礼は。


 呟いた。


「俺……」


 左手。


 握る。


 痛い。


 身体中。


 痛い。


 でも。


「……生きてる」


 笑った。


 涙が。


 出た。


「はは……」


 笑っているのか。


 泣いているのか。


 分からない。


「生きてる……」


 空。


 綺麗だった。


 腹が立つくらい。


 綺麗だった。


     ◇


 どれくらい。


 空を見ていたのか。


 分からない。


 礼は。


 ゆっくり。


 身体を起こした。


「っ……」


 痛い。


「……帰らないと」


 口から。


 自然に。


 出た。


「…………」


 帰る。


 どこへ。


「…………」


 宿。


 思い浮かぶ。


 五人分の。


 朝食。


「…………」


 礼は。


 目を伏せた。


「……違う」


 四人。


 ガルド。


 ミレナ。


 セイル。


 ボルグ。


「…………」


 無事。


 なのか。


 あの道。


 出られたのか。


「…………」


 礼は。


 立ち上がろうとした。


「ぐっ……!」


 膝。


 崩れる。


「くそ……」


 もう一度。


 立つ。


「探さないと」


 言ってから。


 礼は。


 自分で。


 止まった。


「…………」


 探す。


 誰を。


「……何で」


 笑った。


 乾いた。


 笑い。


「何で俺が……」


 捨てられた。


 置いていかれた。


 死ぬところだった。


「…………」


 それでも。


「……無事かな」


 言ってしまった。


「…………」


 礼は。


 唇を噛んだ。


「何で俺が心配してんだよ……」


 答えは。


 分かっていた。


 嫌いに。


 なれなかった。


 あの一か月が。


 嘘だったとは。


 どうしても。


 思えなかった。


「…………」


 礼は。


 自分の左手を見る。


 さっき。


 守護者を殴った手。


「……あれ」


 未知の何か。


 探す。


「…………」


 薄い。


 でも。


 まだ。


 僅かに。


 ある。


「何なんだろうな……」


 名前。


 ない。


 正体。


 分からない。


 使い方も。


 ほんの少し。


 分かっただけ。


「…………」


 礼は。


 手を握った。


 そして。


 遺跡を振り返る。


 暗い入口。


 あの中で。


 仲間を失った。


 あの中で。


 死にかけた。


 そして。


 あの中で。


 何かを。


 見つけた。


「…………」


 礼は。


 まだ知らない。


 それが何なのか。


 その力が。


 この先。


 どれほど多くのものを変えるのか。


 少年自身も。


 国も。


 歴史も。


 世界さえも。


 まだ。


 何も知らない。


 この日。


 世界で初めて。


 それを感じ。


 それを動かし。


 それによって生き延びた少年は。


 ただ。


 自分の中にある。


 名前のない力を握りしめて。


 呟いた。


「……とりあえず」


 礼は。


 ふらつきながら立ち上がった。


「みんなを探すか」


 その声には。


 怒りも。


 悲しみも。


 まだ全部。


 残っていた。


 それでも。


 如月礼は。


 一歩。


 歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。