↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
童貞にして最強 ―穢れなき力を手にした男の黙示録―  作者: 忠犬むつ公
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/108

第百五話 南から来た男

共同の建物が完成してから、五日が経った。


 朝になると扉が開き、昼間は誰かしらが出入りしている。


 村の者が話し合いに使う日もあれば、童術の練習に使う日もあった。子供たちが入り込んで叱られ、雨が降れば畑仕事を切り上げた者たちが軒下へ逃げ込む。


 最初から用途を決めなかった村長の言葉通り、使い道は勝手に増えていた。


 その日の午前も、三人の村人が中で童術の練習をしていた。


「違います。もっとゆっくりです」


「ゆっくりやってる」


「それで昨日、壁にぶつかったでしょう」


「あれは床が滑ったんだ」


「童師と同じこと言い始めましたね」


「何が?」


「何でもありません」


 元童術師の男がため息をつく。


 建物の外を通りかかった礼は、その声を聞いて足を止めた。


「童師」


 男が気づく。


「どうされました?」


「壁にぶつけるな」


「俺じゃありません」


「分かってる」


「聞こえてたんですか」


「ああ」


 練習していた村人が頭を掻いた。


「今日はぶつからないから大丈夫ですよ、童師様」


「昨日もそう言っただろ」


「……聞いてたんですか?」


「壁の音は聞こえた」


「…………」


「壊したら直せ」


「はい」


 礼はそれだけ言って歩き出した。


 今日は畑の水路を見ることになっている。


 昨日、流れが悪くなっている場所が見つかった。土が崩れた程度ならすぐ終わるだろうと聞いている。


 村の中央を抜ける。


「童師様!」


「なんだ」


「帰りに薪を少しお願いできますか!」


「ああ」


「童師様、村長が午後に来てくれって!」


「分かった」


「礼!」


 今度はガルドだった。


「なんだ」


「お前、俺の家の斧持ってったか?」


「持ってない」


「じゃあ誰だ」


「知らん」


「昨日お前使ってただろ」


「返した」


「どこに」


「薪の横」


「ねえぞ」


「なら誰かが使ってる」


「探すの手伝え」


「水路が先だ」


「逃げんな」


「逃げてない」


 礼はそのまま歩いた。


「後で探せよ!」


「ああ」


「絶対だぞ!」


 背中から声が飛んでくる。


 いつもの朝だった。



     ◇



 水路の修理は、昼前に終わった。


 原因は予想通り、春になって緩んだ土だった。


 村人と一緒に泥を掻き出し、崩れた部分へ石を積む。


 童術を使う必要すらなかった。


「これで大丈夫でしょう」


 村の男が水の流れを見る。


「ああ」


「助かりました、童師様」


「俺がいなくてもできただろ」


「人手は多い方がいいですよ」


「そうか」


「はい」


 男は道具を担いだ。


「昼、どうします?」


「戻って食う」


「今日は共同の建物で食べるそうですよ」


「またか」


「広いですからね」


「卓はできたのか」


「昨日できました」


「椅子は」


「まだ足りません」


「そうか」


「童師様が作ります?」


「作らない」


 即答すると、男が笑った。


「釘が曲がるからですか?」


「…………」


「ガルドさんが言ってました」


「あいつ」


 礼は立ち上がった。


「帰るぞ」


「はい」


 二人で村へ戻り始める。


 春の日差しは暖かかった。


 道の脇では草が伸び始め、遠くの森にも緑が増えている。


 村が見えてきた頃だった。


「……童師様」


「ああ」


 礼も気づいていた。


 村の入口に、人がいる。


 一人だった。


 村人ではない。


 男が柵にもたれかかるように立っている。


 いや。


 立っているというより、どうにか倒れずにいるだけだった。


「おい!」


 一緒にいた村人が走る。


 礼も後を追った。


「大丈夫か!」


 男が顔を上げる。


 二十代半ばほどだろうか。


 旅装は泥だらけで、外套の裾が破れている。頬は痩せ、唇も乾いていた。


「……村……?」


「ああ」


「水……」


「待ってろ!」


 村人が振り返る。


「水持ってくる!」


「少しずつ飲ませろ」


「はい!」


 男の身体が傾いた。


 礼が支える。


「怪我は」


「……ない」


「本当か」


「たぶん……」


 礼は男の様子を見る。


 血の匂いはしない。


 歩き続けた疲労が大きい。


「何日歩いた」


「……三日」


「どこからだ」


 男は答えなかった。


 呼吸を整える。


「……南」


 礼の目が僅かに動いた。


「南のどこだ」


「…………」


「今はいい」


 礼は男の腕を肩へ回した。


「中へ運ぶ」


「童師様、俺も」


「ああ」


 二人で男を支え、村の中へ入った。



     ◇



「食え」


「……すみません」


「謝らなくていい」


 共同の建物。


 完成して間もない長い卓の端に、男は座っていた。


 目の前には薄いスープとパンが置かれている。


 いきなり大量に食べさせるなと礼が言ったため、量は少ない。


 男はゆっくりパンを口へ運んでいた。


 周囲には村長とガルド、それから礼がいる。


 他の者たちは外へ出していた。


「名前は」


 村長が聞く。


「レオンです」


「どこから来た」


「……南です」


「それは聞いた」


「…………」


「言いたくないなら無理には聞かん」


 村長はそう言った。


「だが、何かに追われているなら話は別だ。この村には子供もおる」


「追われて……」


 レオンの手が止まる。


「分かりません」


「分からん?」


「ここまで……追ってきているかどうかは」


 空気が変わった。


 ガルドが壁から背を離す。


「誰に追われてる」


「…………」


 レオンは三人を見る。


 その視線が、礼のところで止まった。


「さっき」


「なんだ」


「この人を……童師様って」


 村長は答えない。


 礼が答えた。


「ああ」


「じゃあ」


 レオンの顔が変わる。


「あなたが……童師?」


「そう呼ばれている」


「…………」


 男が立ち上がろうとした。


「座ってろ」


「でも」


「倒れるぞ」


「あなたを……」


 卓へ手をつく。


「探してました」


 礼は黙った。


「俺を?」


「はい」


「なぜ」


 レオンが唇を噛む。


「助けてほしいんです」


「誰を」


「…………」


 男の声が震えた。


「仲間を」



     ◇



 話を聞く前に、レオンを休ませた。


 本人は話せると言ったが、村長が許さなかった。


「飯もろくに食っとらん奴の話を聞いてどうする」


 それだけだった。


 空いている寝台へ寝かせる。


 元童術師の男が水を運び、村の女が毛布を持ってきた。


 しばらくすれば眠りについた。


「礼」


 建物の外へ出たところで、ガルドが呼んだ。


「なんだ」


「どう思う」


「まだ何も聞いてない」


「そういう意味じゃねえ」


 ガルドは閉じた戸を見る。


「あいつ、お前を探してた」


「ああ」


「南から」


「ああ」


「この前の行商人の話、覚えてるか」


「覚えてる」


 南で童術師が捕まった。


 何人かまとめて連れていかれた。


 それ以上は分からない。


「関係あると思うか」


「分からない」


「だよな」


 ガルドは頭を掻いた。


「で?」


「何が」


「助けてくれって言われたらどうする」


「話を聞いてから決める」


「…………」


「何だ」


「いや」


 ガルドが少し笑った。


「昔のお前なら、もう南へ走ってたかもしれねえと思ってな」


「そうか?」


「ああ」


「覚えてない」


「俺は覚えてるって言っただろ」


 礼は何も言わなかった。


 共同の建物を見る。


 中では、南から来た男が眠っている。


「とりあえず飯だ」


 ガルドが言う。


「もう昼過ぎだぞ」


「ああ」


「今日は何だと思う」


「肉」


「だよな」


 二人は歩き出した。



     ◇



 レオンが目を覚ましたのは、日が傾き始めた頃だった。


 礼が呼ばれ、再び共同の建物へ向かう。


 今度は村長とガルドの他に、童術師が二人同席した。


「話せるか」


 礼が聞く。


「はい」


「無理なら明日でいい」


「いえ」


 レオンは首を振った。


「話します」


 昼より顔色は戻っている。


「まず」


 礼は向かいへ座る。


「お前は童術師か」


「…………」


「違うなら違うでいい」


「……違います」


「童力は」


「感じません」


「そうか」


 礼はそれ以上追及しなかった。


「仲間というのは」


「童術師です」


 予想していた答えだった。


「何人だ」


「六人」


「全員捕まったのか」


「……四人です」


「残り二人は」


「俺が逃げる途中で別れました」


「生きてるか」


「分かりません」


「どこで捕まった」


 レオンは村の卓へ目を落とす。


「南に、小さな町があります」


「名前は」


「ベルグです」


「知ってるか?」


 礼がガルドを見る。


「ああ。ここからなら歩いて五、六日ってところだ。街道使えばもう少し早い」


「そこで何があった」


「…………」


 レオンは両手を握った。


「最初は、何も」


「何も?」


「皆、普通に暮らしてました」


「童術師がか」


「はい」


 レオンが頷く。


「冒険者もいました。職人も。俺みたいに何も使えない奴も」


「何人くらいいた」


「町にいた童術師は……俺が知ってるだけで六人です」


「その六人が仲間か」


「はい」


「誰から習った」


「それぞれ違います」


 礼が僅かに目を細くする。


「違う?」


「はい。二人は旅の童術師から。一人は冒険者仲間から。残りは……そこから教わりました」


「礼から直接習った奴は?」


 ガルドが聞く。


 レオンは首を振った。


「いません」


 部屋が静かになった。


 礼は何も言わない。


 知らない町。


 知らない六人。


 自分と会ったことすらない。


 それでも童術を使っている。


「続けろ」


「はい」


 レオンは話を戻した。


「少し前から、役人が来るようになりました」


「何の役人だ」


「分かりません。王国の人間だとは言ってました」


「軍か?」


「兵士も一緒でした」


「何を聞かれた」


「童術師が何人いるのか。誰から習ったのか。何が使えるのか。町の外に仲間がいるのか」


 礼の表情は変わらない。


「答えたのか」


「最初は」


「最初は?」


「隠す理由もないと思ってましたから」


「…………」


「でも、何度も来るようになった」


 レオンの声が低くなる。


「最初は話を聞くだけだったんです。その次は名前を書かされた。その次は、町を出る時に届けろと言われた」


「それで?」


「三日前」


 男の指が僅かに震えた。


「兵士が来ました」


「何人」


「二十人くらい」


「目的は」


「童術師を連れていくことです」


「理由は」


「調査だと」


 礼の目が止まる。


「……調査」


「はい」


「どこへ」


「分かりません」


「抵抗したのか」


「してません!」


 レオンが顔を上げた。


「誰も!」


 声が大きくなった。


「……すみません」


「いい。続けろ」


「皆、話せば分かると思ってました。だから武器も抜かなかった。なのに……」


「…………」


「四人、連れていかれました」


「残り二人は」


「一人が怖くなって逃げようとして、それで町が騒ぎになって……俺も一緒に逃げました」


「なぜお前が」


「俺は」


 レオンは一度口を閉じた。


「友達だからです」


 礼は黙って聞く。


「童術が使えるとか、使えないとかじゃなくて。ずっと一緒にいました」


「…………」


「逃げた二人のうち一人が言ったんです」


 レオンが礼を見る。


「北へ行けって」


「なぜ」


「童師がいるかもしれないから」


「…………」


「噂を聞いてました。北へ向かった童術師たちがいる。その中に、最初に童術を作った人がいるって」


「誰から聞いた」


「分かりません。町の童術師が知ってました」


 礼は椅子へ深く座り直した。


「それで三日歩いたのか」


「はい」


「五、六日かかる距離だぞ」


 ガルドが言う。


「途中で荷車に乗せてもらいました。そこから歩いて……」


「よく着いたな」


「…………」


 レオンは礼を見る。


「お願いします」


「何を」


「四人を助けてください」


「…………」


「童師なら」


「やめろ」


 礼の声は低かった。


 レオンが止まる。


「俺なら何でもできると思うな」


「でも」


「まず四人がどこにいるのかも分からない」


「…………」


「連れていった相手も分からない。目的も分からない」


「はい」


「今からベルグへ行っても、三日前だ。もういない可能性が高い」


「…………」


「それでも探すなら、情報がいる」


 レオンが顔を上げる。


「……助けて、くれるんですか」


「まだ決めてない」


「…………」


「決めるために聞いてる」


「はい」


 礼は少し考える。


「明日、もう一度最初から聞く」


「明日?」


「ああ」


「でも早く――」


「焦って何も分からないまま行けば、助けられるものも助けられない」


「…………」


「今日は休め」


 レオンは何か言おうとした。


 だが、やがて俯く。


「……はい」


 礼は立ち上がった。



     ◇



 夜。


 十三人が暮らす家には、いつも通り夕食の匂いが満ちていた。


「童師」


「なんだ」


「南へ行かれるんですか」


 誰かが聞いた。


 礼は器を置く。


「まだ決めてない」


「俺たちも行きます」


「決めてないと言った」


「決まったらです」


「…………」


「行くなら、俺も」


「俺もです」


 別の声が続く。


「全員で行く必要はない」


「では何人かで」


「まだ決めてない」


「はい」


 それ以上、誰も言わなかった。


 食事が続く。


 少しして、元童術師の男が戸を開けた。


「遅くなりました」


「どうした」


「レオンさんの様子を見ていました」


「寝たか」


「はい。先ほど」


「そうか」


「それと」


「なんだ」


「明日の練習ですが、午前でいいでしょうか」


「ああ」


「午後は彼女の家の屋根を少し直すので」


「好きにしろ」


「ありがとうございます」


 男は空いている場所へ座る。


「食うか?」


「いただきます」


 器が一つ増える。


 十三人の家に、今夜は十四人いた。


 誰かがパンを渡す。


 誰かが鍋からスープをよそう。


 南から来た男の話をした後でも、夕食はいつも通り続いていた。



     ◇



 食事の後。


 礼は外へ出た。


 村の中央には、完成した共同の建物がある。


 窓から小さな灯りが漏れていた。


 レオンが眠っている。


 その向こう。


 村の入口から、南へ続く道がある。


「礼」


 ガルドが来た。


「なんだ」


「やっぱりここか」


「何が」


「考え事する時、最近ここにいるだろ」


「そうか?」


「ああ」


 ガルドは礼の隣に立つ。


「行くのか」


「分からない」


「珍しいな」


「何が」


「お前が分からないって言うのが」


「分からないものは分からない」


「そうか」


「ああ」


 しばらく、二人とも黙っていた。


「四人」


 礼が言った。


「ん?」


「捕まった童術師」


「ああ」


「俺は知らない」


「そうだな」


「会ったこともない」


「ああ」


「俺から習ったわけでもない」


「らしいな」


 礼は共同の建物を見る。


「それでも、童術を使ってる」


「…………」


「知らないところで」


「ああ」


 ガルドは何も足さなかった。


 春の夜風が吹く。


 共同の建物の横に立つ大木の葉が、小さく揺れた。


「明日、話を聞く」


 礼が言う。


「そうか」


「それから決める」


「ああ」


 ガルドが頷く。


「飯、まだ残ってるぞ」


「食った」


「肉が」


「いらない」


「珍しいな」


「毎日食ってる」


「贅沢になったな、お前」


「お前もだろ」


「俺は村人だからいいんだよ」


「関係あるか?」


「ある」


「そうか」


「ああ」


 二人は家へ戻り始めた。


 礼は途中で一度だけ、南へ続く道を見た。


 その道の先にいる四人を、礼は知らない。


 顔も。


 名前も。


 声も。


 何一つ知らなかった。


 ただ一つ。


 彼らが、自分の知らない場所で童術を使っている。


 今は、それだけを知っていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ評価や感想をいただけると嬉しいです!

皆様からの評価や感想は、今後の執筆活動の大きな励みになります。

これからも『童貞にして最強』をよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。