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童貞にして最強 ―穢れなき力を手にした男の黙示録―  作者: 忠犬むつ公
第一部

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第百四話 完成

翌朝。


「……曲がってるな」


「曲がってない」


「いや、曲がってる」


「地面だ」


「まだ言ってんのか」


 建てかけの建物を前に、礼とガルドは昨日とまったく同じやり取りをしていた。


 問題になっているのは、右から二本目の柱だった。


 礼には真っ直ぐ立っているように見える。


 ガルドには曲がって見えるらしい。


「童師様」


 近くで道具を並べていた村の男が顔を上げた。


「何だ」


「曲がってます」


「…………」


「ほらな」


 ガルドが笑う。


 礼は柱を見た。


 見る位置を変える。


 少し離れる。


 もう一度見る。


「……少しだけだ」


「昨日からそう言ってんだよ」


「直す」


「最初からそうしろ」


 柱を固定していた縄を緩める。


 昨日立てたばかりなので、まだ修正は利く。


「そっちを少し引け」


「童師、こちらですか?」


「ああ。もう少し」


「はい」


「ガルド」


「何だ」


「そっち押せ」


「片腕の男を便利に使うな」


「昨日は俺より上手いと言っただろ」


「釘の話だ」


「同じだ」


「違うわ」


 文句を言いながらも、ガルドは肩を柱へ押し当てた。


 数人で位置を調整し、改めて杭を打つ。


「どうだ」


 礼が聞く。


 村の男が少し離れ、片目を閉じて確認した。


「……いいですね」


「真っ直ぐか」


「はい」


 ガルドも見る。


「まあ、こんなもんだろ」


「最初からほとんど変わってない」


「変わったよ」


「変わってない」


「礼」


「なんだ」


「お前、意外と負けず嫌いだな」


「違う」


「そういうところだぞ」


 礼は答えず、次の木材を手に取った。



     ◇



 三日後。


 柱しかなかった場所には、壁ができていた。


 まだ屋根の一部が残っているものの、すでに建物らしい姿になっている。


「そっち上げます!」


「待て、まだだ!」


「はい!」


「今!」


 第三童式《童衣》を纏った童術師が、太い梁を持ち上げる。


 下では村人たちが位置を合わせていた。


「もう少し右!」


「こちらですか!」


「行きすぎ!」


「戻します!」


「ゆっくり!」


 梁が動く。


 少しずつ。


 童術を使えば、一人でも持ち上げることはできる。


 だが、どこへ置くかを決めるのは別の人間だった。


「そこ!」


「下ろします!」


 梁が柱の上へ収まった。


 大工の男が確認する。


「よし!」


 周囲から声が上がった。


「次!」


「まだあるのか……」


「当たり前だろ!」


 童術師が額の汗を拭う。


「《童衣》を使っても疲れるものは疲れるんですよ」


「休むか?」


「少しだけ」


「水持ってくる!」


 子供が走っていく。


「転ぶなよ!」


「転ばない!」


 言った直後に躓いた。


「…………」


「転んでない!」


「手ぇついてただろ!」


「転んでない!」


 笑い声が響く。


 少し離れた場所では、元童術師の男が木材を切っていた。


「先生」


「先生はやめてください」


「これ、どのくらいだ?」


 村で童術を覚え始めた男が板を持っている。


「何がです?」


「長さ」


「そこの板と同じでいいです」


「これ?」


「それです」


「《童閃》なら一発で切れるかな」


「やめてください」


「なんでだよ」


「失敗したら板ごと駄目になります」


「でも練習になるだろ」


「建物で練習しないでください」


「じゃあ普通に切るか」


「そうしてください」


 男が鋸を手に取る。


 しばらくして。


「……疲れるな、これ」


「普通はそうなんです」


「童術って便利だったんだな」


「そうですね」


 元童術師は笑った。


 その声に、以前のような引っかかりはなかった。


「先生もやる?」


「だから先生では――」


「ほら」


 鋸を渡される。


「…………」


 男は受け取った。


「分かりましたよ」


「先生、お願いします」


「その呼び方、絶対わざとでしょう」


 また笑い声が上がった。



     ◇



 四日目の昼過ぎ。


 最後の屋根板が取り付けられた。


「終わったぞ!」


 大工の声が響いた。


 作業していた者たちが、一斉に建物を見上げる。


 大きくはない。


 立派でもない。


 板の色も揃っていない。


 新しい木材に混じって、別の家から外した古い板まで使われている。


 窓は二つ。


 戸は一つ。


 中には広い部屋が一つあるだけだった。


 壁際には簡単な棚。


 中央には長い卓を置く予定で、冬に備えて暖炉も作られている。


「できたな」


 誰かが言った。


「ああ」


「思ったより早かった」


「人がいたからな」


「童術師様たちのおかげだ」


「俺たちだけじゃ無理ですよ」


「お前らがいなかったら梁上がらんぞ」


「人数がいれば上がります」


「何人いるんだよ」


「……かなり?」


「それを楽にできるから助かったって言ってんだ」


「それなら、まあ」


 そんな声が交わされる。


 礼は建物の前に立っていた。


「童師」


「なんだ」


 童術師の一人が隣へ来る。


「完成しましたね」


「ああ」


「何に使うんでしょう」


「知らない」


「知らないんですか?」


「村長が決める」


「童術の練習にも使うと聞きました」


「雨の日はな」


「では、俺たちも使うんですね」


「そうなるな」


「……そうですか」


 男は完成した建物を見上げる。


 少しだけ笑った。


「何だ」


「いえ」


「言え」


「本当に作ったんだなと思って」


「作っただろ」


「そうなんですが」


 男は言葉を探す。


「俺たち、今までは壊す方が多かったので」


「…………」


「魔物とか」


「そっちか」


「はい」


「なら今度から作れ」


「そんな簡単に言います?」


「壊すより時間はかかる」


「それは分かりました」


 男は自分の手を見る。


 小さな傷がいくつも増えている。


「四日かかりましたからね」


「ああ」


「でも」


 もう一度、建物を見る。


「悪くないですね」


 礼も見上げた。


「……ああ」



     ◇



「まだ完成じゃないぞ」


 村長の一言で、皆の顔が止まった。


「は?」


 ガルドが代表して声を上げた。


「建っただろ」


「中が空だ」


「建物は完成してる」


「使えなきゃ意味がない」


「何がいるんだよ」


「卓」


「…………」


「椅子」


「…………」


「棚も足りんな」


「棚あるだろ」


「一つだけだ」


「一つでいいだろ」


「足りん」


「何を置くんだよ」


「使い始めてから考える」


「またそれか」


 ガルドが額を押さえた。


「爺さん、絶対最初から分かってたろ」


「何がだ」


「建物ができても終わらねえって」


「当然だろ」


「先に言え」


「聞かれなかった」


「…………」


 礼が口を開く。


「何日だ」


「礼、お前も聞くな」


 ガルドが止める。


「必要だろ」


「必要じゃねえよ」


「卓を作るのに何日かかる」


「知らん」


「椅子は」


「知らん」


「棚は」


「知らん」


「なら――」


「童師様!」


 子供の声が割り込んだ。


 振り返ると、ガルドの子供が何かを抱えて走ってくる。


「できた!」


 差し出されたのは、小さな椅子だった。


 以前、木片を指して椅子だと言っていたものとは違う。


 形は歪んでいる。


 脚の長さも微妙に違う。


 だが、一応は座れそうだった。


「作ったのか」


「うん!」


「一人で?」


「お母さんと!」


 後ろで母親が苦笑している。


「ほとんど私ですけどね」


「僕もやった!」


「釘一本だけでしょう」


「一本やった!」


「そうか」


 子供は椅子を抱えて建物の中へ入る。


 部屋の隅に置いた。


「これ僕の!」


「皆で使う建物だぞ」


「じゃあ皆の!」


 言い直す。


「…………」


 村長が笑った。


「一つできたな」


 ガルドがため息をつく。


「あと何脚だよ」


「必要なだけだ」


「それが何脚だって聞いてんだ」


「使いながら増やせばいい」


「終わらねえじゃねえか」


「終わらせる必要があるのか?」


 ガルドが黙った。


「…………」


 礼も村長を見る。


 老人はもう建物の中へ入っていた。


「とりあえず今日は終わりだ」


 村長の声が中から聞こえる。


「明日から使うぞ」


「何に?」


「まずは村の話し合いだ」


「それだけか?」


「その後、童術の練習に使えばいい」


「明日は晴れだぞ」


「中でやっても構わんだろ」


「まあ……」


「夜は皆で飯でも食うか」


 外にいた者たちが顔を見合わせた。


「全員?」


「入るのか?」


「詰めれば入るだろ」


「椅子足りないぞ」


「床に座れ」


「卓もないぞ」


「皿持って食え」


「それなら外でも同じじゃねえか」


「屋根がある」


「…………」


「文句が多いな、お前ら」


 村長の声に、また笑いが起きた。



     ◇



 その夜。


 完成したばかりの建物には、村の者たちが集まっていた。


 結局、長い卓は間に合わなかった。


 椅子も足りない。


 壁際に座る者。


 床へ直接座る者。


 立ったまま食べている者までいる。


 料理も特別なものではなかった。


 大きな鍋に入った野菜と肉の煮込み。


 パン。


 燻製肉。


 昨日、行商人から買った酒が少しだけ。


「狭い!」


「詰めろ!」


「そっち空いてるぞ!」


「子供がいる!」


「膝に乗せろ!」


「俺の子じゃねえ!」


「誰でもいいだろ!」


「よくねえよ!」


 声が建物の中に響く。


 礼は壁際に座っていた。


「童師様」


 村の女が鍋を持ってくる。


「おかわりはいかがですか?」


「まだある」


「少ないですよ」


「十分だ」


「もっと食べてください」


「いらない」


「遠慮なさらず」


「遠慮してない」


「じゃあ入れますね」


「話を聞け」


 問答無用で器へ煮込みが足された。


「…………」


 隣にいたガルドが笑う。


「諦めろ」


「お前も食え」


「俺はもう二杯目だ」


「三杯目にしろ」


「なんでだよ」


「俺だけ増やされた」


「巻き込むな」


 向こうでは、童術師と村人が明日の練習について話している。


「朝からですか?」


「畑が終わってからでいい」


「先生は?」


「いますよ」


「先生って誰だ」


 別の村人が聞く。


 元童術師が嫌そうな顔をした。


「俺ではありません」


「お前だろ」


「違います」


「教えてるじゃねえか」


「それとこれは別です」


「先生、肉取って」


「自分で取ってください」


 笑いが起きる。


 その横には、彼と暮らし始めた女もいた。


 彼女も笑っている。


 礼は少しだけその様子を見る。


「礼」


 ガルドが呼ぶ。


「なんだ」


「飲むか」


 酒の入った小さな杯を差し出される。


「少しだけなら」


「珍しいな」


「明日も仕事だ」


「だったら飲むなよ」


「お前が出したんだろ」


「そうだった」


 礼は杯を受け取った。


 強い酒ではない。


 一口飲む。


「どうだ」


「普通だ」


「感想がつまらんな」


「酒は酒だろ」


「そういうところ昔から変わんねえな」


「昔?」


「ああ」


 ガルドも酒を飲む。


「最初に会った頃から」


「…………」


「まあ、あの頃よりは喋るようになったか」


「そうか?」


「なったよ」


「覚えてない」


「俺は覚えてる」


 ガルドが笑った。


 礼は何も言わず、もう一口飲んだ。


 建物の中は騒がしい。


 誰かが笑っている。


 子供が走ろうとして叱られている。


 食器がぶつかる。


 鍋から湯気が上がっている。


 暖炉には、まだ火を入れていない。


 春の夜なら必要なかった。



     ◇



 翌朝。


「童師、今日ですが」


「ああ」


 十三人が使う家で、いつものように予定を確認していた。


「狩りが二人」


「分かった」


「畑が三人」


「ああ」


「村の三人の練習は、昨日の建物で行います」


「任せる」


「それから、村長から北の柵を見てほしいと」


「ガルドに聞け」


「はい」


「他は」


「三日後に東の森で狩りです」


「ああ」


「五日後に畑の水路を直します」


「分かった」


「それと」


 男が紙を見る。


「来週、行商人から買った種を植えるそうです。人手が欲しいと」


「何人だ」


「四人ほど」


「空いてる奴を回せ」


「はい」


「他は」


「今のところありません」


「分かった」


 礼は立ち上がった。


「行くぞ」


「はい」


 皆も動き始める。


 誰も、いつ村を出るのかとは言わなかった。


 三日後。


 五日後。


 来週。


 予定だけが、当たり前のように先へ伸びていた。


 礼は戸を開ける。


 春の朝の光が差し込んでくる。


 村の中央には、昨日完成した建物が立っていた。


 その前を、元童術師の男が歩いている。


 隣には、彼と暮らす女がいた。


 二人は何かを話しながら歩き、途中で別れた。


 男は新しい建物へ。


 女は畑へ。


 少し先では、ガルドが子供に何かを言われて困った顔をしている。


「童師」


「なんだ」


「行かないんですか?」


「ああ」


 礼は外へ出た。


 今日の仕事へ向かう。


 建物は完成した。


 けれど、そこで行われることは、今日から始まるところだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ評価や感想をいただけると嬉しいです!

皆様からの評価や感想は、今後の執筆活動の大きな励みになります。

これからも『童貞にして最強』をよろしくお願いいたします!

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