第八歩 ある人の話
「ダスキンさんって、昔の話って言ってたけど……」
次の日、「ロッカ」の前で串焼きを焼いていたダスキンさんに声をかけた。
「ん?」
「昨日言ってた、変わった人の話。聞いてもいいですか?」
「ああ、あいつの話か」
ダスキンさんは少し考えるように空を見上げた。
「もう随分昔の話だなぁ」
「どんな人だったんですか?」
「王都で知り合った商人の青年だよ。俺が傭兵の仕事で王都に行くたび、そいつの店に顔を出してたんだ」
「商人……」
「ちょっと変わった品ばっかり売っててな。俺たちには見たこともないような道具を、自分で作って売ってた」
「魔法の道具ですか?」
「いや、そういうのじゃない。本人は元いた世界の発明品だって言ってたな」
「元いた世界?」
思わず聞き返すと、ダスキンさんは少し笑った。
「そう。あいつは転移者だったんだ」
「……え?」
胸がどくん、と鳴った。
「転移……者?」
「ああ。俺も最初は何言ってんだって思ったけどな。けど、あいつの作る道具を見てると、嘘とも思えなくてよ」
「その人……元の世界に帰ろうとはしなかったんですか?」
「さあな」
ダスキンさんは串をひっくり返した。
「少なくとも俺の前では、帰りたいなんて言ったことはなかったな」
「そうなんだ……」
「それどころか、王都で嫁さんまで見つけてな」
「えっ」
「元は貴族の娘だったらしいが、家を出てあいつと一緒に暮らしてたんだ。俺たちも『さっさと結婚しろ』って何度もせかしたもんだ」
ダスキンさんは懐かしそうに笑った。
「しかも、もうすぐ娘が生まれるってんでな。あいつ、店の仕事そっちのけで赤ん坊の服を作ったりしてたよ」
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。
「……幸せそうですね」
「ああ。俺もそう思ってた」
その言葉と一緒に、ダスキンさんの笑顔が消えた。
「ある日な、あいつが王城に呼ばれた」
「王城に?」
「ああ。何の用かは俺にはわからん。ただ、帰ってきたあいつは顔が真っ青だった」
「何か言ってたんですか?」
「……他にも転移者がいる、ってな」
「!」
息が止まった。
「他にも……?」
「ああ。詳しいことは聞いてない。あいつも、俺たちには話したくなさそうだった」
ダスキンさんはしばらく黙ってから、ぽつりと続けた。
「ただな。それからあいつは、王都を離れようとしてた」
「どうして?」
「そこまでは俺にもわからん」
ダスキンさんは首を横に振る。
「ただ、娘が生まれるまではここにいるって言ってた。出産が終わったら、嫁さんと娘を連れてどこかへ行くつもりだったらしい」
「……」
「その願いが叶ったのかどうか、俺は知らん」
「え?」
「娘は無事に生まれた。あいつも、これでようやく出ていけるって言ってた。けど、そのすぐ後だ」
ダスキンさんは串を置いた。
「事件が起きた」
「事件……?」
「何人かの転移者と、あいつと、嫁さんが死んだ」
「……え?」
頭の中が真っ白になる。
「どうして……?」
「わからん」
ダスキンさんは静かに首を振った。
「王都で何かあったらしい。帰還魔法を使ったとか、そんな話も聞いたが……俺は詳しいことまでは知らん」
「帰還……魔法」
その言葉を口の中で繰り返す。
「じゃあ、その人は……」
「もういない」
「……」
「だから、昨日ひまりちゃんが帰りたいって言ったとき、あいつのことを思い出したんだ」
ダスキンさんは少し寂しそうに笑った。
「帰りたい場所があるってのは、悪いことじゃない。あいつにも、きっと帰りたい場所があったんだろうな」
「……」
帰りたい場所。
わたしにとっては、日本。
お父さんのいる場所。
「……ダスキンさん」
「ん?」
「その人、本当に……転移者だったんですか?」
「ああ。本人がそう言ってた」
胸の奥が大きく鳴った。
わたし以外にも、この世界に来た人がいる。
しかも――。
「その人が来た世界って……どんなところだったんですか?」
「さあな。俺にはわからん」
ダスキンさんはそう答えて、また串焼きを焼き始めた。
「ただ、あいつはよく言ってたよ」
「何を?」
「自分の世界じゃ、こんなもの誰でも持ってるってな」
ダスキンさんが指差した先には、見慣れない道具が置かれていた。
それを見つめながら、わたしは思った。
――もっと聞きたい。
その人がいた世界のこと。
その人が、どうしてここに来たのか。
そして――。




