第七歩 昔の話
「ひまりちゃん、今日も元気だな!」
「おはようございます、ダスキンさん!」
朝から「ロッカ」の前に串焼きの屋台を出しているダスキンさんに声をかけられた。
「今日は何本食べる?」
「食べませんよ!朝ごはん食べてきたばっかりです」
「そうか? 若いんだからもっと食わないと大きくなれんぞ」
「もう高校生なんですから、これ以上そんなに大きくならないですよ」
「コーコーセイ?」
「……なんでもないです」
最近は、こういう会話にもだいぶ慣れてきた。
ダスキンさんは「ロッカ」の常連客で、わたしがここで働き始めてから何かと話しかけてくれる。串焼きをおまけしてくれたり、街で会えば声をかけてくれたり。この世界に来た直後に話しかけたのもダスキンさんだったな。
「そうだ、ひまりちゃん」
「はい?」
「これ、やるよ」
そう言って渡されたのは、焼きたての串焼きだった。
「え、いいんですか?」
「昨日売れなかった分だよ。捨てるより食ったほうがいいだろ」
「でも……」
「いいから食え食え」
「じゃあ……いただきます」
「またそれか」
ダスキンさんが笑う。
「それ、何の呪文なんだ?」
「呪文じゃないですよ」
「じゃあ何だ?」
「えっと……ご飯を食べる前の挨拶みたいなものです」
「へぇ。変わった挨拶だな」
串焼きを一口かじる。
香ばしい匂いと肉の旨味が口いっぱいに広がった。
「おいしい!」
「だろ?」
得意げに笑うダスキンさんを見て、なんだかお父さんを思い出した。
「……どうした?」
「いえ。ちょっと、お父さんのこと思い出して」
「お父さん?」
「あ、わたしのお父さんです。わたしも父さんと一緒にお店やってたから」
「あぁ、ベントウヤだったっけか?」
「はい。小さなお店なんですけど、最近は結構お客さんが来てくれて」
話しているうちに、「ぽかぽか」のことを思い出して少し寂しくなる。
今頃、お父さんは何をしてるんだろう。
ちゃんとご飯食べてるかな。
もうイベント終わっちゃったよね…
わたしがいなくても、お店は大丈夫かな。
「……帰りたい?」
不意にそう聞かれて、わたしは顔を上げた。
ダスキンさんは串を焼きながら、こちらを見ていた。
「……はい」
口から出た言葉は、自分でも驚くほど素直だった。
「帰りたいです。お父さんに会いたい」
「そうか」
それ以上、ダスキンさんは何も聞かなかった。
ただ、火の上で串をひっくり返しながら、
「まぁ、帰れるなら帰ったほうがいいわな」
そう呟いた。
「……はい」
そう答えたものの、胸の奥が少しだけざわついた。
帰りたい。
それは今でも変わらない。
でも――。
「ひまりー!そろそろ店開けるぞー!」
リオネルの声が聞こえてきた。
「あ、うん! 今行く!」
慌てて串焼きを食べ終える。
「ごちそうさまでした!」
「おう。今日も頑張れよ」
「ダスキンさんも!」
「おう!」
「ロッカ」に戻ろうとしたところで、ふと振り返る。
ダスキンさんはもうわたしではなく、串焼きの仕込みに集中していた。
なんとなく気になって、もう一度声をかける。
「ダスキンさんって、ずっとこの街にいるんですか?」
「ん? 俺か?」
「はい。傭兵っていろんなところに行くんですよね?」
「ああ。昔はあちこち行ったぞ」
「じゃあ、いろんな人に会ってきたんですね」
「そりゃもう。変わった奴にも会ったなぁ」
「変わった人?」
「ああ……」
ダスキンさんは少しだけ遠くを見るような顔をした。その目には少しだけ寂しそうな色が滲んでいた。
「まぁ、昔の話だけどな」
「……?」
「ほら、アルバートが呼んでるぞ」
「あ、ほんとだ!」
「早く行ってこい」
「はーい!」
わたしは小走りで「ロッカ」へ戻った。
――昔の話。
その言葉が、なぜかずっと頭に残っていた。




