第四歩 知らない日常
ふと目を覚ますと見慣れない天井があった。天井のシミが顔に見えて、何だか見られているような気がしてそっと目を逸らした。下の階からカチャカチャと、食器の音が聞こえてくる。
「ひまりー、起きてる?朝ごはんできたよ。」
リサおばさんの声がしてすぐにベッドから起き上がった。
「今起きました、すぐ向かいまーす!」
髪を整えて急いで下の階に行くともうすでにリオネルとアルバートさんが食卓についていた。
「このあと俺買い出し行くけど、ひまりもくる?」
1週間前――この世界に1週間って概念があるのかわからないけど。リオネルは異世界で路頭に迷って雨にびしょ濡れになってたわたしを食堂「ロッカ」に連れて来てくれた。リサおばさんもアルバートさんも何も聞かずに、落ち着くまでここにいて良いよって言ってくれてる。何もせずに居座り続けるのが申し訳なくなって、そう言ったら、じゃあ働いてみる?って食堂で働かせてもらえることになったんだ。
リオネルに向かって頷いて手を合わせた。
「「「「いただきます」」」」
リオネルが何回も何それって聞いてきて、初めは特に意味はないって言ってた。みんなだんだん真似するようになって来て、何だか恥ずかしくなったからいただきますの意味を教えてみたんだけど。リサさんが、良い言葉ね、って言ってくれてそれからはみんなで手を合わせて言うようになった。
「ロッカ」で料理を食べたお客さんはみんな笑顔で帰っていく。その笑顔を見るたび「ぽかぽか」で働いていた時を思い出して少しだけ寂しくなった。忙しさに紛れてだんだんと生活になれてくると、余計にもう戻ることはできないって言われてるようでどうしようもなく不安になる。
「おっちゃん!銅貨5枚分まけてくんない?」
「おいおい、いつの間にか商売上手になりやがって」
「ねぇリオネルこの野菜銅貨何枚分?」
トマトみたいな野菜を指して聞いた。
「トムトム?ひとつ銅貨1枚だよ、そこに書いてんじゃん」
「文字読めないんだもん」
「ふーん」
リオネルはわたしの知らないことを適当に教えてくれてる、田舎と都会だと全然違うから気にしないんだって。…にしても気にしなさすぎでは?!そう思うくらいにリオネルは大雑把だった。日本で言う中学生くらいで、弟がいたらこんな感じなのかなって思う。
「今日は猫のおばさんいないんだね」
「あー、猫ババ?ひまりなんでわざわざ猫のおばさんって言うの?みんなみたいに猫ババって呼べば良いのに」
「わたしのいたとこではネコババってよくない意味で使われてんの」
「変な田舎だな」
「ロッカ」に戻ると店の裏の方に買った野菜たちを運んでいく。
「ねぇ、今日もあれやるの?」
「なにが?」
「ウォーターとドライ!」
「当たり前だろ、店に出すもんなんだから」
「じゃあみてても良い?」
「どうぞご自由に」
リオネルはまずトムトムの入ったカゴに向かって手を向けると
「ウォーター」
と呟いた。どこからともなく水が出て来て、濡れたトムトムがキラキラ輝いている。
そう、魔法。
この世界には魔法があるんだって!
「どんな田舎でも流石に洗礼受けてないって結構やばいよ。ひまりの住んでたとこどんな魔境だよ。」
今度は「ドライ」と呟いてトムトムを乾かしてるリオネルが、ぶつくさと言っている。10歳で洗礼を受ければ、誰でも使えるらしい生活魔法に毎度毎度目を輝かせていたら、流石に怪しまれちゃうかって思って心を落ち着けた。でも本当は、
「わたし魔法のない世界から来たんです。誰か日本について知ってる人はいませんか?」
って誰かに言いたかった。でも、私のいた世界を知っている人なんて誰もいないんじゃないかってわかっちゃうのが怖くて、綺麗になったトムトムをカゴにそっと戻した。




