第三歩 雨宿り
「お腹減ったな」
冷静になってくると何だかおなかが空いてくる。でもお金なんて持ってないしな。正直に話したら助けてくれる人っているのかな。頭がおかしいって連れていかれちゃうかも。そんなことを考えてたら急に現実味が湧いてきた。もしかして今めっちゃやばい状況なんじゃ…。
ぽつ
ほっぺに冷たい雫が落ちると続けざまにそれは落ちてきて、すぐに地面を濡らし出した。
「あちゃー、降ってきたかぁ」
「こりゃもう店じまいだねぇ」
あちこちで出店の片付けが始まって、瞬く間に通りは静かになった。わたしもできるだけ濡れないように屋根のある場所を探したけど、どこのお店のドアの前にもよくわからない言葉でなにかが書いてあって開けて良いのかわからない。
「話す言葉は翻訳してくれてたじゃん、何で文字は読めないの?」
ようやく地面の濡れていない路地裏を見つけた頃には全身びしょ濡れだった。制服のスカートが地面につかないようにそっとしゃがみ込んだ。さっきまであんなに賑やかだった通りは静まり返って今はもう雨音しか聞こえてこない。この世界にはまるでわたししかいないみたいに思えてきた。
「帰りたい」
「ねぇ」
ふと頭の上から声が降ってくる。
「こんなとこで何してんの?この調子だと今日はもうずっと雨だよ」
「そう言われたって帰る家がないんだから仕方ないじゃん」
何だか今の顔を見られたくなくて俯いたままヤケクソにそう答えた。
「ねぇちゃん孤児なの?ここルーバムじゃないんだけどなぁ…」
声はボソボソと続いて、急に目の前に手が差し伸べられた。
「ここじゃ何だし、いったんうち来る?」
「……え?」
思わず顔を上げた。
目の前の少年は、わたしより年下に見えた。
「いや、でも……」
「雨、止みそうにないよ」
「……」
「腹も減ってるでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、お腹がぐぅ、と鳴った。
「……」
「……ぷっ」
「笑わないでよ!」
「うち来ればなんか食べるもんあるよ」
「……」
黙って頷くとその子はついてきてと、歩き出した。
「俺リオネル。親がすぐそこの食堂やってるんだ。」
「わたしはひまりっていいます。……」
自分の状況をどう伝えれば良いかわからなくて黙り込んでるうちに、その子が言ってたとおりすぐ店に着いた。
「ただいまー。父さん、パン屋のとこのおっちゃんが明日ちょっと店に来いってさ」
「…お邪魔します」
「リオ、あんた遅かったわね。どこ行ってたの?」
奥の部屋から出てきた女の人はずぶ濡れで立っているわたしに気がつくと一瞬目を見開いて、でもすぐ笑顔に戻った。
「服、着替える?濡れたままだと風邪ひいちゃうでしょ。リオ!タオル持って来て、ってあんたもびしょびしょじゃない!」
「母さんなんか食べるものある?ひまりお腹空いてるってさ」
「それは父さんに聞いてって!あんた、部屋濡れるから動かんといて!ひまりっていうのね、あなたもちょっとここで待っててね」
渡された服に着替えたら女の人は元々わたしが着てた制服を抱えて奥の部屋に消えてった。制服を脱いだら何だか本当に戻れなくなっちゃった気がしてぎゅっと手を握った。
「夕食前だからこれだけですまんね、」
そう言って男の人に出された器にはスープが並々と入っていた。ふわふわと浮かぶ湯気を見つめていたら、着替え終わったリオネルも奥の部屋から出て来た。
「雨なんて綺麗だからドライかければ一瞬なのに、母さんったら雨には何が入ってるかわかんないから着替えなさいってうるさくてさぁ」
リオネルはぶつくさ言いながら、手のつけられてないスープをチラッと見るとわたしの向かいの席に座った。
「食べないの?」
「食べる。…いただきます。」
「なにそれ。」
「え?」
「その、イタダキマスってやつ」
「あぁ、これ…なんでもない」
スープを一口飲む。
……あったかい。
それだけなのに、鼻の奥がつんとした。
「……おいしい」
「そりゃよかった」
なんでもないように答えるリオネルを見ながら、父さんの顔が浮かんだ。今頃、父さんは何してるんだろう。
「……」
泣くな、わたし。
泣いたって、帰れるわけじゃないんだから。




