第三十一歩 対価
一瞬だった。
揺れる車内で翼を揺り起こすけど、翼の腕を掴んだはずの手が空気を切った。
ハッと気づくと僕は西洋の街並みに立っていた。すれ違う人が不思議な目で見つめてくる。すぐに姿勢を正して周囲を確認した。
誘拐?
何かの事件に巻き込まれたのか?
見極めろ。
今どう言う状況で、ここはどこなのか。
街ゆく人は誰なのか。
さっきまで横にいた翼はどこに行ったのか。
あくまで冷静に、慎重に。
ふとすれ違う人の会話が耳に流れ込んでくる。
日本語だった。
少し気持ちが昂って振り向きざまに声をかける。
「あの、すみません!」
その時僕の口から出た言葉は聞き馴染みのない不思議な言語だった。
「!」
「…?どうしたの?」
「い、いえ……失礼しました。なんでもありません。人間違いでした。」
チラチラとこちらを気にしながら歩き出した人の耳は僕の2倍ほどの長さがあった。
異世界転生、、いや、僕は死んだのか?
新幹線でのあの揺れはおそらく事故だ。死んでこちらの世界に来たのか?でも痛みは感じなかった…どういうことなんだろうか。
考えながら歩いていると、目の前を歩いている女性の様子がおかしいことに気がついた。
つけられてる…?
彼女は周囲をチラチラ確認しながら小さな路地に入っていく。その後ろをフードを被った人影が追いかけていた。
気がついたら足が動いていた。
「誰か!女性が追いかけられてます!」
周囲に声をかけながら路地に入っていくと、影は舌打ちをしながら僕の横をすり抜けて人混みに消えた。追いかけようとしたが、まずは被害者優先だろう。
「大丈夫ですか?」
声をかけると振り向いた女性はまっすぐ僕を見ていた。
「ありがとうございます。助かりましたわ。最近多くて困っていたんです。」
そう言って腕につけていたブレスレットの鈴を鳴らすと馬車がすぐにやって来た。
「助けていただいたお礼です。少しうちに寄ってくださる?」
「僕が助けなくても、いずれ誰かしらが助けてくれたのですね。余計なことをしました。」
「いいえ、助かったのは事実ですから。」
彼女はエスコートされて馬車に乗り込むと僕を見て乗るように促した。
「わたくしは
エレオノーラ・サマセット。ブライアン・サマセットの娘です。この度は助けていただき、ありがとうございます。」
エレオノーラと名乗った女性は揺れる馬車の中で静かに自己紹介を始めた。
「僕は……いえ、私は一ノ瀬司、苗字はありますが貴族ではありません。」
「どういうことかしら?」
「私もまだ、自分自身理解してないのですが、どうやら別の世界から来てしまったようで。」
「……」
「あ、信じられないですよね。」
「転移者」
「え、?」
「転移者というものを聞いたことがあります。」
「転移者?」
「話が長くなりそうなのでうちについてからにしましょう。」
「…はい」
馬車が大きな屋敷の前で止まると、中から使用人と思われる人たちがゾロゾロと出て来て僕を連れた彼女を迎え入れた。
「転移者というのはある日突然別の世界からこの世界に来てしまった人々のことです。数百年に一度の時もあれば数年おきに現れることも。記録が残っていますが王城に保管されているので直接出会ったことがある人以外は私たちが知る由もありません。」
エレオノーラはそう説明してお茶の入ったコップを丁寧な所作で持ち上げた。
「そう、ですか。」
「すみません。わたくしからお教えできることはそんなに多くはないのです。」
「いえ、ありがとうございます。」
「一番重要なことなのですが、この国には『転移者保護法』というものがございます。転移者を見つけたものにもその法は課せられますが、その法に則れば、転移者は原則王城内の保護区域で生活しなければなりません。」
「保護法。国がしっかりと対策してくださってるんですね。」
「…。」
「どうしたのですか?」
「わたくしとしては王城に行くメリットとデメリットをしっかりと考えた方がいいと思っております。」
「デメリット?」
「保護された転移者は保護区域から出ることはできません。」
「なるほど……。体のいい監禁ですね。」
「先ほど助けてくださったお礼も兼ねて、聞きます。司さんはどうしたいですか?」
「そうですね、私は…情報が欲しいです。」




