第二十八歩 力の使い方
「もうやめなさい」
その言葉を聞いて、私より先にアイリちゃんが声を上げた。
「えっ、なんでですか?」
アイリちゃんが私とメルティナさんの間に入るようにして言う。
「葉月ちゃんは助けたいと思ってやってるんですよ? 何がいけないんですか?」
「…………」
メルティナさんは、少しだけ困ったようにアイリちゃんを見る。
「ええ。分かっていますよ」
そして、私を見る。
「だからこそ、聞きたいのです」
「……?」
「直すことが、目的になってはいませんか? 葉月。」
その言葉の意味が、すぐには分からなかった。
「治せるなら、治したほうがいいんじゃ……」
そう答えると、メルティナさんは何も言わずに私を見つめた。
アイリちゃんも黙っている。
賑やかな孤児院の一角に静かな時間が流れる。
「……今日はもう帰りましょうか」
結局、メルティナさんはそれ以上何も言わなかった。私は納得できないまま、アイリちゃんと別れて教会へ戻った。
帰り道も、ずっと考えていた。
治せるものを治す。
困っている人を助ける。
それの何がいけないんだろう。メルティナさんは何が言いたいの?
教会へ戻ってからも、メルティナさんは何も言わなかった。
誰もいない静かな教会。
昼間は聖女の力を求めてあんなにたくさんの人で溢れていた場所が、今は嘘みたいに静かだった。
しばらくして、メルティナさんが口を開いた。
「葉月は、人を助けられることが嬉しいのですか?」
「…………」
「それとも、人の役に立つことが嬉しいのですか?」
答えられなかった。
どちらも同じことのように思えた。
でも、どうしてか答えを口にすることができなかった。
そんな私を見て、メルティナさんはゆっくりと近づいてくる。
そして、私の頭をそっと撫でた。
「子供の頃は、どうしても小さな傷や、ちょっとした風邪をひきやすいんです」
優しい声だった。
「そんなものまで全部治していたら、葉月が疲れてしまうでしょう?」
「…………」
私は黙って聞いていた。
「それに……」
メルティナさんの手が、ゆっくりと私の髪を撫でる。
「その優しさは、子供自身の成長も奪ってしまうのですよ」
「成長……?」
「ええ」
メルティナさんは頷いた。
「怪我の痛みがすぐに治ってしまうと、子供たちは怪我をしても、誰かに治してもらえばいいと思ってしまうかもしれません」
「…………」
「危ないことをしたら痛い」
メルティナさんは静かに続ける。
「痛いから、次は気をつける。そうやって子供たちは少しずつ、自分の身を守ることを覚えていくのです」
私は、さっきの男の子を思い出した。
膝にできた、小さな擦り傷。
あの傷も、私は治そうとした。
あの子にとっては、治してあげたほうが良かったんだろうか。
それとも――。
「葉月」
「……はい」
「あなたは、なんのためにその力を使いたいのですか?」
「…………」
また、答えられなかった。
人を助けたい。
誰かの役に立ちたい。
そう思っていたはずなのに。
今は、その言葉だけでは足りない気がした。
メルティナさんは、そんな私を責めることなく微笑んだ。
「その答えが出るまでは……」
「教会の扉は、閉めておきましょう」
「…………はい」
そう答えるしかなかった。
静かな教会の中で、私は自分の手を見つめた。
誰かを助けるための力。
そう思っていた。
でも――。
私は、本当に誰かを助けたかったのかな。




