第二十七歩 救う喜び
あの日初めて子どもの傷を治してから、私の世界は変わった。
最初は、メルティナさんが難しい顔をしていたから、何か悪いことをしてしまったのかと思っていた。でも、三日経っても何も起こらなくて。
ついに、ずっと閉鎖されてた教会の扉が開かれた。
そこには、私の治癒を受けるためにたくさんの人が並んでいた。
「聖女様、どうかお願いします」
「私の足を治してください」
「ありがとうございます、聖女様」
最初は戸惑った。私のことを聖女様なんて呼ぶ人がいる。
そんな呼ばれ方をしたことなんて、一度もなかったから。
でも……嫌な気はしなかった。
むしろ。
「次の方、どうぞ」
そう言うたびに、少しだけ胸が温かくなった。
教会に来る人たちは、みんな辛そうな顔をしていた。
怪我をしている人。
ずっと痛みに苦しんでいる人。
病気で身体を動かすことができない人。
そんな人たちに手を合わせる。
「どうか、この人が元気になりますように」
すると、私の身体から光が溢れる。淡い光が教会いっぱいに広がって、その人の身体へ吸い込まれていく。
「……痛くない」
「本当に……?」
治癒が終わった人は、自分の身体を何度も確かめる。
そして――。
「ありがとうございます!」
「聖女様!」
「これでまた仕事に戻れます!」
「妻に会いに行けます……!」
泣きながら笑う人たち。
何度も何度も頭を下げる人たち。
そんな姿を見ていると、私まで嬉しくなった。
もっと助けたい。
もっと治してあげたい。
次の人はまだかな、明日はもっとたくさんの人が来るかな、と考えてしまうくらいに。
こんな気持ちは初めてだった。
元の世界では、私は何をするにも遅くて。周りの人みたいに上手にできなくて。誰かの役に立つどころか、迷惑をかけてしまうことのほうが多かった。
だから、ずっと思っていた。
私には何もできないんだって。
でも――。
ここでは違う。
私の力を必要としてくれる人がいる。
私の力で、誰かが笑ってくれる。
もしかしたら。
元の世界で惨めな思いをしていたのは、この喜びを知るためだったのかもしれない。
そんなふうに、錯覚してしまうほどだった。
「…………」
ふと、この間の輝くんの顔が頭に浮かんだ。私が聖女と呼ばれているのを見ていた時、少し複雑そうな顔をしていた。
どうしたのかな。
前に、自分の能力はしょぼいって言っていたし……。
もしかして、私だけがこんなに役に立っていることを気にしているのかな。
そうだったら、ちょっと申し訳ない。
今度会ったら、ちゃんと話を聞いてあげよう。
そんなことを考えながら、私は今日の最後の人の治癒を終えた。
「ありがとうございました、聖女様」
「いえ……! こちらこそ、ありがとうございます」
その人が嬉しそうに帰っていくのを見送る。
教会の中には、まだ淡い光が残っているような気がした。
私はそのまま、孤児院へ向かった。
今日は子どもたちのところにも行こうと思っていた。
アイリちゃんがいる孤児院。
外へ出ると、すぐに子どもたちの笑い声が聞こえてきた。
「こらー! 走ったら転ぶよ!」
「アイリお姉ちゃん、待ってー!」
アイリちゃんが子どもたちと楽しそうに遊んでいる。
「あ、葉月ちゃん!」
「アイリちゃん」
「今日も教会大変やったんやろ?」
「うん。でも、みんな元気になってくれて嬉しかった」
そう言うと、アイリちゃんが笑った。
「ほんま、葉月ちゃん聖女様みたいやなぁ」
「そ、そうかな……」
少し恥ずかしくなって俯く。
その時、一人の男の子が転んだ。
「いたっ!」
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄る。
膝には、小さな擦り傷ができていた。
「これくらいなら、すぐ治せるよ」
私は男の子の前にしゃがみ込む。
手を合わせようとした、その時だった。
「葉月」
後ろから、メルティナさんの声がした。
「……?」
振り返る。
メルティナさんは、いつもとは違う顔をしていた。
少し悲しそうな、怒ったような、でも優しい顔。
いつものような優しい声で言ったメルティナさんの言葉を私はすぐには理解できなかった。
「もうやめなさい。」




