第二十六歩 奇跡の聖女様
昨日のことが気になって、俺は同僚に無理を言って午前中で仕事を抜けた。騎士見習いのくせにとからかわれる。
「悪い。昼からの分はちゃんと埋め合わせするから」
「お前、最近あの教会に入り浸ってるだろ」
「まあ……いろいろこっちもあんねん」
適当に誤魔化して、俺は教会へ向かった。
昨日は人が押し寄せて、一時閉鎖していたはずの教会。
けど――。
「……なんやこれ」
教会の扉は、昨日までとは違って大きく開かれていた。
中を覗いてみる。
「…………」
そこには、大勢の人が並んでいた。
怪我をしている人。
杖をついている人。
見るからに体調の悪そうな人。
そんな人たちが、静かに自分の順番を待っている。
そして、その列の一番前に葉月がいた。
「次の方、どうぞ」
葉月はそう言って、目の前にいる男の前へしゃがみ込んだ。
杖をついたその男も葉月の前にゆっくりとしゃがむ。
「それでは……」
葉月が手を合わせる。
「どうか、この人の痛みがなくなりますように」
淡い光が、葉月の身体から溢れ出した。
その光は教会中を包み込むように広がって、男の身体へと吸い込まれていく。
「…………」
しばらくすると光が消え、男がゆっくりと立ち上がった。
そして――。
「歩ける……」
男は自分の右足を見つめた。
「歩けるぞ!」
声を震わせながら、一歩。
もう一歩。
ゆっくりと足を動かしていく。
「ありがとうございます! 聖女様!」
男は葉月の前で深々と頭を下げた。
「もう動くことはないと思っていた右足が……! 再び歩けるようになるなんて……!」
葉月が戸惑ったように顔を上げる。
けど、次の瞬間。
「ありがとうございます!」
「聖女様!」
「奇跡だ!」
教会中から歓声が上がった。
「……すごいな」
思わず呟いていた。
葉月は一人ずつ、目の前の人に手を合わせていく。そのたびに淡い光が教会を満たしていく。そして、泣きながら礼を言う人たち。それを見て、葉月も嬉しそうに笑っていた。
何人目かの治療が終わった時、メルティナさんが手を挙げた。
「皆様、本日はここまでです。これ以上は葉月の身体にも負担がかかりますので」
「そんな……!」
「明日も来ます!」
「聖女様にどうか――」
惜しむ声が飛び交う中、人々はぞろぞろと教会を出ていった。
最後の一人が扉の向こうへ消える。
気づけば、教会に残っていたのは俺と葉月、それからメルティナさんだけやった。
「……輝くん!」
葉月がこっちへ駆け寄ってくる。
「見てました?」
「……あぁ。」
「すごいんですよ!」
葉月は目をキラキラさせている。
「私のおかげで、たくさんの人が泣いて喜ぶんです!」
「……せやな」
「私、ここでは役立たずじゃないんです」
「……。」
「みんなが私のことを聖女って呼んでくれて……」
嬉しそうに笑う葉月。その顔は、今まで俺が見てきた葉月とは全然違った。いつも自信がなくて。何かするたびに周りの様子を伺っていた。自分なんか、と俯いていた葉月。
それが今は――。
「……嬉しいんやな」
「はい!」
即答やった。
「私、誰かの役に立てたんです」
葉月は自分の手を見つめる。
「この力があれば、もっとたくさんの人を助けられるんですよね」
「…………」
俺は何も言えなかった。
昨日、ヴァルターが見せた顔が頭に浮かぶ。
『よりによって……』
あの言葉。
あの表情。
気になることがありすぎる。
そして、王城には連れて行きたくないと言っていたこと。
けど今、目の前で笑っている葉月を見ていると――。
そんなことを言えるはずがなかった。
「……輝くん?」
「……なんでもない」
「そう?」
「ああ」
葉月は不思議そうに首を傾げた。
「なら、よかった」
そう言って、また嬉しそうに笑う。
俺はその笑顔を見ながら、口にしかけた言葉を飲み込んだ。
――その力は、本当にお前を幸せにしてくれるんやろか。
そんな疑問だけが、胸の奥に残った。




