第十九歩 語らい
馬車が、ゆっくりと道を進んでいく。
車輪が石を踏むたびに、荷台が小さく揺れた。
「…………」
俺の向かいには、ひまり。
その隣には――リオネル。
「…………」
なんだ、この状況。
昨日、ダスキンからひまりの話を聞いたときは、もっと色々聞きたいと思っていた。
日本のこと。
新幹線のこと。
どうやってこの世界に来たのか。
俺と同じように、他にも転移者がいるのか。
聞きたいことは山ほどあった。
なのに。
「…………」
隣にいるこいつが、さっきからずっと俺を見ている。
……なんだこいつ。
ひまりの弟か?
でも、ダスキンはひまりが一人で現れたって言ってたよな。
じゃあ、このリオネルってやつは――。
「……あの」
突然、ひまりが口を開いた。
「ん?」
「改めて、自己紹介してもいい?」
「ああ」
ひまりが少し緊張したように背筋を伸ばす。
「わたしは高山陽葵。高校三年生です」
「俺は一ノ瀬翼。同じく高校三年生。」
自分の学年を言ってから、少しだけ違和感を覚えた。
そういえば、こっちに来てから学校のことなんて一度も考えてなかったな。
「俺はリオネル。十五歳だ」
隣から声がする。
「……よろしく」
「よろしく」
三人で顔を見合わせる。
「…………」
また沈黙。
気まずい。
「えっと……」
ひまりが困ったように笑った。
「翼くんは、王都に行ったらどうするの?」
「俺は……帰る方法を探す」
「そっか」
ひまりは小さく頷いた。
「わたしも」
その言葉を聞いて、少しだけ安心した。
やっぱり、この子も元の世界に帰りたいんだ。
「ひまりは、この世界に来てどれくらいなんだ?」
「三ヶ月くらい……かな」
「三ヶ月!?」
思わず声が大きくなる。
「そんなに?」
「うん」
ひまりは少し困ったように笑った。
「最初は本当に何も分からなくて。文字も読めなかったし、お金も分からなかったし……」
「今は?」
「今は、少しは分かるよ」
そう言って、ひまりは隣のリオネルを見る。
「リオネルや、家族のみんなに色々教えてもらったから」
「家族?」
「うん。リオネルのお父さんとお母さん。ロッカっていう料理屋をやってるの」
「ひまりは俺と一緒にそこで働いてたんだ。」
「そう」
ひまりが頷く。
「最初はほんの少しだけお世話になるだけのつもりだったんだけど……気づいたら働いてた」
「ひまりは結構働き者なんだぞ」
リオネルが口を挟む。
「ちょっと、リオネル」
「本当のことだろ」
「そうだけど……」
二人のやり取りを見ていると、自然と口元が緩んだ。
「……仲いいな」
「そう?」
ひまりが首を傾げる。
「あぁ、なんか……兄妹みたい」
「兄妹じゃない!」
リオネルが即座に否定した。
顔を赤くするリオネルを見て、思わず笑ってしまう。
「ははっ、ごめん」
「笑うなよ!」
そんなやり取りをしていると、さっきまでの気まずさが少しだけ消えていた。
「……なあ、ひまり」
「なに?」
「日本での話、聞いてもいい?」
その瞬間、ひまりの表情が少し変わった。
「……うん」
「ひまりが乗ってた新幹線ってさ――」
言いかけて、ふと考える。
本当に、この子も同じ新幹線に乗っていたのだろうか。
「東京から博多に向かってた?」
「……うん」
「俺も」
ひまりが目を見開く。
「じゃあ……」
「もしかしたら、同じ新幹線だったのかもな」
二人の間に、少しだけ静かな時間が流れた。
同じ列車。
同じ世界から来た。
それだけで、妙に距離が近くなった気がした。
「……なんか、不思議だね」
ひまりが小さく笑う。
「ああ」
俺も笑った。
馬車は王都へ向かって進んでいく。
その日は、道の途中にある小さな宿に泊まることになった。
夕食を囲みながら、俺たちは日本の話をした。
学校のこと。
電車のこと。
コンビニのこと。
ゲームのこと。
「でさ、転移する直前新幹線が事故にあったじゃん?」
「は?新幹線が事故?!」
「多分あの揺れはそうだと思う。翼くん寝てたの?そりゃ気づかないわけだ。」
「新幹線なんて寝る以外することないだろ」
話せば話すほど、懐かしくなる。
でも――。
不思議と、寂しくはなかった。
目の前には、同じ世界から来た人がいる。
それだけで、少しだけ心強かった。




