第十七歩 邂逅
「……なあ、カイル」
「なんだ」
「やっぱり俺、これ使いこなせるようになったほうがいいよな」
俺は自分の手を見つめる。
昨日、魔獣から逃げられたのも、この身体強化のおかげだった。
身体が軽い。
力も強い。
走るのだって、普通じゃ考えられないくらい速い。
……だけど。
「今のままだと危ない」
カイルは即答した。
「え?」
「力の加減ができてない」
「……」
「昨日もそうだった。速く走れるからって、無闇に走れば転ぶ。力が強いからって、加減を間違えれば自分の身体を壊す」
「自分の身体を?」
「ああ」
カイルは俺を見る。
「身体強化は便利な力だ。剣を持つものは誰しもが手に入れたいと憧れるスキルだ。だが、使いこなせなければ、自分の身を危険に晒す」
「……なるほど。じゃあ……使い方を教えてくれないか?」
「あぁ」
それから俺は、カイルに身体強化の使い方を教えてもらうことになった。力を入れすぎない。足に力を集中させる。腕だけではなく、身体全体を意識する。最初はうまくいかなかった。
「強すぎる」
「えっ」
「今のは足に力を入れすぎだ」
「……難しいな」
「慣れろ」
「それが一番難しいんだけど……」
そんなやり取りを何度も繰り返す。少しずつだけど、自分の身体をどう動かせばいいのか分かってきた。
その間、バルトはというと――。
「俺は運動音痴だからな。そういうのはカイルに任せる」
「……運動音痴なの?」
「ああ」
「馬車は?」
「馬を走らせるだけなら運動じゃない」
「そういうもの?」
よく分からない。
けど、バルトは身体強化の練習には一切口を出さなかった。
その代わり、食事のときなんかには、俺のいた世界の話を聞いてきた。
「新幹線っていうのは、そんなに速いのか?」
「めちゃくちゃ速いよ。東京から博多まで何時間もかかるけど、普通の電車よりずっと速い」
「その、例えはよくわかんないが、まぁ、はやいんだな」
「この世界に比べたら……どうなんだろ」
そんな話をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
そして出発の約束の日。
「そろそろ出るか」
朝の支度を終えたバルトが言った。俺も荷物をまとめる。
身体の調子も、かなり良くなった。身体強化も、まだ完璧じゃないけど、少しは自分で加減できるようになった。
「カイル、いろいろ助かった。本当にありがとう」
「じゃあな、カイル、俺はまたしばらくしたら来るから。
……さ、翼。行こう」
バルトがそう言った、そのときだった。
「――うわああああん!」
森の奥から、子どもの泣き声が響いた。
「……?」
俺たちは顔を見合わせる。
「子ども?」
カイルが立ち上がる。
「行くぞ」
「はい!」
森の中を走る。
泣き声はどんどん近づいてくる。
「うわあああん!」
その声と一緒に、木々の向こうから小さな男の子が飛び出してきた。
「助けてぇ!」
その後ろには――
魔獣。
「……またかよ!」
俺は身体強化を使って一気に距離を詰める。
「こっちだ!」
俺が少年を抱き寄せた瞬間、
ヒュッ――!
矢が飛んできた。
魔獣の足に突き刺さる。
「グルァッ!」
その隙にカイルが魔獣を仕留めた。
「大丈夫か?」
カイルが少年に声をかける。
「……うっ……ひっ……」
少年は震えながら頷いた。
「怖かったな」
バルトも駆け寄ってくる。
「この子、どうしたんだ?」
「分からん」
カイルが周囲を見る。
「だが、このままじゃ捜索に来るぞ」
「捜索?」
「街の子どもならな」
俺は少年を見る。服は泥だらけ。顔も涙でぐしゃぐしゃだ。
相当怖い思いをしたんだろう。
「じゃあ、いったん小屋に戻るか」
バルトが言う。
「セリューに戻るのは?」
「この状態じゃ無理だろ」
少年を見る。泣き疲れたのか、もう目を閉じかけている。
「……寝そうだな」
「今日はここにいるか」
カイルが言う。
俺たちは少年を連れて、小屋へ戻ることにした。
⸻
昼過ぎ。
「――カイル!」
小屋の外から声が聞こえた。
カイルが扉を開ける。
そこに立っていたのは――
「ダスキン?」
ダスキンは息を切らしながら、小屋の中を覗き込む。
「バルトもここにいたんだな、少年を見なかったか?」
「……この子か?」
カイルが眠っている少年を見る。
「いたのか!」
ダスキンが駆け寄る。
「よかった……!」
ほっとしたように息を吐く。
「街じゃ大騒ぎだ。親も警備も探し回ってる」
「そうか」
ダスキンは少年の顔を見る。
「……寝てるな」
「ああ。泣き疲れたんだろ」
「なら、今日はここにいたほうがいいな」
「俺もそう思う」
結局、俺たちはその日は小屋で過ごすことになった。
ベットに眠る少年を見つめてると、外で話し込んでいたダスキンが小屋に入って来た。
「……そういや」
ダスキンが俺を見る。
「お前、転移者なんだってな」
「はい」
「やっぱりそうか……」
ダスキンが小さく呟いた。
「?」
「……いや」
少しだけ間を置いて。
「ひまりちゃんも、なのか……」
「ひまり?」
俺は首を傾げる。
「誰それ」
「数ヶ月前に、急に街に現れた女の子だ」
「…………」
「今じゃもう落ち着いてるけどな、出会った当初は路頭に迷った顔で尋ねてきたんだ。」
「なんだっけか、シンカンセンがどうたらって言ってたな」




