第十六歩 腐れ縁
「……朝か」
目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。
一瞬、ここがどこなのか分からなかった。
「……そうだ」
昨日、気づいたら森にいて魔獣に襲われた。
そして――男に助けられた。ふと気づく。
名前聞いてない…
身体を起こす。
「……痛っ」
あちこちが痛い。走り回ったせいなのか、昨日は気づかなかった疲れが一気に押し寄せてきた。
「起きたか」
声がして振り返る。
「おはようございます」
小屋の隅で、男が何かを焼いていた。
「あの、名前なんて言うんですか。自己紹介もしないで寝ちゃってすいません。俺は翼です。」
「カイルだ。…腹減ってるだろ」
「……はい」
「食え」
カイルが皿を差し出してくる。
そこには焼いた肉が乗っていた。
「これ……」
「昨日の魔獣だ」
「…………」
昨日、俺を殺そうとしていた化け物。その肉を、今から食べる。
「……マジか」
「嫌なら食うな」
「いや、食べます!」
生きるためには食べるしかない。恐る恐る口に入れる。
「……うまい」
思わず声が出た。
「そうか」
カイルはそれだけ言って、また自分の食事を始めた。
こういうところを見ると、本当にこの人はこの森で生きているんだと思う。俺とは何もかも違う。
「カイルさん」
「カイルでいい。」
「あの、……カイル」
「なんだ」
「昨日の話なんだけど」
カイルが先を促すようにこちらを見る。俺の崩れた口調に無反応ということは、このまま話していいということだろう。
「転移者のこと、もう少し教えてもらえないか?」
「俺も詳しいわけじゃない」
「それでもいい」
俺は肉を持っていた手を止める。
「転移者って、他にもいるってこと?」
「ああ。昔から、たまに現れるらしい」
「どれくらいの間隔で?」
「何十年かに一度……だったか」
「そう、か……」
思っていたより少ない。
でも、俺だけじゃない。
それが分かっただけでも少し安心した。
「王都に行けば、転移者について分かるのか?」
「記録ならあるだろうな」
「じゃあ……」
俺は少しだけ身を乗り出した。
「帰る方法も?」
「それは分からん」
即答だった。
「……そうだよな」
分かっていた。
昨日だって、カイルは帰る方法までは知らないと言っていた。
それでも、少し期待してしまった。
「だが、転移者なら王都へ行けばいい」
「王都……」
「転移者は王都で保護される決まりだ。法で決まってる。」
保護。
その言葉が頭に残る。
どうして転移者を保護するのか。
何のために。
分からないことばかりだ。
「……俺、兄さんを探したいんだ」
気づけば、そう口にしていた。
「兄?」
「あぁ、双子の兄なんだけど。俺と一緒に新幹線…ていう乗り物に乗ってたはずだったんだ。隣に座ってたのに気づいたらいなくなってて……」
「同じように転移した可能性はあるな」
「やっぱり……」
胸の奥が少しだけ軽くなる。
どこにいるのか分からない。
でも、もしかしたらこの世界のどこかにいる。
「だったら、なおさら王都に行ったほうがいい」
「……わかった」
そのときだった。
遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきた。
カッ、カッ、カッ。
「……誰か来た?」
カイルが立ち上がる。
「たぶんな」
外へ出る。
俺も慌てて後を追った。森の中を一台の馬車が進んでくる。
そして、小屋の前で止まった。
「……カイル!」
御者台から男が降りてくる。少し疲れたような顔をしているけど、しっかりとした足取りだ。
「久しぶりだな、急に手紙よこして来てびっくりしたよ。」
「久しぶりってほどでもないだろ」
「そうだったか?」
「数ヵ月ぶりだ」
「それを世間では久しぶりって言うんだよ」
「言わねえよ」
「森にばっか籠ってるからそうなるんだ」
二人の会話を聞いていると、どうやら仲がいいのか悪いのか分からない。
カイルが俺を見る。
「バルト。こいつだ」
「……こいつ?」
男――バルトが俺を見る。
俺もバルトを見る。
しばらく沈黙が続いた。
「……転移者か?」
「はい」
答えると、バルトの表情が変わった。
「本当に……?」
「俺、転移して来たんだ」
バルトは何かを考えるように黙り込む。
そして、小さく息を吐いた。
「そうか」
それだけ言って、馬車を見る。
「王都へ連れていけばいいんだな?」
「ああ」
「分かった」
話が早い。
「えっと……」
俺は思わず口を挟む。
「俺なら、すぐにでも出発できる」
「急ぐな」
「え?」
「慣れない森で過ごしたら疲れは溜まる」
バルトは俺の顔を見ると、ため息をついた。
「まず休め。王都まではそれなりにかかる」
「でも、司が……」
「兄を探しているんだったな」
「はい」
「なら、なおさらだ。倒れたら探せるものも探せん」
「……」
正論だった。
「出発は2日後だ」
バルトがそう言う。
「それまではここで休め」
「……はい」
俺は小屋の中へ戻り、ベッドに腰を下ろす。
明後日になれば、王都へ行ける。
王都に行けば、転移者のことが分かるかもしれない。
そして――。
「司も、見つかるかな」
小さく呟く。
まだ何も分からない。
でも、昨日まで森の中をただ彷徨っていた俺に、初めて道ができた気がした。
俺は窓の外を見る。
森の向こう。
そのさらに先にあるという、王都を思い浮かべながら。




