第十五歩 道標
「俺、転移して来たんです」
そう言った瞬間、男の手が止まった。
「……転移?」
「あ、えっと……」
俺はどう説明すればいいのか考える。
「転移者っていうのは……別の世界から来た人のことです」
「別の世界?」
「はい。俺がいた世界には、魔法も魔獣もありませんでした」
そう言いながら、自分でも変な話だと思う。
ついさっきまで新幹線に乗っていたのに、気がついたら森にいて、魔獣に襲われて。
それを目の前の男に説明している。
「……なるほどな」
男はそれだけ言うと、倒れた魔獣の脚を掴んだ。
「え?」
ぐっ。
「うお……」
魔獣の巨体が、まるで大きな荷物でも持ち上げるように軽々と担ぎ上げられる。
「とりあえず、着いてこい」
「あ、はい」
俺は慌てて後を追った。
少し歩いたところで、男が口を開く。
「転移者ってのは聞いたことがある」
「え?」
思わず声が出た。
「知ってるんですか?」
「ああ。昔から、たまに現れるらしい」
「じゃあ、俺以外にも?」
「いるかもしれないな」
胸が少しだけ高鳴った。
俺と同じように、この世界へ来た人がいる。
だったら――。
「帰る方法も……」
「それは俺には分からん」
即答だった。
「……そうですか」
期待してしまった分、少しだけ肩が落ちる。
「だが、転移者なら王都に行けばいい」
「王都?」
「ああ。転移者は王都で保護される決まりがある」
「保護……」
その言葉を聞いて、頭の中でいくつもの疑問が浮かぶ。
どうして保護される?
転移者は何人いる?
この世界に来た人たちは、どうやって暮らしている?
そして――。
司は?
「じゃあ……」
聞きたいことを口にしようとした、そのとき。
「おい、着いたぞ」
「え?」
顔を上げる。
森の中に、小さな小屋が建っていた。
「ここが俺の家だ」
「……ここに?」
「ああ。中に入ってろ」
男はそう言って、担いでいた魔獣を地面へ下ろした。
「俺はこいつを捌く」
「あ、俺も――」
「いい。お前は休んでろ」
そう言うと、男は外へ出ていった。
「…………」
俺は言われた通り、小屋の中へ入る。木で作られた簡素な部屋。机と椅子、それからベッド。必要最低限のものしかない。窓の外を見ると、男が魔獣の解体を始めていた。ナイフを入れ、皮を剥ぎ、肉を切り分けていく。
……すごい。
さっきまで俺を殺そうとしていた化け物を、まるで魚でも捌くみたいに処理している。俺には到底できそうにない。
でも、それ以上に気になることがある。
「……司」
小さく呟く。
司はどこにいる?
俺と同じように転移したなら、この世界のどこかにいるはずだ。あいつも俺みたいにステータス上がったりしてるんだろうか。司なら多分どんな世界でも上手くやるんだろうけど。
でも、もし俺みたいに森の中に1人残されてるんだとしたら…
「……いや」
考えるのをやめる。今は、悪い方向に考えるべきじゃない。
司なら大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。
窓の外では、まだ解体が続いている。
どれくらい経っただろう。
扉が開いた。
「終わったぞ」
男が入ってくる。
「……お疲れさまです」
「王都に行くなら、バルトを呼ぶか」
「バルト?」
「ああ。俺の腐れ縁だ」
そう言って、男は窓の近くへ歩いていく。
そして、軽く指笛を鳴らす。するとどこからともなく細長いくちばしをした鳥が飛んできて窓枠にとまった。
「これに手紙をつけて飛ばす」
「……鳥?」
男は慣れた手つきで足に小さな紙をくくりつけた。
「これでバルトに届く」
「そんなことできるんだ……」
俺は鳥が森の向こうへ飛んでいくのを見送った。
王都。
転移者。
バルト。
分からないことだらけだ。
でも、少しずつ道が見えてきた気がする。
「今日はもう寝ろ」
男が言った。
「明日になれば、少しは話も進むだろう」
「……はい」
俺はベッドへ向かう。
横になると、身体の疲れが一気に押し寄せてきた。
目を閉じる。
司。
今、どこにいるんだろう。
俺はまだ知らない。
この世界のどこかで、司もまた――。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。




