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第十四歩 現実

――終わった。


そう思った瞬間、身体が勝手に動いた。


「うおっ!」


地面を強く蹴る。身体が軽い。さっきまでとは比べ物にならない速度で、俺は横へ飛び退いた。


直後、さっきまで俺がいた場所を魔獣の爪が薙いだ。


「っ……!」


地面がえぐれる。冗談だろ。あんなの食らったら、一発で終わる。俺は振り返らずに走った。

木々の間を縫うように進む。


後ろから、ドドドッと地面を踏み鳴らす音が追ってくる。


速い。


いや、速すぎる。


「なんでついてこれるんだよ!」


身体強化のおかげで、普通ならありえない速度で走れているはずだ。


なのに、魔獣との距離はほとんど広がらない。


枝が顔に当たる。足元の石に躓きそうになる。それでも止まれない。


「くそっ……!」


ゲームだったら、敵の攻撃パターンを覚えればいい。

弱点を探せばいい。


でも、これはゲームじゃない。


死んだら、やり直しなんてできない。


「司……!」


思わず、口から漏れた。


返事はない。


今どこにいるのかも分からない。こんな場所で一人。しかも後ろには、俺を食い殺そうとしている化け物。


「……マジで、どうすんだよ……!」


木々の間を抜けた先に、少し開けた場所が見えた。


助かった。


そう思った瞬間だった。


「――っ!」


足が止まる。行き止まりだった。目の前には崖。

左右には木々が密集していて、逃げ道なんてない。


「嘘だろ……」


背後から、ゆっくりと足音が近づいてくる。

振り返る。


魔獣がいた。


口を大きく開き、鋭い牙を見せている。


低い唸り声。


身体が震える。


さっきまでなら、ゲームみたいで少し興奮していた。でも今は違う。


怖い。


本当に怖い。


魔獣が一歩、近づく。


俺も一歩、後ろへ下がる。


もう下がれない。


「……来るな」


魔獣が地面を蹴った。


「っ!」


その瞬間。



「――しゃがめ!」



声が響いた。


「え?」


考えるより先に、身体を伏せる。


ヒュッ――!


頭のすぐ上を何かが通り過ぎた。


次の瞬間。


ドスッ!


魔獣の額に一本の矢が突き刺さった。


「グ……ッ」


魔獣の身体が大きく揺れ、そのまま地面へ倒れ込んだ。


「…………」


俺はしゃがみ込んだまま、動けなかった。


今の……矢?


誰が――。


「怪我はないか?」


声のした方を見る。


木々の向こうから、一人の男が歩いてくる。

弓を手にしていた。

俺よりずっと大きな身体。

森の中を歩き慣れているのか、足取りに迷いがない。


「……あんたが、今の?」


「ああ」


男は短く答えると、倒れた魔獣へ近づいていく。

そして額に刺さった矢を掴む。


「ちょっと待って」


俺が声をかけるより先に、男は矢を引き抜いた。


血が流れる。


「うわ……」


男は気にする様子もなく、矢の状態を確認している。


「折れてないな」


そう呟くと、今度は腰からナイフを取り出した。


「……何するんだ?」


「解体する」


男は当然のように答えた。倒した魔獣を前にしても、特別な感情を見せない。慣れている。俺とは全然違う。ナイフを入れ、手際よく魔獣の身体を捌いていく。その姿を見ながら、俺はようやく理解した。この人は、この森で生きている。俺が知らないことを、たくさん知っている。


だったら――。


聞くしかない。


新幹線。


司。


この森。


俺がここに来た理由。


そして――元の世界へ帰る方法。


男がこちらを見る。


「……お前、どこから来た?」


その問いに、俺は少しだけ息を呑んだ。


何をどう説明すればいいのかなんて分からない。


でも、この人なら。


俺はまっすぐ男を見た。


「俺――」


一度、息を吸う。



「俺、転移して来たんです。」


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