第十三歩 目覚め
「翼、寝るならカーテン閉める?」
「ん」
司と言葉を交わしたのはそれが最後だった。
博多で開かれるゲームイベントに参加するため、俺たちは東京から新幹線に乗っていた。俺が一人で行くと言ったら、案の定、両親はいい顔をしなかった。
「どうせなら司も一緒に行ってきたら?」
そう言われて、司が付き添ってくれることになった。
まあ、俺としては一人でも全然平気だったんだけど。
「……寝よ」
グリーン車の心地よい眠りから目を覚ましたら、隣にいたはずの司はいなくて、俺は森の中で寝転んでいた。
「は?」
なんの冗談だよ。ポケットに入ってるスマホを確認すると、右上には圏外と表示されている。
「まず、どこだよここ」
立ち上がって周囲を見回す。
木。木。木。
見渡す限り木しかない。足元には見たことのない草が生えていて、少し離れたところには青い実のなった木まである。
「……日本じゃない?」
いや、そんなわけない。
寝ぼけて森に連れてこられたとか? でも、司がそんなことするわけないし、そもそも新幹線からどうやって俺だけ森に移動するんだ。
スマホを見る。
電波はない。時計は動いている。画面を操作してみるけど、当然ネットには繋がらない。
「司……?」
返事はない。
「おーい、にいさーん!」
叫んでみても、返ってくるのは鳥の鳴き声だけ。
……マジか。
少し歩いてみる。
けど、どこまで行っても森。
新幹線の線路はおろか、人が通ったような道すら見つからない。
「これ……」
ふと、ゲームでよく見る展開が頭に浮かんだ。
異世界転移。
いやいや、そんなわけ。
でも、知らない場所。見たことのない植物。圏外。隣にいたはずの司の不在。それに――。
「……魔法とか、あったりしてな」
自分で言って笑う。さすがにゲームのやりすぎだ。……そう思った。そのとき。
「……ん?」
目の前に倒木があった。邪魔だからどかそうと手をかける。
「よっ……と」
ぐっ。
「……え?」
思ったより簡単に持ち上がった。俺の身長より大きな枝が何本もついた倒木だ。
「……軽くね?」
試しにもう一度持ち上げる。
やっぱり軽い。
というより――俺の力がおかしい。
「まさか……」
少し離れた木に向かって走る。
一歩。
二歩。
三歩。
「うわっ!」
思ったより速い。止まろうとして地面を蹴ると、身体が勢いよく前に飛び出した。
「っ!」
そのまま転ぶ――と思った。
でも、身体を捻っただけで簡単に着地できた。
「……何これ」
心臓がバクバクしている。でも、怖いというより少しだけ興奮していた。ゲームだったら、ここでステータス画面が出るところだ。
「ステータス!」
……何も起きない。
「だよな」
思わず苦笑する。でも、これは偶然じゃない。
「身体能力が上がってる……?」
もしかしたら、本当にここは――。
異世界。
その言葉が、今度は妙にしっくりきた。
「……司も、どこかにいるよな」
だったら、まず人を探そう。水と食べ物も必要だ。ゲームなら序盤は安全な場所を確保して、情報を集める。
現実でもたぶん同じだ。
幸い、身体は妙に軽い。これなら森の中でも、少しは動き回れる。そう思って歩き始めた。
どれくらい歩いただろう。
木々の間から、少し開けた場所が見えてきた。
「人……?」
目を凝らす。
違う。
何かがいる。草むらが揺れている。
「……?」
ガサッ。
音がした。
俺は反射的に足を止めた。
もう一度。
ガサッ。
今度は、さっきより近い。ゆっくりと後ずさる。
木々の隙間から、何かが姿を現した。
四本の脚。大きな身体。鋭く伸びた牙。見たことのない生き物だった。
「……熊?」
違う。こんなの、熊じゃない。そいつが俺を見た。低い唸り声が森に響く。
「…………」
一歩、後ろへ下がる。
魔獣。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
「……嘘だろ」
そいつが地面を蹴った。
「――終わった」




