第十二歩 転移者
「森に入って帰ってこないんだ!」
店の中が静まり返った。
さっきまで聞こえていた食器の音も、客たちの話し声も、全部止まったように感じる。子供たちの啜り泣きだけが響く。
「お前ら、落ち着け。警備隊には?」
アルバートさんが尋ねる。
「ゆった。でもけいびたいはかんかつがいってゆわれた。だからオレ、ダスキンのおっちゃんに伝えるのが早いと思って……」
「俺が行く」
ダスキンさんが立ち上がった。
「ダスキンさん!」
「子どもが森に入ったんだろ? 傭兵の俺が行かなくてどうする」
「でも、魔獣が……」
「だからだよ」
ダスキンさんはいつものように笑った。
「心配すんな。子ども連れて帰ってくるだけだ」
「俺も行く!」
リオネルが立ち上がる。
「ダメだ」
「なんでだよ!」
「お前が来ても足手まといだ。店に残ってろ」
「……っ」
悔しそうに拳を握るリオネルを見て、胸が痛くなった。
ダスキンさんはそのまま店を出ていった。
わたしはただ、その背中を見送ることしかできなかった。
その日の夜。
「……まだ帰ってこないね」
「大丈夫だって。ダスキンのおっちゃんなら」
そう言うリオネルの声も、いつもより少し小さかった。
夕食を食べても、何をしていても、どうしても森のことが頭から離れない。
マークくん。
あんなに元気だったのに。いや、元気だったから。
「もう6歳だから平気」なんて言って、森に入ってしまった。
「……大丈夫かな」
「大丈夫だよ」
今度は自分に言い聞かせるように、リオネルが呟いた。
その夜は、なかなか眠れなかった。
翌朝。
「……ん?」
町の入り口の方から、馬の蹄の音が聞こえてきた。
「馬車だ!」
リオネルが窓から身を乗り出す。
「バルトさんの馬車じゃねぇか!」
「じゃあ……!」
わたしは慌てて外へ飛び出した。
町の人たちも集まり始めている。
ゆっくりと近づいてくる馬車。
御者席には泥だらけになったダスキンさんともう1人の男性が座っていた。そして荷台には――。
「マーク!」
「父ちゃん!」
飛び降りた小さな男の子に、父親が駆け寄る。
「この馬鹿! 心配かけやがって!」
「ご、ごめんなさい……」
「もう森には入るなよ!」
「……うん」
泣き腫らした顔をしていたけれど、大きな怪我はないようだった。
「よかった……」
思わず息を吐く。
ダスキンさんもこちらに気づいて手を振った。
「心配かけたな!」
「本当に無事でよかったです!」
「まぁ、ちょっと面倒なことにはなったけどな」
そう言いながら、ダスキンさんが馬車の荷台を見る。
「それと――」
「……?」
その視線を追って、私も荷台を覗き込んだ。
そこには、見知らぬ男の子が座っていた。
年齢は私とそう変わらないように見える。
服は泥だらけで、疲れたように俯いている。
「この子は?」
私が尋ねると、ダスキンさんが答えた。
「まぁ、ちょっとバルトがな。」
少年が顔を上げる。
目が合った。
「……あんた」
「え?」
「王都に行くんだろ?」
突然そう言われて、私は戸惑った。
「う、うん。帰る方法を探すために……」
「そっか」
少年は少しだけ安心したように息を吐いた。
そして――。
「俺も王都に行く」
「……え?」
少年はまっすぐ私を見た。
「俺も、転移者だから」
「…………え?」
その言葉が、頭の中で何度も響いた。
転移者。
いたんだ、私以外にもこの世界に来た人が――。




