春の嘘
3月が終わって、4月がきた。
あの体育の授業の後、宮田は時々英語のプリントを持って僕のところに来るようになった。
「ここどういう意味?」とか「この問題合ってるか見て」とか。
それだけのことなのに、毎回心臓がうるさかった。
友達、と呼んでいいのかはわからなかった。でも、何かが少し変わった気がした。
4月11日、エイプリルフールの10日後だ。
放課後、宮田が一人で廊下を歩いていた。珍しく誰もいなかった。
僕は、前から決めていた。
告白しようと思っていた。本気で。
振られることはわかっていた。
でも、振られて、宮田のことを忘れるためだ。
苦しいけど、それが現実となるんだ。
「宮田」
呼び止めた。宮田が振り返った。
「何?」
「あのさ、こっち来て」
僕と宮田は廊下の隅で2人きりになった。
「ぼ、僕さ、男が好きで、で、で、付き合ってほしい」
言った。言えた。
宮田は一秒間だけ黙った。一瞬悩んだ顔が見えた気もした
それから、ふっと笑った。
「そっか...ごめんな、俺そういうの考えてなくて...でもありがとう。また英語教えてくれよ」
きっと宮田にとっては、僕はそういうのなんだ。
僕はどうしていいかわからず、ぼそって言ってみた。
「っていう、遅めのエイプリルフール」
「なんだーエイプリルフールか。俺ビビったぁ」
宮田は笑いながらそう言った。
「……うん。嘘。ごめん」
宮田は「びっくりした」と言って、またいつもの顔に戻った。
「じゃ、俺部活行ってくる!」と宮田は言葉を残し、行ってしまった。
僕は廊下に立ったまま、しばらく動けなかった。
嘘にしてよかったのか。
わからなかった。ただ、ちゃんと言えた、という感覚だけがあった。
トイレに入って、個室に鍵をかけた。
泣いた。
聞こえないように、声を殺して。
でも涙は止まらなかった。自分でも驚くくらい、出てきた。
好きと言えた。でも嘘にした。
宮田は笑った。
嘘にしたのは僕だ。
嘘にしなければよかったとは思わなかった。
嘘にしたのが正しかったとも思わなかった。ただ、泣きたかった。
気づいたら、先生に声をかけられていた。
「中島、どうした。気分でも悪いか」
職員室に連れて行かれた。ソファに座らされて、お茶を出された。
「何があったか、話せるか」
話せなかった。話したくなかった。
「……何もないです。少し疲れただけです」
先生はしばらく見ていたけど、無理に聞かなかった。
家に帰って、部屋に入って、ベッドにくるまった。
布団の中は暗くて、狭くて、温かかった。
しばらくして、重さを感じた。
ムギだった。家で飼っている猫。茶トラのオスで、もう6歳になる。
普段はあまりくっつかないくせに、今日はなぜか背中に乗ってきた。
重かった。温かかった。
気のせいかもしれない。でも、ムギはずっとそこにいた。




