冬の図書館
12月に入ると、廊下の空気が変わった。
朝、教室に入ると暖房の独特の匂いがして、窓の外の木が全部裸になっていた。
体育館に向かう渡り廊下は風が通って、毎朝少しだけ走りたくなる。走らないけど。
期末試験の2週間前から、僕は放課後に図書室で勉強するようになった。
家だと眠くなるし、健吾と一緒だとうるさいから。
図書室は静かで、司書の先生があまり話しかけてこない。そういう場所が好きだ。
ある日の放課後、いつもの席に座ってシャーペンを出したとき、向かいの席に誰かが来た。
宮田だった。
鞄を置いて、椅子を引いて、僕の向かいに座った。それだけだった。何も言わなかった。
僕も何も言わなかった。言えなかった。
宮田は参考書を開いた。
数学か、理科か、わからなかった。
僕は英語のプリントに目を戻した。
戻したけど、文字が頭に入らなかった。
向かいに宮田がいるというだけで、部屋の温度が少し変わった気がした。
気のせいだとわかっていた。それでも気のせいにできなかった。
宮田はシャーペンを持って、ノートに何かを書いていた。
たまに消しゴムを使った。消しゴムのカスを手で払った。その動作が静かで、僕は横目でそれを見ていた。
見ていた、というより、視野の端に入ってきた、という感じだ。
僕はちゃんとプリントを見ていた。たぶん。
しばらくして、宮田が小声で言った。
「なあ、英語のここ、どういう意味?」
ノートを少し傾けてきた。書き込みのある教科書のページだった。
読解問題の1、2文の意味がわからなかったらしい。
僕は見た。理解はできたものの、どう説明したらいいかわからない。
でもゆっくり考え、3秒後話し始めた。
「これ、動詞のing形が文頭に来るやつで、主語が省略されてる。この場合、主語は後ろの文と同じ」
できるだけ普通に言ったつもりだった。声が変じゃなかったか、わからない。
「あー、そういうことか」と宮田は言った。
「俺こういう長いのわかんないんだよな」
「でもしっかり細かく分けて考えるとわかりやすくなるよ」
自分でも驚いた。そんなに自然に言葉が出たのが。
宮田が笑った。小さく、でも本物の笑い方で。
「なるほどなぁ、ありがと!」
それからしばらく、また二人とも黙って勉強した。
今度は文字が入ってきた。頭が落ち着いていた。
宮田がそこにいることに、少しだけ慣れた。
慣れた、というより、慣れようとしたら、意外と慣れた。
司書の先生が「そろそろ片付けて」と言った。
2人同時に立った。2人同時に椅子を引いた。
出口に向かいながら、宮田が「ありがとな、また教えて」と言った。
「うん」と言った。
廊下に出たら、宮田は別の方向に行った。僕は反対側に行った。
外は暗かった。息が白かった。
胸のあたりが、じわっと温かかった。それが何なのか、名前をつけたくなかった。




