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追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
ポッキン! ぐるぐる白タイツでおそろいコーデ!

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ミラを呼ぶ声

痛みで目が覚めた。


背中と腰。右の肘の内側。左の膝。どこを動かしても響く。昨日はゲルトの毛布にくるまって、焚き火のそばで横になったところまでは覚えている。


起き上がった。体が重い。


焚き火は灰になっていた。朝の空気が冷たい。チュニック一枚。ローブはまだ乾いていない。荷車の横に張った紐に、広げて干してある。灰汁で洗った跡が白く残っている。


ミラがいない。


毛布が畳んでそばに置いてある。ハイディのところだ。昨夜「一緒に寝ようか」と聞いた時、ミラは首を振った。「ハイディのそばにいる」。


見に行った。


グレイとモリーがハイディの両側に寄り添っていた。風よけになっている。ロバの体温がハイディを温めている。ミラはハイディの首のそばに丸まっていた。毛布をハイディと半分ずつにしている。


あの子は正しい。今そばにいなければいけないのは、リリアではなくハイディの方だ。


正しいと分かっている。でも、少し寒かった。





ハイディのところに行った。


ナタンが杖を突いて、そばにいた。群れは近くの斜面で草を食んでいる。ネリが端を歩いている。


ハイディは横たわっていた。昨日の夕方、蜘蛛の戦いが終わった後、ここに移した。群れの端。風が当たらない場所。ミラが毛布をかけていた。


しゃがんだ。毛布を少しめくった。


首の傷は塞がっている。消化液で溶けた場所を、過剰回復オーバーキュアで埋めた。


過剰回復オーバーキュアは、何もないところからは作れない。傷口が治る時のように、かけた相手の血や体から、その部分を作る。バグドの時も、エルナさんの時も、傷の周りに体が残っていた。ハイディは溶け落ちた分が多すぎた。埋めるために全身から引き出した。


手をかざした。光を当てた。


何も変わらない。


もう一度。強く。


光がハイディの体を包んで、そのまま消えた。反応しない。


傷はない。治すべき場所がない。


壊れた場所がないのに、体が止まろうとしている。あの過剰回復が、ハイディの体の中にあったものを傷に回した。栄養も、脂肪も、蓄えの全部を。傷は治った。でも体の中が空になった。食が細くて、もう補えない。


「治してください」と言われたら、治せる。傷なら。毒なら。


でもここにあるのは傷じゃない。


ナタンが黙って見ていた。何も言わない。





昼過ぎ。


ハイディが鳴いた。


弱い声ではなかった。ニコが手を止めた。ヴェルナーが振り返った。ゲルトが荷車の横から覗いた。皆の目が集まるくらいの、はっきりした声だった。


ナタンではなく、ミラの方を向いて鳴いていた。


前脚が地面を押した。後脚が伸びた。一回で立った。ふらつかない。あの、脚を折りたたむのに時間がかかるハイディが。


ミラが駆け寄った。


ハイディが歩き出した。三歩。ミラの前で止まった。


鼻を寄せた。冷たくて湿った鼻。ミラの掌に押しつけた。


ミラの手がハイディの顔を撫でた。頬から、顎の下へ。ハイディの目が細くなった。


ミラがゲルトの荷車に走った。戻ってきた。片手に瓶、片手に岩塩のかけら。


温泉の水を岩塩の表面に垂らした。白い結晶が濡れて光る。


ハイディの口元に差し出した。舌が出た。ざらりと舐めた。塩の表面を。もう一舐め。ミラの掌に落ちた雫まで、舌が追いかけた。


ミラがしゃがんだ。足元の冬枯れの草の中から、根元に残った青い茎を探している。短い。指先でちぎった。


ハイディの口元に差し出した。指ごと。


ハイディが鼻を寄せた。ミラの指ごと、口に入れた。


噛まれない。湿った歯茎と、ざらざらの舌が指に巻きついて、草だけ持っていく。もぐもぐと奥歯ですりつぶす音が、指の腹に伝わっている。


ミラが指を引き抜いた。唾液で光っている。拭かない。


初めてこれをやった時も、同じだった。「へんなの」と言って、拭かなかった。


今は何も言わない。もう一本。青い茎を探している。



前脚から力が抜けた。


音はなかった。


膝から崩れて、横倒しになった。


口の中に、まだ草が残っていた。


ミラの掌の中で、鼻先が滑り落ちていった。





ナタンが来た。


ハイディの横にしゃがんだ。皺だらけの手が首筋に触れた。何かを確かめている。


しばらくそうしていた。


手を離した。


「——がんばったな」


ハイディに言っていた。





ミラがハイディの毛を梳いている。


いつものように。左の腰のあたり。指を入れて、根元から毛先に向かって梳く。


指が滑った。引っかからない。


いつもここで引っかかる。毛の流れが変わる場所。焼印の跡。毛が短くて、硬くて、指に引っかかる場所。


ない。


毛が均一に流れている。跡がない。柔らかい。どこを触っても同じ手触り。


——私が消した。


あの夜。過剰回復をかけた時。首の傷を埋めるために、周りの皮膚を引き寄せた。焼印があった場所の皮膚も、傷口に引き込まれた。跡ごと。


ハイディの体から、持ち主の印が消えていた。


ミラは手を止めない。もう一度、同じ場所を梳く。隣へ。背中へ。肩へ。何も言わない。


ただ、梳いている。冷えていく体の毛を。丁寧に。ゆっくりと。



——ミラ。


声が出なかった。


——ミラ、ごめん。


言えなかった。何に対して謝るのかも分からない。治せなかったことか。治しすぎたことか。


助けられなかった時、遺族に「お前が殺した」と言われてきた。何度も。そのたびに、聞き入れて、寄り添って、心を守ってきた。


ミラは何も言わない。毛を梳いている。


言葉で痛い方が、まだ楽だった。



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