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追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
シュワシュワ♨️お肌つるつるピーリング体験!

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湯気の見える屋根

地面に手をついていた。


砂利の感触。指の間にざらざらした石が食い込んでいる。


喉が焼ける。息を吸うたびに、喉の奥に何かがこびりついているような痛みがある。さっきまで面の中にいた空気の残りか、それとも面を外した後に一瞬だけ吸った、あの重い空気のせいか。


泣いていた。


いつからか分からない。面の中で曇ったのだと思っていた丸い窓が、涙のせいだったのかもしれない。あの黒いのが倒れた時には、もう泣いていたのだと思う。


止められない。止め方が分からない。





「降りるな」


声がした。低い。短い。


ヨーゼフが窪地の方を見下ろしている。背中だけが見える。


「底にまだ気が残ってる。今日は降りるな」


カタリナが隣にいる。


膝を立てて座り、肩で息をしている。手が膝の上に落ちている。いつも風を読んでいた指先が、動いていない。


その顔を見て——自分が何をすべきか、思い出した。


鞄を開けた。





「カタリナさん」


「ん」


「手を出してください」


カタリナが片手を持ち上げた。ゆっくりと。指先に触れる。冷たい。血の巡りが落ちている。魔力を使い切ると、体の末端から冷えていく。学校で習った。


掌に光を当てた。淡い。いつもより弱い。自分の魔力も残り少ない。でも温めるくらいはできる。血の流れを少しだけ助ける。


「……あったかい」


カタリナが小さく笑った。笑えるなら大丈夫だ。


「魔力が空っぽです。体の中が……空っぽなんです」


「分かってる。お腹空いてるのと同じでしょ」


「はい。食べて、寝てください。それしかありません」


「うん。——帰ろう」





帰路。


ヨーゼフが先頭を歩いた。来た時と同じ道を逆に辿る。猟師が先に立ち、安全を確かめながら一歩ずつ。


来る時は朝だった。帰る時はまだ昼を過ぎていない。あの黒いのと向き合っていた時間は——そんなに長くはなかったのか。長かった気がする。一日分くらい長かった気がする。


カタリナはニコに肩を貸されている。


「歩ける」


「歩けてない」


「歩けてるってば」


「足、見ろ」


カタリナが自分の足を見た。膝が笑っている。一歩ごとにふらついて、ニコの肩に体重がかかっている。


「……まあ、ちょっとだけ借りるね」


ニコは何も言わなかった。そのまま歩いた。


リリアは自分の足で歩いた。ふらつく。膝が笑っている。カタリナと同じだ。でも鞄を背負い直した。ヒーラーの鞄だけが残ったのだ。面も手袋も布も筒も壺も、あの道の途中で光になって消えた。鞄だけが残った。


ヴェルナーが最後尾を歩いている。ときどき振り返る。空の矢筒が背中で揺れている。


五人で下った道を、五人で上っている。


源泉の横を通った。朝、指を浸した場所。


湯気が白く立ち上っている。


足が止まった。


あの窪地と、同じ匂いがした。





宿が見えてきた。


石造りの屋根。湯気を上げている煙突。洗い場に干された湯浴み着。


宿の前に、ミラがいた。


走ってこなかった。


立っている。両手を体の横に下ろして、こちらを見ている。走り寄ることも、手を振ることもしない。ただ立っている。


近づいていく。十歩。五歩。ミラの顔が見える距離。目が赤くない。泣いた跡はない。でも唇の色が薄い。


「ただいま」


ミラが一歩だけ前に出た。


何も言わない。リリアの鞄の紐を掴んだ。片手で。ぎゅっと。


手が冷たかった。





ブルーノが厨房にいた。


「風呂を沸かしてある。飯もある」


鍋の蓋を開けた。肉と根菜の匂いがした。


ゲルトが食堂の隅で立ち上がった。ルッツの父親と何か話していたらしい。紙を畳んで懐にしまった。


「終わったのか」


「終わりました」


ゲルトが頷いた。





治療をした。


食堂の長卓の端に座って、一人ずつ。


カタリナが最初だった。


「魔力は戻りません。食べて寝るしかないです。でも手足の冷えと——」


カタリナの手首を取った。脈を診る。遅い。力が弱い。


「血の巡りが悪いです。回復魔法で少しだけ助けますけど、無理はしないでください」


「はいはい。——あんたも顔色悪いよ」


「私は大丈夫です」


「嘘つき」


カタリナが笑った。でもそのまま目を閉じた。回復魔法の光が手首から染みていく。指先が温かくなるのが分かったのだろう、閉じた目が少しだけ緩んだ。


次はヴェルナーだった。


「手を見せてください」


右手を差し出した。震えている。指が白い。弦の跡が人差し指と中指にくっきり残っている。


両手で包んだ。光を当てた。震えが小さくなる。止まる。


ヴェルナーの左手が、腰のナイフから離れた。


ずっとかかっていた。斜面の上でも。帰り道でも。今、離れた。


リリアは「治療で力が抜けたんだな」と思った。右手の震えが止まったから、体全体の力が抜けた。そういうことだと思った。


「……ありがとうございます」


ヴェルナーの声が小さかった。右手を見て、開いて、閉じた。もう震えていなかった。


次はニコだった。


「俺は平気だ」


「手首を見せてください」


ニコが手を出した。手首の内側に弦の跡が赤く残っていた。


一本しか射っていない。でもずっと構えていた手だ。


「……一本しか使ってないのに、これだけ跡がつくんですね」


「構えてるだけで弦は食い込むもんだ」


最後にヨーゼフだった。


「……いい」


「膝を見せてください」


「いい。大したことない」


「ヨーゼフさん」


猟師が黙った。


「膝が壊れたら山に入れなくなりますよ」


ヨーゼフの目が動いた。山に入れなくなる。猟師にとって、それは——。


黙って膝を差し出した。


触れる。少し腫れている。回復魔法で炎症を抑える。完全には治らない。でも明日歩ける程度には。


ヨーゼフは何も言わなかった。治療が終わると立ち上がって、そのまま外に出ていった。





夕食の後、焚き火のそばに三人がいた。


食堂の裏口を出たところに、薪を割る場所がある。そこにニコとヨーゼフとヴェルナーが腰を下ろしていた。


リリアは食堂から出たところで足を止めた。声が聞こえたからではない。聞こえなかったから。三人とも黙っている。


ヴェルナーが空の矢筒の手入れをしている。革の部分を布で拭いて、紐のほつれを確認している。中身のない矢筒。明日、ブレンハイムの弓師から矢を借りなければならない。


ヨーゼフが焚き火を見ていた。膝に手を置いている。さっき治療した膝。


しばらくして、ヨーゼフが口を開いた。


「手負いの獣が一番怖い。倒れた、と思った時に来る」


焚き火に向かって言った。ヴェルナーに向けたのではない。猟師が焚き火を見ながら呟く、山の話。独り言のように。


でもヴェルナーの手が止まった。矢筒の紐を握ったまま。


ヨーゼフが続けた。珍しく二言。


「お前は知ってたのか」


「……いえ。知りませんでした」


「そうか」


ヨーゼフは焚き火に薪を一本足して、黙った。


少し間があった。


ニコがヴェルナーの空の矢筒を見た。


「最後の一本は残しておけ」


短い。ニコの声。


「……次からな」


ヴェルナーが頷いた。


それから——矢筒の手入れに戻った。


さっきと同じ手つき。革を拭いて、紐を確かめる。でも手が震えていない。来た時と、手つきが違う。丁寧になっている。空の矢筒を、明日また矢を入れるものとして扱っている。


ニコが焚き火に手をかざした。ヨーゼフが膝を伸ばした。


三人とも黙っている。でもさっきまでの沈黙とは違う。焚き火の音だけがある、穏やかな夜だった。


リリアはそこで食堂に戻った。三人の会話の意味を全部は分かっていない。猟師の山の話と、弓使いの技術の話。


でもヴェルナーの右手がもう震えていないことには気づいた。


さっき治した手。回復魔法で筋の緊張を解いた手。


——あれ。もう大丈夫になってる。


ヒーラーの目でそう思った。治療が効いたんだな、と。





部屋に戻ると、ミラが先に布団に入っていた。


背を向けている。寝ているのか起きているのか、分からない。毛布を顎まで引き上げて、小さく丸まっている。


布団に入った。ミラの背中が近い。腕一本分の距離。


窓の外で、微かな風の音がする。


出発する前に——カタリナが精霊に頼んでいた。斜面の上で座り込んだまま、小さな声で。


「ゆっくりでいい。下から上に、谷の底から風を送って。何日かかってもいいから」


精霊が応じたのだろう。窪地の底を、微かな風が這い始めた。カタリナの指は動いていなかった。もう魔力は使っていない。精霊が、引き受けてくれたのだ。


その風が、今も吹いている。窓の外で。谷底の毒を薄めている。少しずつ。何日もかけて。人が吸っても平気なくらい薄くなるまで。


遠吠えは聞こえない。


犬はもういない。野犬はもういない。


でも風の音がする。


目を閉じた。



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