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追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
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心がほぐれる時

午後の湯は、朝より空いていた。


老人たちは昼寝に戻ったらしい。リリアとカタリナだけになった。


湯に肩まで沈める。指先がじんじんする。冷えていたのだ。ヴェグシャイトに着いてからずっと、誰かの体を診ていた。ルッツの心臓に手をかざして、フリーダの背中をさすって、老人たちの膝に光を当てて。指先がいつも誰かに向いていた。


自分の手が冷たいことに、湯に浸けてから気づく。


力を抜いた。体が浮く。湯の中で手を開いて、閉じた。指がよく動く。魔力を使いすぎた後の、芯に居座るだるさが、湯気と一緒にほどけていく。


「あんたも疲れてるでしょ。顔に出てるよ」


隣でカタリナが伸びをしていた。腕を湯から上げて、頭の後ろで組んでいる。


「……そうですか?」


「ヒーラーって大変だよね。怪我は治せても、疲れは取れないんでしょ」


その通りだった。回復魔法は他人の傷を塞ぐ。自分の疲労には効かない。


「温泉はいいよ。何もしなくていい」


カタリナが湯を掬って、顔にかけた。銀色の髪が濡れて額に張り付く。


「何もしなくても、体が勝手に楽になる。ヒーラーの手がなくても」


最後の一言が、妙に沁みた。





足音がした。


石灰華の階段を降りてくる、軽い音。ぺた、ぺた。裸足だ。


ミラだった。


湯浴み着を着ている。大人用しかなかったのだろう。裾が長くて、両手で持ち上げて歩いている。それでも足元が余っていて、石段を一段降りるたびに裾を踏みそうになる。


「……入っていい?」


湯気の向こうから、小さな声。


「おいで」


ミラが湯のそばまで来た。足先を入れて——びくっと引いた。


「……あつい」


「いきなり入ると熱いよ」


カタリナが体を起こして、両手で湯を掬った。ミラの足の甲にかける。


「こうやって慣らすの。ね」


もう一度。ミラの脛にかける。丁寧な手つき。慣れてはいない。でも覚えのある動き——誰かにそうしてもらった記憶が、手に残っている人の掬い方。


カタリナは二か月、山で一人だったと言っていた。乾し肉を齧って、川の水で顔を洗って。その手が今、子供の足に湯をかけている。


ミラが片足を入れる。今度は引かない。もう片方。膝まで。腰まで。


肩まで沈んで、ふう、と息が漏れる。頬が赤い。湯の熱さか、我慢していたのか。


「……あったかい」


その一言が、湯気の中に溶けていった。





三人で黙っていた。


湯が流れる音。石灰華の棚を、薄い湯がさらさらと伝っていく。遠くで鳥が鳴いている。それ以外に何も聞こえない。


ミラが少し離れたところに浸かっている。顎まで沈んで、目を閉じて。


小さい。


湯の中だと余計にそう思う。肩が細い。首が細い。あの肩に救急鞄を掛けさせたことがある。重くないかと聞いたら、「平気」と言い返してきた。平気なわけがない。


ヴェグシャイトでは一人で厩舎にいた。グレイとモリーの世話をして、藁の上で眠って。一緒に寝ようかと聞いたら、「ヒーラーが倒れたら困る」と断られた。大人みたいなことを言う子だ。


大人みたいなことを言わなくていい場所に、やっと来れた。


ミラの呼吸が変わる。深くなっている。


「……寝てるよ、あの子」


カタリナの小声。口元が笑っている。


「沈む前に引き上げた方がいいね」


ミラのそばに移って、肩に手を置く。


ミラがうっすら目を開ける。焦点が合っていない。また閉じた。


「……もうちょっと」


「駄目。のぼせるよ」


「…………」


返事がない。寝ている。


ミラの体を支えて、湯から上げた。ぐったりしている。重くはない。軽い。軽くて、温かい。


裾の長い湯浴み着が石灰華を引きずって、濡れた跡を残していく。





着替えの小屋で、ミラの髪を拭いた。


目を閉じたまま、されるがままになっている。布で頭をわしわし拭くと、小さく唸った。


腕を通してやる。紐を結んでやる。ミラの手が、リリアの袖を掴んだ。眠ったまま。


……いつもこうだ。


眠ると、起きている時の遠慮が全部なくなる。袖を掴んで、離さない。


カタリナが先に着替えて、小屋の入り口に寄りかかって待っていた。腕を組んで、夕焼けを見ている。


「……いいね、二人とも」


何がいいのかは聞かなかった。


ミラを背負った。軽い。温泉の匂いがする。髪がまだ湿っていて、首筋に張り付いた。くすぐったい。


宿に向かって歩き出した。石灰華の階段を登る。カタリナが隣を歩いている。ミラの寝息が、耳の後ろで聞こえている。


——こういう時間が、欲しかったのかもしれない。


戦場のヒーラーに、午後はなかった。朝は傷を縫い、昼は薬を練り、夜は死にかけた兵士の手を握った。一日に「空白」がなかった。


今、何もしていない。ミラを背負って歩いているだけだ。


それだけのことが、泣きそうなくらいあたたかい。





階段を登りきった。


宿の灯りが見えた。食堂の窓から、煮込みの湯気がこぼれている。ゲルトが作っているのだろう。肉と根菜の匂い。


ミラが背中で身じろぎした。鼻が動いている。匂いに反応したのだろうか。寝たまま、くんくんと鳴った。


カタリナが笑いを堪えている。


「起こす?」


「……もう少しだけ」


このまま背負っていたかった。


谷の方から風が吹いた。温泉の硫黄に混じって、一瞬だけ、別の匂いがした。生臭い。獣とも違う。


ミラが、ぴくりと首を動かした。


「……くさい」


「硫黄だよ。温泉の匂い」


「…………」


ミラはそれきり何も言わなかった。また、寝息に戻った。


風が止んだ。匂いも消えた。


食堂の扉を開けた。温かい空気が顔に当たった。

この章「やや番外編的な温泉回」としてコンパクトにするつもりだったのですが

このあと、温泉に入りびたりでもしないとリリアさん、心が休まる時がなさそうで

ゆったりしてしまいました。

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