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追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
シュワシュワ♨️お肌つるつるピーリング体験!

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硫黄の谷

湯気の向こうに、町があった。




石造りの建物が斜面に沿って並んでいる。屋根は平たい。壁は白っぽい石灰の色をしている。道は石段になっていて、あちこちから湯気が立ち上っている。




硫黄の匂い。ミラはまだ鼻を押さえている。




「慣れるよ」




ニコが言った。




「三日もいれば匂わなくなる」




「……三日もいるの」




「坊主の湯治だからな。もっとかもしれん」




ミラの顔が歪んだ。









宿は谷の中腹にあった。石壁と木の梁。古い建物だが手入れが行き届いている。入口のアーチが丸い。壁に温泉の成分が白く結晶している。




親父が出てきた。五十過ぎ。日に焼けた顔。前掛けをしている。




「おう、ニコ。久しぶりだな」




「世話になる。客を連れてきた」




親父の目がルッツに止まった。ディーターの腕に抱えられている。顔色が白い。




「……湯治かい」




「ああ」




親父は何も聞かなかった。部屋の鍵を渡した。




「一番奥の部屋が静かだ。浴場は朝から晩まで入れる。ぬるい方の池が下にある。蒸し風呂もあるが、あの子には無理させないでやんな」




リリアは荷物を抱えたまま、宿の入口に立っていた。救急鞄と、ミラの荷物と、自分の荷物。両手が塞がっている。




ゲルトが荷車から革の束を降ろしている。天狼の毛皮だ。




ヴェグシャイトを出る時、急いでいた。脂を落として軽く干しただけで、まだ納品前の処理が終わっていない。毛皮は生き物だ。放っておけば傷む。




ゲルトが親父に聞いた。




「ギルドの工房はあるか。毛皮の処理をしたい」




「斜面の下だ。猟師ギルドの詰め所がある。工房も使える」




「助かる。二、三日じゃ終わらんが」




親父が束を見て目を丸くした。




「天狼の皮か?」




ニコが腕を組んだ。




「四頭分ある。なめしまでやるなら、月単位だ。坊主の湯治にもちょうどいい。冬越しするつもりで構えた方がいいだろう」




ゲルトが頷いた。




「そうだな。冬の峠は荷車じゃ越えられん」




天狼の毛皮はよく売れる。通常の狼の毛皮とは桁が違う。四頭分の報酬は、全員が冬の間ゆっくり暮らせるだけの額になる。




ゲルトがリリアとミラを見た。




「宿代と飯代は俺とニコで持つ。お前たちはルッツくんの面倒を見てくれ」




「……いいんですか」




「天狼の毛皮の金が入ればお釣りが来る。気にするな」




ニコが頷いた。




「お前がいなきゃあの坊主は峠を越えられなかった。これくらいは当然だ」




ディーターはさっきから黙って聞いていた。フリーダの隣で、ルッツの毛布を直しながら。




「俺は——」




全員の目が向いた。ディーターが背筋を伸ばした。




「なめしの仕事なら手伝えます。元の仕事で、革も扱ってましたから」




ゲルトとニコが顔を見合わせた。




「……頼む。助かる」




ディーターの肩から力が抜けた。付き添いだけじゃない。自分にもやれることがある。









親父が浴場を案内してくれた。




リリア、ミラ、ルッツ一家、ゲルト、ニコ。全員ぞろぞろついていく。




アーチ型の天井。壁の高い位置に明かり取りの小窓がある。湯気が窓から漏れている。




中央に大きな池がある。石を積んだ円形の浴槽。深さは胸のあたり。底から湯が湧いている。泡が立つ。ぽこ、ぽこ、と不規則に。




池の縁は幅広い石の段になっていて、腰かけられるようになっている。湯治客の老人が二人、縁に座って足を浸けていた。




その奥に、小さい池がもう一つ。こちらはぬるい。白く濁っている。




「あっちがぬるい方だ。あの子はそっちに入るといい」




親父がルッツの方を見て言った。フリーダが頷いている。




さらに奥に木の扉がある。




「蒸し風呂だ。石を焼いて、水をかける。汗をかきたいときに使ってくれ。隣に水風呂もある。交互にやるのが、ここの流儀だ」




「水風呂?」




ミラが親父に聞いている。




「冷たいよ。山の水だからな」




ミラが顔をしかめた。




「……入らなくていいでしょ」




「まあ、好きにしな」




浴場の入口の横に、石の水盤があった。細い管から温泉水が流れ落ちている。その横に木の柄杓が置いてある。




ゲルトが柄杓を手に取った。




「飲めるのか、これ」




「飲泉だ。胃にいい。味は……まあ、飲んでみな」




ゲルトが一口含んで、顔がくしゃっとなった。




「……にがい」




親父が笑った。




「硫黄と鉄の味だ。体にはいいんだよ」




ニコが横で笑っている。




「飲泉は慣れだ。最初はみんなその顔をする」









湯浴み着に着替えた。麻の薄い衣。膝までの丈。男も女も同じ形。




ミラの分は大きすぎた。裾が足首まである。袖が手首を越えている。




「……ぶかぶか」




「子供用がなくてな。すまんね」




紐で腰を縛って、たくし上げた。それでも袖が余っている。ミラが袖を振ってみた。ぱたぱた。




「……袖が邪魔」




「折ればいいでしょ」




リリアが袖を二回折ってやった。まだ余っている。




「……腕が太い人用」




「そういう問題じゃないと思うけど」




奥でフリーダがルッツに湯浴み着を着せている。丁寧に袖を通す。ルッツは嬉しそうに布を触っている。初めて触る素材なのだろう。自分の腕を撫でている。









円形の池に足を踏み入れた。石の底が滑る。




底から泡が上がってくる。足の裏をくすぐる。




熱くない。温かい。体の芯に沁みていく温度。




石の縁に腰かけて、肩まで浸かった。




思わず声が漏れた。




ヴェグシャイトの夜。雪。風。毛布の中で震えていた日々。ルッツの容態を見守り続けた夜。全部、お湯の中に溶けていく。




泡が背中に当たる。底から上がってくる温泉の泡。




手をかざした。癖だ。




……すごい。硫黄が強い。酸性。溶けている成分が——




「黙ってつかって」




ミラが隣に来ていた。石の縁に座っている。肩まで浸かると顎が水面に沈む。背が足りない。




「……ごめん」




「……いつもそれやる」




「ヒーラーの癖みたいなもので……」




「ここではヒーラーじゃなくていいでしょ」




口を閉じた。ミラが正しい。




ミラが目を閉じた。泡が上がってくるたびに、水面がミラの顎を揺らす。




しばらく黙っていた。




「…………あったかい」




小さな声だった。




奥のぬるい池に、ルッツが入っている。フリーダが支えて、石の縁に腰かけさせていた。胸より上は湯から出している。心臓に負担をかけないように。




湯治客の老人が場所を空けていた。




ルッツが湯を手で掬っている。白く濁った湯。指の間からこぼれていく。




「……あったかい」




遠くから聞こえた。白湯の時とは違う声だ。




フリーダが口元を押さえたのが見えた。ルッツの頬に、わずかに赤みが差している。何日ぶりだろう。




老人が何か言った。声は届かない。でもルッツが頷いて、フリーダが笑っている。




——よかった。




ミラが目を開けて、同じ方を見ていた。




「……ルッツ、笑ってる」




「うん」









ニコがグレイとモリーを連れて歩いていた。




「足湯があるんだ。家畜用の」




リリアとミラがついていく。




斜面の下に、石造りの水路があった。仕切りで区切られている。温泉水がゆっくり流れている。




足湯番の老人が座っていた。




「ほう。ロバかい。珍しいな」




ニコがグレイを仕切りに入れた。グレイが水に脚を浸けて、鼻を鳴らす。動かない。気に入ったらしい。




モリーが嫌がった。水に脚を入れようとしない。首を振っている。




ミラが口笛を吹いた。短く、二回。




モリーが耳を立てた。ミラの方を見る。




「……大丈夫だよ」




ミラがモリーの首を撫でながら、水路に誘導した。一歩。二歩。脚が水に浸かった。




モリーが動きを止めた。耳が横に倒れる。目が細くなっていく。




ニコが腕を組んで見ている。




「ロバも分かるんだな」




グレイはもう目を閉じている。立ったまま眠りそうだ。




足湯番の老人が言った。




「この温泉はな、昔、皮膚病で毛が抜けた羊が見つけたんだ」




ミラが振り向いた。リリアも耳を傾ける。




「羊がぬかるみに浸かっとったんだよ。何日も何日も。そしたら、毛が生え戻った」




壁に絵が描いてある。下手な羊の絵。子供が描いたような線。丸い体に、棒の足が四本。




「孫が描いたんだ。開湯伝説の羊」




ミラが絵をじっと見ている。




「……かわいい」




「古い皮膚が剥がれて、新しい肌になったんだとさ。それがこの温泉の始まり」




老人が湯気の向こうを見た。




「剥がして、治す。ここはそういう湯だ」




——剥がして、治す。




ルッツにも効くといい。









夕食。宿の食堂。




長い木の卓に全員が座っている。ゲルトとニコが向かい合って、端にディーターとフリーダ。ルッツはフリーダの隣で毛布にくるまっている。リリアとミラはその向かいだ。




干し肉の煮込み。根菜。硬いパン。




そして蜂蜜酒。




温泉水で温めたメートだ。陶器の杯から湯気が立っている。蜂蜜の甘い匂いに、何かの薬草が混じっている。




ゲルトが親父に聞いた。




「これは何の薬草だ?」




「ヤロウだ。湯治客に出してる。体が温まる」




ゲルトが一口飲んで、目が光った。




「うまいな。甘すぎない。薬草の苦味がいい。……これ、街で売れるぞ」




ニコが向かいで呆れている。




「出たよ」




ゲルトは気にしない。




「商機を見逃す男は荷を運ぶ資格がないんだよ」




「意味が分からん」




ゲルトが二杯目を頼んだ。もう顔が赤い。




ミラは蜂蜜酒を匂いだけ嗅いで、顔をしかめた。代わりに白湯を飲んでいる。




ルッツが隣でパンをちぎっている。フリーダがルッツの背中をさすっている。食欲が出てきたのだろう。昨日まで半分も食べなかったパンを、今日は一個食べた。




「……堆肥場が荒らされてるんだよなあ」




親父がぼやいた。




ニコが顔を上げた。




「野犬か?」




「さあな。柵が壊されてた」




ゲルトが身を乗り出した。




「木材で補強したらいい。俺が仕入れ値を——」




「黙れ」




ニコがゲルトの杯を取り上げた。









夜。部屋に戻った。




ミラとリリアが同じ部屋。ルッツ一家は隣の部屋。




布団が敷いてある。薄い藁の敷物の上に、毛布。宿の匂いがする。硫黄と、古い石の匂い。




ミラがもう布団に潜り込んでいる。




「……明日もお湯入っていい?」




「いいよ。毎日入れるって」




「……泡のやつがいい。ぬるい方じゃなくて」




「気に入ったんだ」




「……別に。泡がおもしろいだけ」




毛布の中から手だけ出して、湯浴み着の袖を触っている。まだぶかぶかの袖を。




「……明日は袖、縫ってもらおうかな」




「自分で縫えるでしょ」




「……めんどくさい」




さっきまで鼻を押さえていた子が、もう明日の泡の話をしている。




窓の外。夜の谷。虫の声がする。




遠吠えは、聞こえなかった。

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