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追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
シュワシュワ♨️お肌つるつるピーリング体験!

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にぎやかな荷車

れは——酸の霧であった。



石炭酸噴霧器——


1865年、外科医ジョゼフ・リスターは石炭酸フェノールを傷口に塗り、

消毒という概念を外科手術に持ち込んだ。

近代消毒法の原点にして、外科革命の幕開け。


リスター以前、手術後の死亡率は四割を超えていた。

傷口から侵入する目に見えない敵——細菌。

それを、酸で焼き払った。


やがてリスターは、手術室そのものを酸で満たすことを考えた。

石炭酸を霧状に撒き、空気中の細菌を殺す噴霧器。

手術台の上で、患者を切り開く傍らで、

助手が噴霧器のハンドルを回し続ける。


外科医とは、酸の雨の中で人を救う者である。


そして酸は、消毒だけではない。


ケミカルピーリング——古い皮膚を酸で剥がし、新しい肌の再生を促す。


壊して、治す。

古いものを溶かし、新しいものを育てる。

破壊と再生——その境界線の上に、医学は立っている。


石炭酸噴霧器。

消毒、殺菌、ピーリング——

病なき肌を取り戻すための医療器具。

すなわち、ヒーラーが装備可能な『治療器具』である!!





少女が、霧を吹いた。


鉄の鱗を持つものが、咆哮した。


鱗の表面が泡立つ。白い煙が立ち上る。黒い鎧のような鱗に、亀裂が走っていく。


古い皮膚を剥がす。新しい肌を育てる。


——ただし、新しい肌など、この鱗の下にはない。


剥がしたら、そこには何も残らなかった。





——これは、その数日前の話。


朝。野営地を発つ準備。


ミラはもう動いていた。


巻き布団を丸めて紐で縛る。角を折り込んで、ぎゅっと引く。毎晩巻いて解いてを繰り返した布団だ。手つきに迷いがない。


焚き火の始末。灰を散らして、燃え残りに土をかける。ニコに教わった手順だ。


グレイとモリーの蹄を持ち上げる。一本ずつ。裏を覗き込んで、石が挟まっていないか確認する。


「異常は」


ニコの声。


「グレイは大丈夫。モリーの左前に小石が一個」


木の枝で掻き出す。モリーが耳を動かした。


「……頼りになるな」


「……別に」


ルッツの父親——ディーターが荷台を整えている。ルッツを寝かせる位置を微調整して、風が当たらないように荷物で壁を作った。毛布の下に藁を敷き直す。元は村で荷の仕分けの仕事をしていた男だ。荷の積み方、バランスの取り方を体が知っている。


リリアが手伝おうとした。


「あ、その荷物——」


「大丈夫です。慣れてますから」


リリアより手際がいい。


ルッツの母親——フリーダが食事の支度をしている。干し肉を薄く切る。硬いパンと一緒に配る。白湯を沸かす——のもミラがもう火を起こしているので、鍋を火にかけるだけ。


リリアは白湯に回復魔法をかけた。


光が水面に淡く灯って、すぐ消える。


これだけが、自分の仕事だ。


リリアは荷下ろしを手伝おうとする。ディーターが「やりますよ」と言う。もう終わっている。ロバの水を温めようとする。ミラが「もうやった」と言う。朝一番で済ませていた。見張りの交代を申し出る。ニコが「ヒーラーは寝ろ。お前が倒れたらルッツが困る」と言った。


——コンラートと同じことを言われている。


「お前が倒れたら四人で帰ることになる」あの日もそうだった。リリアは「いざという時のために温存される存在」だ。平時には、何もさせてもらえない。


荷台に座って、ルッツの隣で、救急鞄を膝に抱えている。





谷沿いの道を下っている。


雪が少しずつ減っていた。昨日は白一色だった街道に、茶色い土が見えている。標高が下がっている。空気が昨日より湿っている。


荷台の上。ルッツが毛布にくるまっている。フリーダが膝の上にルッツの頭を乗せて、髪を撫でている。ディーターが荷台の反対側で毛皮の束を整えていた。荷崩れしないよう、紐の結び目を確認している。


グレイとモリーが荷車を引いている。蹄の音。かぽ、かぽ。ゲルトが御者席で綱を握っている。ニコが荷車の横を歩いている。弓が肩にかかっている。その足元を、茶色い犬がとことこついていく。


ミラが荷台の端に座って、足をぶらぶらさせていた。さっきまで御者席のゲルトと何か話していた。


「なに話してたの?」


リリアが聞いた。


「……先の道の話。谷が狭くなるところがあるから、その手前で休むって」


ゲルトの行程の相談に、ミラが加わっている。


さっきから荷車の横をついてくる犬がいる。茶色い中型。垂れ耳。若くはない。落ち着いた足取り。


フリッツ、というらしい。


ヴェグシャイトとブレンハイムの間を行き来する輸送隊が共有で使う街道犬だ。昨日の朝、街道で合流した。ゲルトもニコも前から知っている。


「フリッツがいれば夜も安心だ。こいつはこの道を俺より知ってる」


ゲルトが御者席から言った。ニコが荷車の横を歩きながら頷く。


「狼の被害のあとだからな。犬なしじゃ泊まりの移動はきつい」


フリッツはグレイとモリーとも顔なじみらしい。並んで歩いている。ロバも犬も互いを気にしない。


フリッツがミラの足元に来て匂いを嗅いだ。ミラが手を差し出す。冷たい鼻が手のひらに触れた。


「……フリッツも足見る?」


フリッツは興味なさそうに離れていく。犬は自分の足は自分で管理する。


「……そう」


道の景色が流れていく。雪が減っている。岩肌が見え始めている。谷が少しずつ深くなっている。





日当たりのいい岩場で休んだ。


ディーターがルッツを荷台から降ろして、日の当たる場所に座らせた。


リリアが手をかざした。光が胸に沈む。


弱い。でも安定している。


テオブロマの薬効がまだ残っている。峠の寒さに比べれば、谷を下るにつれて空気が温かくなっていた。悪くはない。でも油断はできない。


回復魔法をかけた白湯をルッツに渡した。ルッツが両手で器を持つ。指が細い。一口飲んで、目を閉じる。


「……あったかい」


その一言で、フリーダの肩が少しだけ下がった。


フリッツがルッツのそばに来て、足元に座った。ルッツがフリッツの耳を触る。弱々しい手。フリッツは動かない。触られるままにしている。


荷車が動き出した。


リリアが御者席に声をかけた。


「ゲルトさん。この先、道が荒れてるところは避けられますか」


「ん? ……ああ、右の脇道に回れば平坦だ。少し遠回りになるが」


「お願いします。振動が……」


「わかった」


ルッツが毛布から顔を出した。


「……大丈夫。揺れてる方が眠れる」


フリーダがルッツの頭を撫でた。何も言わなかった。





午後。谷が深くなってきた。岩壁が両側に迫っている。日が当たりにくい。


ニコが足を止めた。


「……なんだあれ」


街道の脇。岩陰に何か落ちている。


薄い。灰色がかっている。板のような形。


ニコが拾い上げた。乾いている。ぱりぱりしている。ところどころ半透明。持ち上げると、予想より軽い。だが叩くと硬い。


ゲルトが荷車を止めて覗き込んだ。


「……蛇の抜け殻か? にしてはでかすぎないか」


「こんなでかい蛇がいてたまるか。人の胴くらいあるぞ」


リリアが触った。表面に鱗の模様がある。規則正しく並んでいる。爪で弾くと、カチ、と鳴った。石でも金属でもない。妙な硬さ。


鎧の一部のように見えた。


でも継ぎ目がない。一枚の生き物の皮だ。


ミラが荷台から身を乗り出して見ている。


「……気持ち悪い」


ゲルトが首をかしげた。


「山にはいろんな生き物がいるからな。飛竜の鱗かもしれん」


「飛竜の鱗はもっと厚い。これは——脱いだ感じだ」とニコが言った。


しばらく眺めてから、ニコが荷物に放り込んだ。


「ブレンハイムで猟師に聞いてみるか」


誰も深刻には受け止めていない。


ただ——さっき触れた指先に、まだ感触が残っている。生き物の鱗。硬い。でも脱ぎ捨てられた古い皮。


……何の?


荷車が動き出す。考えても分からない。





夜。


街道沿いの休憩所。石壁と屋根だけの簡素な小屋だった。焚き火を起こして、ルッツを火のそばに寝かせた。


夕食は干し肉と硬いパン。ヴェグシャイトで分けてもらった分だ。ゲルトが白湯を配った。


焚き火の明かりが石壁に揺れている。外は暗い。谷の底は日が落ちるのが早い。


フリッツが荷車の下に寝ている。前脚にあごを乗せて、目を閉じている。でも耳は動いている。


夜中。フリッツが低く唸った。


ニコが片目を開ける。弓に手をかける。


しばらく待った。唸りが止む。鹿が通り過ぎただけだ。


「……よし」


ニコがまた目を閉じる。


リリアは毛布の中で、このやりとりを聞いていた。


自分にできることは何もない。


隣でルッツが毛布から顔を出していた。眠れないらしい。火を見つめている。


「……温泉って、あったかい?」


ルッツがリリアの方を見ている。


「すごくあったかいよ。ずっと浸かっていられるくらい」


「……水じゃなくて?」


「お湯。地面の下から温かいお湯が出てくるの」


「……へえ」


フリーダがルッツの肩に毛布をかけ直した。


「……楽しみ」


フリーダが笑った。泣きそうな顔で、でも笑っている。





翌朝。谷がさらに深くなっている。


向こうから荷車が来た。ブレンハイムからの帰りの輸送隊だ。


御者がゲルトを見て手を上げた。


「おう、ゲルト。ブレンハイムか」


「ああ。そっちは」


「ヴェグシャイトだ。物資が届いたって聞いてな」


フリッツが御者の方に歩いていった。尻尾を振っている。


御者が犬の頭を撫でた。


「フリッツ、こっちだ。帰るぞ」


フリッツは振り返らなかった。御者の荷車の横について、そのまま歩き始める。


ミラがフリッツの背中を見ている。


「……バイバイ」


小さな声だった。フリッツには届いていない。もう次の道を見ている。


「あいつはああいう犬だ。気にすんな」


「……わかってる」


ミラは前を向いた。ナイフのケースに手を当てている。革の感触を確かめるように。


子狼にも、フリッツにも、手は振らなかった。





荷車が動き出した。


谷の奥に、白いものが見える。


雲ではない。地面から立ち上っている。


湯気だ。


空気が変わった。乾いた山の空気に、湿り気が混じっている。


そして——匂い。温泉特有の、卵が傷んだような匂いが風に乗ってくる。


ミラが鼻を押さえた。


「……くさい」



9章「シュワシュワ♨️お肌つるつるピーリング体験!」開始です!


温泉回です。

前章が追い込まれて籠城する、溜めを多めにとった展開でしたので

反動でこの章は最初から賑やかにはじまりました。


そのかわり、リリアさんが主人公なのかってくらい1話目は影が薄いですね。

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