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追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
キュンキュン◇本命チョコの食べすぎ注意!

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銅貨のつかいみち

五日目。


朝日が差している。四日ぶりの青空だった。


備蓄庫の扉を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。篭もった煙と汗の匂いが、ようやく薄れていく。


光が床に差した。


散らばった銀紙が光っている。昨夜、天狼が食い荒らした治療食の包み。踏まれて、破れて、床のあちこちに散っている。


朝日を受けて、きらきらと光った。


一枚、また一枚、光の粒になって消えていく。ラストレスキューの残り香が、朝の空気に溶けるように。


誰も気づいていなかった。リリアだけが、それを見ていた。





冒険者たちが広場に出ていた。


天狼の亡骸が、雪の上に並んでいる。灰色の毛並みに朝日が当たって、銀色に光っている。


コンラートがしゃがんで、腰の短刀を抜いた。


毛皮を、剥ぎ始めた。


手慣れた手つきだった。腹の下から刃を入れて、皮と肉の間を滑らせていく。


ハインツとユルゲンも同じように作業している。他の冒険者たちも。誰も言葉を交わさない。黙々と、手を動かしている。


リリアは広場の端から見ていた。


残酷、とは思わなかった。


天狼の毛皮は上等だ。村の復興にも、冒険者の報酬にもなる。命を奪ったなら、使い切る。





広場の隅に、信者の男が立っていた。


壁にもたれて、冒険者たちを見ている。


昨日まで「神の眷属」と呼んでいた狼たちの毛皮が、一枚ずつ剥がされていく。


男は何も言わない。視線だけが、剥がされた毛皮の上を這っている。





イルマがギルドから出てきた。


「リリアさん。ちょっと」


カウンターの前で、イルマが地図を広げた。


「ルッツくんのこと。ご両親と話したの」


「はい」


「このまま冬を越すのは厳しい。心臓に負担がかかりすぎる」


それは分かっている。あの治療食で持ち直したけれど、根本は変わっていない。寒さが続けば、また同じことが起きる。


「北西の谷沿いに、温泉地があるの。ブレンハイムっていう小さな町」


イルマの指が地図をなぞった。ヴェグシャイトから谷を下って三日ほどの場所。


「昔から湯治客が来る場所でね。心臓が弱い人や、古傷が痛む人が長逗留するの」


「ルッツくんを連れていけば——」


「温泉で体を温めて、ゆっくり療養すれば、冬を越せるかもしれない」


「ルッツくんのご両親は」


「話はもうしてある。お父さんがここで荷の仕分けをやってたの。畑があるわけじゃないし、仕分けの仕事ならブレンハイムにもある。向こうのギルドに紹介状を書いたわ」


イルマがリリアを見た。


「ルッツのお母さんが、あなたにも一緒に来てほしいって」


「……私に?」


「道中、何かあったときに。あの子の心臓を診られるのは、あなただけだから」


リリアは地図を見た。北西。谷沿い。温泉地。


「——行きます」





ニコが厩舎から出てきた。


「聞いたぞ。ブレンハイムに行くんだって?」


「はい。ルッツくんの家族と一緒に」


「ブレンハイムか。知り合いがいる。宿場の親父に話をつけとく」


ニコがグレイの首を叩いた。


「荷車で送る。ルッツの坊主は歩かせられねえだろ」


「……いいんですか」


「どうせ谷沿いに荷を届けに行く。ついでだ」


ついでではないことは、分かっていた。





昼過ぎ。


ミラが通りの向こうから走ってきた。


「リリア」


息を切らしている。頬が赤い。


「なに?」


ミラが両手を差し出した。


手のひらの上に、小さなナイフが乗っている。


木の柄。短い刃。刃渡りは指三本分ほど。薬草を切るための小刀だ。


「……買ったの?」


「うん」


あの日、薬屋の棚の隅に並んでいたナイフ。欲しそうに見ていたのに「今はお金ないし」と諦めた、あれ。


「銅貨、全部使った」


ゲルトからもらった二枚。あとは全部、自分で稼いだ分。荷運び、水汲み、配給の手伝い。少しずつ、少しずつ貯めて、全部使った。


「——それで足りたの?」


「ちょっとだけ足りなかった。でもおばさんが、まけてくれた」


ミラがナイフを握り直した。


「それと——」


ミラが懐からいくつか取り出した。革のケース。小さな砥石。油の小瓶。布。それから——革の手袋。子供の手に合わせた、小さなやつ。


「全部おばさんが。研がないと刃が丸くなる、丸い刃は滑って手を切るから、ちゃんと手入れしなさいって」


手袋をはめてみせた。指先が少し余っている。


「手袋は研ぐ時用。刃を触るから」


おばさんの口調を真似しているのだろう。声がちょっと低い。


ミラの目が光っている。


自分のお金で買った、自分のもの。


「……大事にしてね」


「うん」


ミラがナイフを革のケースに戻して、腰の紐に通した。油瓶と砥石と布と手袋は、荷物の布袋にしまった。


少しだけ大人びて見えた。


リリアは自分の腰に目を落とした。


メイス。カミラから預かった、何代ものヒーラーの手を渡ってきた武器。崖の下に怪我人を迎えに行った日から、ずっと腰に差していた。


使わずに済んだ。


腰紐から抜いて、布に包んだ。旅の荷物の底にしまう。銅のインゴットの隣。


ずしりと重い。この重さが荷物の底にある方が、腰にあるよりずっといい。





夕方。


狼がいなくなったことで、風車小屋の倉庫を取り戻せた。屋根裏と地下室にわずかに残っていた穀物と保存食をかき集めて、村に配った。


足りない。全然足りない。でも、昨夜の魔導通信でカタリナが引き返してくれた。天狼は退治した、急がなくていい——その代わり、物資を頼むと。アダマ村で食糧を積んで、明日には着くはずだ。あと一日分あればいい。


イルマがリリアの前に布袋を置いた。


「旅の分。三日ぶん」


「……いいんですか」


「あなたたちのおかげで村が助かったの。これくらい当然でしょ」


乾パンと塩漬け肉。干した果物。小さな瓶に入った蜂蜜。


「蜂蜜は、ルッツくんに。甘いものは体力がつくから」


ゲルトがグレイとモリーの綱を確認している。ニコが弓の弦を張り直している。


「明朝、出る。夜のうちに準備を終わらせておけ」


コンラートが声をかけた。


「グランドマスターが明日には着く。出るなら朝だ」


リリアは頷いた。


グランドマスターに会えば、色々と聞かれるだろう。あの治療食のことも。ラストレスキューのことも。


静かに去る方がいい。





翌朝。六日目。


荷車が門の前に止まっている。


グレイとモリーが白い息を吐いている。ゲルトが綱を引いて位置を直した。


ルッツ一家が荷台に乗り込んだ。毛布と藁を敷いた上に、ルッツが横になっている。父親が荷台の端に座って、風よけになるように体を寄せている。


「……あったかい」


「うん。もうすぐ、もっとあったかい場所に行くからね」


母親がルッツの頭を撫でた。


リリアは荷台の端に座った。救急鞄を膝に置く。ミラが隣によじ登ってきた。


「——出すぞ」


ニコの声。ゲルトが綱を引いた。グレイが歩き出す。モリーが続く。荷車が軋んで、石畳の上を動き始めた。


村の門をくぐった。


イルマが門の前に立っている。手を振っている。


「元気でね!」


コンラートが腕を組んで立っている。頷いただけ。それで十分だった。


ハインツが手を上げた。ユルゲンも。


ミラが荷車の後ろから村を見ている。手を振り返している。


広場の端に——信者の男が立っていた。


手は振らない。でも、見ていた。


リリアと、一瞬だけ目が合った。


男が小さく頭を下げる。ほんの少しだけ。


リリアも頷き返した。


——それで、十分だった。





荷車が街道に出た。


雪の道を、グレイとモリーの蹄が踏んでいく。かぽ、かぽ、と乾いた音が響く。


村が見えなくなった。


街道の両側に、雪をかぶった林が続いている。風はない。鳥の声もない。蹄の音だけが響く。


しばらく走った頃、ミラが荷台の端に手をついて身を乗り出した。


街道の脇を見ている。


「……どうしたの?」


ミラは答えなかった。


荷物から干し肉を取り出した。腰のケースからナイフを抜いて、小さく切り分ける。


「ゲルトさん、ちょっと止めて」


荷車が止まった。ミラが荷台を降りて、道の端に干し肉を置いた。


戻ってきて、荷台によじ登る。


「……出していいよ」


ゲルトが綱を引いた。荷車が動き出す。


リリアは街道の脇を見た。茂みがあるだけで、何も見えない。


しばらく走った。


ミラが振り返った。


リリアもつられて振り返る。


——なくなっている。


ミラが、ふっと笑った。


「……ふわふわだったんだよ」


小さな声だった。


「……ここの山の子だから。連れていけないけど」


ミラの手が、もう片方の指先をそっと包んでいる。あの子狼の耳に触れた、その指を。


「……元気でね」


小さく呟いて、前を向いた。





ルッツが毛布の中から顔を出した。


「……空が、青い」


「うん。青いね」


母親が笑った。四日ぶりの笑顔だった。


ミラが隣でナイフのケースに手を当てている。革の感触を確かめるように。


リリアは谷の方を見た。


雲がない。風もない。冬の朝日が街道を照らしている。


温泉の町は、北西に三日。谷沿いの道を下る。

リリアさんvsフェンリルの戦いはこれで完結です。

…直接はたたかってなかったですね。


※この回の公開日は2026/2/13です

バレンタインにあわせてチョコを使った章でしたが

本当にバレンタインに合わせてチョコを出現させると

もう3話くらい引っ張るようだったのと

前章がミラ+ゲストキャラの掘り下げで話数が多くなりすぎてしまったので

ちょっと早めに幕引きです。


ヴェグシャイト編、ラストにマーカスへ回だけもう一話だけ続きます。

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