表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
キュンキュン◇本命チョコの食べすぎ注意!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/108

灰色の空

一日目。


配給の列ができていた。備蓄庫の入り口に、イルマが立っている。パンと干し肉を一人ずつ手渡していく。

量は少ない。パンは半分に切ってあった。干し肉は親指ほどの大きさ。

誰も文句を言わなかった。



リリアは備蓄庫の隅で、冒険者たちの傷を診ていた。

昨夜の防衛線で負った傷。回復魔法で塞いだが、打撲や筋の痛みは残っている。


「肩、まだ痛みますか」


「いや、だいぶ楽だ。……ありがとよ」


若い冒険者が肩を回した。

次の人が来た。ユルゲンだった。火を撒いた時に手首を捻ったらしい。指が腫れている。


「動かせますか」


「……ちょっと」


光をかけた。腫れが引いていく。


「包帯はそのままで。明日もう一度診ます」


「悪いな」


ユルゲンは包帯を巻き直しながら、軽く頭を下げた。



昼。


備蓄庫の外に出た。冷たい空気が肺に刺さる。

広場の向こうに、男が一人立っていた。

昨夜の配給で、列の最後尾にいた男だ。何も受け取らずに去っていった、あの信者。

備蓄庫の壁に向かって、話している。


「これは罰だ」


声が低い。誰に向けているのかわからない。


「人間が神の山を荒らしたから、こうなったのだ」


村人が一人、足を速めて通り過ぎていく。もう一人も。


「フェンリルの怒りは——」


「やめてくれよ」


老人の声だった。杖をついた白髪の男が、顔をしかめている。


「腹が減ってるんだ。そういう話は今じゃなくていい」


信者の男が口を閉じた。

両手が赤い。指に藁くずがついている。寒さで鼻の頭も赤い。——どこかで、外の作業をしてきたのだろう。

備蓄庫にも自宅にも入らず、男はそのまま広場の端に立って、灰色の空を見上げていた。



厩舎に行った。

ミラがいた。


グレイとモリーの間に、小さなテントが張ってある。ギルドの貸し出し品だ。入り口には巻布団が敷いてあった。冬山の野営用だとニコが言っていた。


「寒くない?」


「うん。グレイが風除けになってくれる」


ミラが灰色のロバの首を撫でた。グレイが鼻を鳴らす。


ふと、水桶が目に入った。

厚い木のふたが載っている。その上に、岩塩の塊が麻紐で吊るしてあった。ロバが舐めた跡がある。塩を伝って落ちた雫が、ふたの上に薄い輪の染みを作っていた。


「これ、誰が教えてくれたの」


「ニコさん。塩はイルマさんがくれた」


ミラが桶のふたをずらした。中の水に薄氷は張っていない。


「水面が冷気に触れなければ、凍りにくいんだって」


ミラの声が、少し誇らしげだった。


リリアはテントの中を覗いた。巻布団の上に、藁が敷いてある。枕元に布の袋が二つ。

一つはグレタさんにもらった薬草袋。父親の匂いがする、あの袋。

もう一つは呪いの薬草袋。オオカミよけのまじないが施してあるものだ。


「虫が来ないの、これのおかげだと思う」


ミラが袋を持ち上げた。


「ロバも落ち着いてる。匂いが好きみたい」


モリーがミラの手に鼻をくっつけた。ミラの指が、モリーの耳の後ろを掻いている。慣れた手つきだった。


テントの脇に、木箱があった。中にもみがらが詰まっていて、フェルトで包んだ水筒が二本、埋まるように収まっている。


「……これは」


「水が凍らないように。もみがらが温かさを逃がさないの」


ミラがフェルトの端を直した。


「どこで覚えたの、こういうの」


「ゲルトさんに聞いた。冬の荷運びで使うんだって」


ミラはロバの世話だけを任されたはずだった。それがいつの間にか、水の管理まで自分で工夫している。大人に聞いて、教わったことを、自分のやり方に変えている。


——ずっとそうだった。この子は。誰かに教わると、自分のものにする。


壁に目が止まった。

厩舎の板壁。隙間がある——あった、のだと思う。今は藁が詰めてあった。外側から押し込んだように、端がこちらに飛び出している。古い毛布の切れ端も挟まっている。風が入ってこない。


「ミラ、これもゲルトさん?」


「ん?」


ミラが壁を見た。


「……知らない。前からこうだったんじゃない?」


違う。昨日はなかった。昨日ここに来た時、壁の隙間から風が吹き込んでいた。

でも、それ以上は聞かなかった。



「——ミラ」


「うん」


「今夜、一緒に寝ようか」


ミラが首を振った。


「リリアは備蓄庫で寝て」


「でも」


「暖炉があるでしょ。ヒーラーが風邪ひいたら、誰が治すの」


真剣な目だった。

子供に諭されている。そう思って、少しだけ笑いそうになった。

笑えなかった。


「……分かった」


ミラが頷いた。それからまた、モリーの耳を掻き始めた。



厩舎を出る前に、振り返った。

ミラはロバの足元にしゃがんで、蹄の裏を覗き込んでいた。石が挟まっていないか確かめているのだ。それもニコに教わったのだろうか。


——手を、握って寝ていたのに。


この子は、いつの間にか、一人で夜を過ごせるようになっていた。


嬉しい、のだと思う。

胸の奥がきゅっとなるのは、きっと、嬉しいからだ。



厩舎を出て、数歩で足を止めた。

振り返る。誰もいない。

テントに戻って、もみがら箱の水筒に触れた。まだ温かい。——でも、夜には冷え切る。


手のひらに小さな火を灯す。

火の魔法。ほんの少し。

水筒を両手で包む。じんわりと、熱が移っていく。

もう一本も同じように。フェルトで包み直して、もみがらに埋める。


ミラの前ではやらない。怒られるから。「魔力の無駄遣いだ」と、あの真剣な目で言われるから。


グレイがこちらを見ている。


「……内緒ね」


グレイが鼻を鳴らした。



備蓄庫に戻って、いつもの隅に座った。膝を抱える。

中は人でいっぱいだ。毛布にくるまった村人たちが壁際に並んでいる。赤ん坊の声。誰かの低い子守歌。

暖炉の火が揺れている。石造りの壁に影が踊る。


暖かい。人がたくさんいて、火があって、壁があって。

ミラの厩は、寒いだろう。


——でも、水筒は温かいはずだ。朝まで、持つといい。



暖炉のそばに、小さな固まりができていた。


ルッツが真ん中にいる。母親が背中を支えている。隣に赤ん坊を抱いた女性が座っていて、反対側には杖をついた老人がいる。外に出て働けない人たちが、暖炉の一番近くに集まって、互いの体温で暖を取っていた。


ルッツの顔色が悪い。唇に色がなくて、目の下が暗い。

配給のパンを半分だけ食べて、残りを母親に返していた。


「食べなさい」


母親の声が小さい。


ルッツが首を振った。


「……お腹いっぱい」


嘘だ。半分しか食べていない。食欲がないのだ。心臓が弱いと、全身に血が回りにくい。消化にも体力を使う。食べたくても食べられない。


リリアは近づいた。


「ルッツくん。ちょっと診させてね」


手をかざした。光が灯る。

心臓の鼓動が手のひらに伝わってくる。


——弱い。昨日より、弱い。


寒さのせいだ。体を温めるために、心臓が無理をしている。でも心臓自体が弱いから、無理をすればするほど消耗する。


回復魔法を流した。鼓動が少しだけ強くなる。ルッツの頬に色が戻る。


「……楽になった」


ルッツが言った。


「暖炉の近くにいてね。冷えないように」


ルッツが小さく頷いた。


——治せない。

楽にするだけだ。楽にしても、時間が経てば戻る。魔法で心臓の形は変えられない。


指先が冷たい。自分の手を見た。



二日目。


朝の配給の時、イルマの手が止まった。

パンが足りない。

数え直している。人数を確認している。それから、自分の分を列の最後に回した。

誰も気づかなかった。リリアだけが見ていた。



コンラートが見張りから戻ってきた。備蓄庫に入るなり、壁にもたれて目を閉じる。


「手、出してください」


言われるまま差し出された手を取った。

切り傷が二つ。一つは昨日のもの。もう一つは——新しい。赤く腫れかけている。


「……いつの」


「さっき。柵のあたりで」


深い傷ではない。けれど放っておけば化膿する。寒さで感覚が鈍って、コンラート自身は気づいていなかったのだろう。


光を流した。傷口が塞がっていく。コンラートは目を閉じたまま、何も言わなかった。



厩舎に寄った。

ミラは水汲みに出ている。テントの中は空だった。

しゃがんで、もみがら箱の水筒に触れる。冷たい。すっかり冷え切っている。

手のひらに火を灯して、一本ずつ温めた。フェルトを巻き直して、もみがらに埋める。

壁の藁は、昨日のまま。風は入ってこない。



三日目。


配給が減った。パンが四分の一になった。干し肉がなくなった。代わりに塩をひとつまみ。

子供が泣いている。母親が抱きしめて、黙らせようとしている。


「もうちょっとだけ我慢しようね」


「……おなかすいた」


「うん。もうちょっとだけ」


信者の男は、今日は来なかった。



「——リリアさん」


振り返ると、イルマが立っていた。


「ちょっと」


備蓄庫の外に出た。冷たい風が頬を叩く。


「ルッツくんのこと、聞いてもいい?」


「はい」


「あの子、持つの?」


リリアは答えを探した。


「……寒いのが、よくないです。心臓に負担がかかります」


「暖炉のそばに」


「はい。できれば、もっと暖かい場所に」


「もっと暖かい場所なんて、ここにはないのよ」


イルマの声が乾いていた。


「……すみません」


「謝らないで。あなたのせいじゃない」


イルマが空を見上げた。灰色の雲が低く垂れ込めている。


「あと一日。明日にはカタリナが来る」


「……はい」


「持ちこたえて」


リリアは頷いた。



備蓄庫の扉を閉め、閂をかけた。暖炉の火が、ちりちりと鳴っている。

ルッツが暖炉のそばで眠っている。老人と母親たちに囲まれて。子供たちも静かだ。


リリアは隅に座って、救急鞄を開いた。包帯の残り。傷薬の瓶。聖水の革袋に手をかざすと、淡い光が水面にぼんやりと灯った。


——あと一日。


目を閉じた。ミラは今、厩舎で一人だ。巻布団にくるまって、ロバの隣で。薬草の匂いに包まれて。

水筒は——さっき温めてきた。朝まで持つかは、わからない。


遠吠えが聞こえた。備蓄庫の中が、しんと静まった。


あと一日。


——もう少し。もう少しだけ。

リリアさんも回復魔法の使いすぎで摩耗

そして、天狼たちの街道封鎖と

web連載に向かないと言われる溜め展開が続いてごめんなさい!!!!


次回はいよいよリリアさんの「治療器具(今回は治療食)」の出番です!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ