峠の村
村の門をくぐった。
石畳の道。両側に並ぶ建物。アダマ村より少し大きい。街道が交差する中継点だから、旅人向けの店も多いのだろう。
「ここでお別れだな」
ニコが言った。
「俺たちは荷を届けてくる。宿はあっちの通りにいくつかある」
指さした方向に、看板がいくつか見えた。
「……ありがとうございました」
「おう。気をつけてな」
ゲルトが軽く手を上げた。グレイとモリーが荷車を引いて、通りの奥へ消えていく。
◇
「……まず、ギルド?」
ミラが聞いた。
「うん。クエストを探さないと」
お金はまだ少しある。でも、宿代と食費を考えると余裕はない。
◇
ギルドは村の中心にあった。
扉を開ける。中は思ったより広い。カウンターがあって、奥に掲示板が見える。冒険者らしい人が何人かいた。
受付に近づいた。
「すみません。クエストを探しているんですが」
「登録証を」
リリアはギルドカードを出した。受付の女性がそれを見た。
「……ヒーラー。ソロ?」
「はい」
「今、ソロで受けられるクエストはないわね」
「……え?」
「採集系は全部止めてるの。街道警備だけ。パーティー必須」
掲示板を見る。確かに、貼ってある依頼はどれも「要三名以上」「護衛経験者優遇」と書いてある。
「どうして採集が……」
「天狼よ」
受付の女性が声を落とした。
「北の街道に出てるの。ここ数日で三件、輸送隊が襲われた」
◇
「……天狼」
ミラが呟いた。
「狼の群れ。でも普通の狼じゃない。統率が取れてて、罠も通じない」
「いつから?」
「十日くらい前から。最初は一頭、二頭だったのが、今は十頭以上の群れで動いてる」
十頭以上。
「被害は?」
「死者は出てない。でも怪我人が何人も。荷を捨てて逃げてきた隊もある」
受付の女性は溜息をついた。
「討伐隊を出したんだけど、まだ戻ってこないの」
◇
ギルドを出た。
「……どうしよう」
ミラが見上げてくる。
クエストがない。でも、やることはある。
「先に買い物しよう」
「買い物?」
「救急鞄の中身。足りないものがあるから」
アダマ村を出るとき、グレタばあさんに必要なものは譲ってきた。残っているのは最小限。包帯は洗って消毒してあるけど、使い古しばかり。
◇
薬屋は、村の中心から少し外れたところにあった。
扉を開けると、薬草の匂いがした。
「すみません。包帯と傷薬を」
「はいはい」
店主は年配の女性だった。棚から包帯を出してくれる。
「傷薬は……これと、これ。あと消毒用のお酒もいる?」
「お願いします」
「ああ、それがね」
店主が困った顔をした。
「強いお酒、今あんまり置いてないのよ。北から入ってくるんだけど、街道が止まっててね」
「……狼ですか」
「そう。輸送隊が来ないから、在庫だけでやりくりしてるの」
棚を見る。確かに、お酒の瓶は数本しかない。
「これだけでいい?」
小さな瓶を一本、出してくれた。
「……はい。ありがとうございます」
◇
会計を待っている間、ミラが店内を見回していた。
「リリア」
「うん?」
「……あれ」
ミラが指さす。棚の隅に、小さなナイフが並んでいた。
「ナイフ?」
「……薬草を切るやつ」
ミラがじっと見ている。
「欲しいの?」
「……」
ミラは首を振った。
「いい。今はお金ないし」
「……そうだね」
でも、ミラの目がナイフから離れなかった。
——役に立つもの。
峠で言っていた言葉を思い出す。
「……今度ね。お金ができたら」
「……うん」
ミラが頷いた。残念そうな顔。
◇
店を出ると、通りの先に見覚えのある荷車が止まっていた。
「あ」
グレイとモリーだ。荷車の傍で、ゲルトが荷物を積み直している。
「ゲルトさん」
声をかけた。ゲルトが振り返る。
「……ああ」
短く頷いた。
「もう戻るんですか?」
「明日の朝には出る」
荷車を見る。来たときより、荷が少ない。
「……少ないですね」
「北から来るはずの荷がな。届いてねえ」
ゲルトはグレイの首を撫でた。
「街道が止まってる。向こうから来る便も、ここで足止めだ」
「……」
「空荷で帰るよりはマシだが」
ニコがどこからか戻ってきた。
「おう、二人とも。クエストは見つかったか?」
「……ソロで受けられるのがなくて」
「だろうな。今この村、ピリピリしてるからな」
ニコが言った。
「まあ、俺たちは荷が少なくても報酬は同じだからな。グレイとモリーは喜んでるかもしれねえ」
グレイが耳をぴくりと動かした。聞こえてるのかもしれない。
「気をつけろよ。何かあったらギルドに駆け込め」
「……はい」
「じゃあな」
ゲルトが軽く手を上げた。
◇
宿を見つけた。
「一泊、二人で」
「銀貨三枚」
思ったより高い。でも、他を探す余裕もない。
「……お願いします」
部屋は狭かった。ベッドが一つと、小さな窓。でも、清潔ではある。
荷物を置いた。
救急鞄に新しい包帯と傷薬を入れる。消毒用のお酒は小瓶一本だけ。心もとないけど、ないよりはいい。
ミラが隣に座る。
◇
「リリア」
「うん」
「……クエスト、ないね」
「うん」
「どうするの?」
「……」
答えられなかった。
パーティーを組めばいい。でも、誰と? 知らない人と?
ヒーラーは需要がある。声をかければ、組んでくれるパーティーはあるかもしれない。
でも。
「明日、もう一度ギルドに行ってみる。何か変わってるかもしれないし」
「……うん」
ミラが頷いた。不安そうな顔。
リリアはミラの頭に手を置いた。
「大丈夫。なんとかなるから」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
◇
窓の外が暗くなっていく。
遠くで、犬の遠吠えが聞こえた。
いや——犬じゃない。
狼だ。
◇
夜。
ミラはもう眠っている。
リリアは窓の外を見ていた。月が出ている。雲が流れていく。
——北で狼が出たらしい。
ニコの言葉を思い出す。
——でかいのがいたって話だ。
討伐隊は、まだ戻ってこない。
嫌な予感がした。
この村で、何かが起きようとしている。




