身辺調査
数日後、ギルド支部の調査員室。
マーカスは、報告書を読んでいる。
『アダマ村ゴーレム出現事件 報告書』
「……また、か」
溜息をつく。
◇
報告書の内容は、こうだ。
アダマ村にてゴーレム出現。家屋三軒が倒壊。負傷者多数。死者なし。
ゴーレムは村の封印師により封印。ただし、封印の前段階として、ゴーレムの魔石を破壊した者がいる模様。
目撃証言によると、「小柄な女性が杖を掲げた。光が走って、ゴーレムの胸が砕けた」とのこと。
当該女性は、旅のヒーラーと名乗っていた。
「……ヒーラー」
報告書を置く。
「……また、あの女か」
◇
別の報告書を引っ張り出す。
『ミーティア村 ワイト事件』
『クッパーフェルト鉱山 魚人襲撃事件』
『ノイエンブルク スライム成り代わり事件』
『オーク砦 賞金首突然死事件』
全ての報告書に、共通点がある。
旅のヒーラー。小柄な女性。常識では考えられない方法で、モンスターを撃退。
マーカスは、頭を掻く。
「俺が現場に着く頃には、いつも片付いてる」
◇
部屋の扉が開く。
「マーカス、また唸ってるのか」
同僚のベルクが入ってくる。大柄な男だ。調査員歴はマーカスより長い。
「ああ。例のヒーラーだ」
ベルクが、報告書を覗き込む。
「……杖を掲げたらゴーレムが砕けた?」
「そう書いてある」
「……嘘だろ」
「俺もそう思う。でも、目撃者が複数いる」
ベルクが、腕を組む。
「……何者なんだ、そいつは」
「さあな」
マーカスが、報告書をめくる。
「名前はリリア。ジョブはヒーラー。それ以外は分からん」
「所属パーティーは」
「なし。ソロで旅をしてる。最近は、子供を一人連れてるらしい」
「子供?」
「オーク砦で保護した子供だ。親を失ったらしい」
ベルクが、眉をひそめる。
「……ヒーラーが子供を連れて旅? 危険すぎないか」
「俺もそう思う。でも」
マーカスが、窓の外を見る。
「あいつの行く先々で、人が助かってる。それは事実だ」
「……」
「モンスターは倒される。村は救われる。怪我人は治される。死者は最小限」
「……」
「やってることは、正しいんだ。多分」
ベルクが、溜息をつく。
「……そもそも、本当にヒーラーなのか?」
「疑うのは分かる。俺も調べた」
マーカスが、別の書類を取り出す。
「魔法学校の卒業記録。リリア・ファーレンハイト。ジョブはヒーラー。間違いない」
「成績は」
「回復魔法は優秀。それ以外は……初歩止まりだ。攻撃魔法の適性はほぼない」
ベルクが眉をひそめる。
「……じゃあ、ジョブを変えたんじゃないのか」
「履歴なし。戦士の訓練所にも名前はなかった」
「モンクは?」
「それも調べた。寺院はヒーラーとモンクの両方に関わってるからな。登録の混同もあるし、実際に転向する例もある」
「で?」
「どこの門下にも、名前はなかった」
「……」
「どこで何を学んだのか、分からん。記録上は、ただのヒーラーだ」
ベルクが腕を組む。
「記録上は、な」
「ああ。記録上は」
マーカスが、報告書を閉じる。
「でも、事実として人を救ってる。それだけは確かだ」
◇
ベルクが、椅子に座る。
「で、どうするんだ」
「どうもしない。報告書は処理した。俺の仕事は終わりだ」
「追わないのか」
「追ってどうする。事件は解決してる。被害者は救われてる。俺が出る幕はない」
マーカスが、報告書を棚に戻す。
「ただ」
「ただ?」
「いつか会えたら、聞いてみたいことはある」
「何を」
「お前は何者なんだ、って」
ベルクが、肩をすくめる。
「……まあ、そのうち分かるだろ」
「だといいがな」
◇
その頃。
北へ向かう街道を、二つの影が歩いている。
冬の空は青く晴れて、吐く息が白い。
道の両側には枯れ草が広がっている。遠くに山が見える。雪を被って、白く光っている。
「……リリアさん」
「なに」
「……あったかいね」
小さな手が、こちらの手を握っていた。
ぶかぶかの手袋。マルタが繕ってくれたもの。
「……うん」
握り返した。
道は続いている。
どこまでも、どこまでも。
次の村まで、あと少し。
その先に何があるかは、まだ分からない。
でも——隣に、小さな足音がある。
それだけで、今は十分だった。




