表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
ガツン!◇触れずに届く友情パワー!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/108

長い夜の終わり

足音が聞こえた。


一つじゃない。複数の足音が、こちらに向かってくる。


起き上がれない。首を動かすのも、やっとだ。視界の端に、誰かが走ってくるのが見える。


「リリアさん!」


ミラの声だった。



青緑色のローブが、視界に飛び込んでくる。


ミラが駆け寄ってきた。息を切らしている。目が赤い。泣いていたのか、煙のせいか、分からない。


「リリアさん……! リリアさん……!」


膝をついて、顔を覗き込んでくる。


「……大丈夫」


声が掠れた。喉が乾いている。


「大丈夫だよ、ミラ」


ミラの目から、涙が溢れた。



「よかった……」


ミラが、崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。


「よかった……生きてて……」


肩が震えている。声を殺して、泣いている。


手を伸ばした。ミラの頭に触れようとして——腕が上がらない。


「……ごめん」


指先だけが、ミラの髪に触れた。それが精一杯だった。



「リリアさん! エステルおねえちゃん!」


小さな足音。リーザが走ってくる。パッチを抱えたまま。


「だいじょうぶ? けがしてない?」


しゃがみ込んで、二人の顔を覗き込む。


「……大丈夫だよ」


エステルが答えた。声が掠れている。泣いた後だから、余計に。


「リーザは? 怪我してない?」


「うん! パッチもだいじょうぶ!」


パッチがにゃあ、と鳴いた。



マルタが、少し遅れてやってきた。


息を切らしている。リーザを追いかけてきたのだろう。


立ち止まって、倒れている二人を見下ろした。エステルを見て、それから、崩れたゴーレムを見た。


何か言おうとして、言葉が出てこないようだった。口が開いて、閉じて、また開いた。


「……封じたの」


「……うん」


エステルが答える。


「二人で」


マルタの視線が、エステルから、こちらに移った。


「……あんたも、戦ったのかい」


「……少しだけ」


嘘だ。少しだけじゃない。でも、説明する気力がなかった。



他の足音も聞こえてきた。


村人たちだ。火を消し終えた人たち。避難していた人たち。一人、また一人と、広場に集まってくる。


ゴーレムがあった場所——今は泥の山になっている——を見て、立ち止まる。


囁き声が聞こえる。


「……倒したのか」


「……封印師の娘が……」


「……あの子が……」



一人の男が、前に出てきた。


初日に道を聞いた農夫だ。鍬を持っている。


男がエステルの方に歩いてくる。マルタが、少しだけ身構える。


男は、エステルの前で立ち止まった。見下ろしている。エステルは、仰向けに倒れたまま、男を見上げている。


「……怪我は」


「……ない」


「……そうか」


男が、膝をついた。


「……ありがとう」


低い声。震えている。


「……村を、守ってくれて」


エステルの目が、大きくなる。信じられない、という顔。



囁き声が、広がっていく。


「……倒した」


「あの子が……」


「エステルが……一人で……」


一人じゃない。二人だ。でも、訂正する声は出なかった。


エステルの横顔が見える。何かを堪えているような、信じられないような、複雑な表情。


五年間、避けられてきた。触れてもらえなかった。「おばけ呼び」と言われてきた。


それが今——名前で、呼ばれた。



「一人じゃない」


エステルが、声を絞り出した。


「……え?」


「一人で倒したんじゃない」


エステルが、首を動かした。こちらを見た。


「この人が……リリアが、一緒に戦ってくれた」


視線が集まるのが分かった。村人たちの目が、こちらを向いている。


「封印しかできない私の代わりに、ゴーレムを止めてくれた。腕が動いて、足が動いて……私だけじゃ間に合わなかった」


エステルの声が、少しずつ強くなっていく。


「リリアがいなかったら、私は死んでた。だから……ありがとうって言うなら、この人にも言って」



農夫が、こちらを見た。


初日に道を聞いた時、この人は目を逸らした。よそ者に関わりたくない、という顔だった。


今は違う。


「……あんたも、ヒーラーか」


「……はい」


「ヒーラーが、ゴーレムと……」


最後まで言えなかった。言葉が詰まっている。


農夫が、深く頭を下げた。何も言わずに。


他の村人たちも、頭を下げ始めた。一人、また一人と。


何と返せばいいか、分からなかった。


泥まみれで、傷だらけで、地面に倒れたまま。


返す必要があるのかも、分からなかった。



「担架を持ってきてくれ」


農夫が叫んだ。


「この人たちを運ぶ。動けないんだ」


足音が散っていく。誰かが走り出す音。


「うちに運ぼう」


女の声がした。


「宿は壊れてる。うちなら部屋が空いてる」


「いや、うちの方が近い」


「あの子には暖かい部屋を——」


声が重なり合う。さっきまで避けていた人たちが、エステルを受け入れようとしている。


——まだ「あの子」だ。名前じゃない。


でも、さっきより近い。少しだけ。


エステルが、息を呑んでいる。信じられないものを見ている、という顔。



担架が運ばれてきた。


体が持ち上げられる感覚。視界が揺れる。空が動いていく。


隣に、もう一つの担架がある。エステルがいる。目が合った。


エステルの目が、まだ潤んでいた。さっき泣いた涙とは違う。何かを堪えているような、でも堪えきれないような。


五年間、一度もなかったことが、今起きている。


村人たちが、エステルを助けようとしている。



誰かの家に運び込まれた。


暖炉の火が燃えている。温かい空気が、冷えた体に染み込んでくる。


毛布をかけられた。厚い、温かい毛布だ。


「ゆっくり休みな」


知らない女の声。優しい声だった。


「何か要るものがあったら、遠慮なく言って」


視界がぼやけてくる。意識が薄れていく。



小さな手が、指先に触れた。


——ミラだ。


冷たい指。震えている。ずっと握りしめていたのか、汗ばんでいる。


顔が見えた。泣いている。何か言おうとして、言葉にならない。


でも、手を離さない。


——ああ。


この感触を、知っている。宿屋で過ごした数日間。朝、起こしに来てくれた時の手。一緒に薬草を採りに行った時の手。夜、おやすみを言いに来た時の手。


同じ手だ。


戦う前と、同じ手だ。


——戻ってきた。


ミラが、何か言った。聞き取れなかった。でも、分かった。


握り返そうとした。指が動かなかった。それでも、触れている。それだけで十分だった。


目を閉じる前に、窓の外を見た。


空が白み始めていた。東の空が、赤く染まり始めている。


長い夜だった。


でも——終わった。


そのまま、眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ