ESWL(体外衝撃波結石破砕装置)
エステルを、死なせたくない。
ゴーレムの腕が迫っている。関節が逆向きに曲がった、人間にはありえない形。エステルは動かない。目を閉じたまま、ゴーレムの背中に手を押し当てている。意識は向こう側にあって、こちらの声は届かない。
立ち上がれない。何度も光の塊を作って、自分の腕が重くなっている。動けない。
間に合わない。
最終救護
◇
世界が、止まった。
音が消える。空気が凍りつく。ゴーレムの腕が、空中で静止している。
声が聞こえた。
——助けて。
——この子を、助けて。
誰の声か分からない。断片的で、遠くて、でも確かに聞こえた。
同時に、別の光が見えた。暗闇の中に、白い服を着た人影。誰かを治そうとしている。
ヒーラーだ。
どこの世界の、いつの時代の人か分からない。でも、同じ仕事をしている。同じ願いを持っている。その想いだけが、繋がっている。
何かが、手の中に生まれた。細長い棒のような形。冷たい金属の感触。見たことのない道具。
さっきの声が気になる。でも、今はそれどころじゃない。
意識が、戻っていく。
◇
それは——見えない槌であった。
肉を傷つけず、骨を砕かず、ただ石だけを粉々にする。
体外衝撃波結石破砕装置——
1980年、ドイツの泌尿器科医クリスティアン・シャウシーが世界で初めて臨床に成功した。
腎臓結石。尿路結石。体内にできた石を、メスを使わずに砕く技術。
切らずに治す。傷つけずに壊す。
泌尿器科医が生み出した、石を砕く治療器具——すなわち、ヒーラーが装備可能な『治療器具』である!!
◇
世界が動き出した。
ゴーレムの腕が、エステルに向かって落ちてくる。
体が動いていた。考えるより先に。倒れたまま腕を伸ばし、手の中の棒を落ちてくる腕に向ける。
親指が、突起を押し込んだ。
棒が震えた。手のひらに、細かい振動が伝わってくる。
何かが走った。棒の先から、目には見えない力が。
泥の腕に触れた瞬間——内側から亀裂が走った。
表面からではない。芯から。腕に埋め込まれた魔石を中心に、放射状に崩れていく。泥が飛び散り、破片が宙を舞う。エステルの頭上を、砕けた泥が通り過ぎていった。
◇
間に合った。
息を吐く。手が震えている。エステルはまだ目を閉じたまま、ゴーレムの背中に手を押し当てている。封印を保ち続けている。
助かった。
◇
ギィ、と音がした。
ゴーレムの足だ。膝をついたまま動かなかった足が、軋んでいる。さっき腕が動き出した時と、同じ音。関節が組み替わろうとしている。本体は封じられているのに、足だけが別の生き物のように蠢き始めている。
エステルは動けない。逃げられない。足が動き出したら、今度こそ間に合わない。
壊すしかない。魔石を。ゴーレムの核を。
でも、どこにある?
◇
エステルが意識を送り込んでいる先。そこに、核があるはず。
目を閉じた。意識を、そちらに向ける。
◇
暗い。
エステルの意識が、細い糸のように伸びている。ゴーレムの中へ。深く、深く。その糸を辿っていく。冷たい。泥の中を泳いでいるような感覚。重くて、暗くて、どこまでも続いている。
魔石の気配がある。一つじゃない。腕にも、足にも、胸にも。主要なパーツのあちこちに、魔石が埋め込まれている。
どこかに、それらを束ねる核があるはず。すべての魔石に魔力を送り、状況に応じて指示を出す中枢。でも、数が多すぎる。どれが本体か分からない。
◇
そのとき、また声が聞こえた。
——この子を、助けて。
さっきより、鮮明だった。
ヒーラーの声だ。魔石の冷たさとは違う。温かい。誰かを想う気持ちが、伝わってくる。
声を辿る。奥へ。奥へ。
光が見えた。
◇
女性だった。
銀色の髪。閉じた瞼。静かに佇んでいる。動かない。息をしているようにも見えない。
この人が、あの声の主。ずっと誰かを想って、ここにいた。
「この子」——エステルのことだろうか。
その人の後ろに、石が見えた。拳より少し大きいくらいの、黒い石。鈍く光っている。他の魔石より、ずっと大きい。
これが、中枢。
◇
ギィィ、と音が響いた。
現実の音。ゴーレムの足が、動き始めている。時間がない。
◇
目を開けた。
体を引きずって、ゴーレムの胸に近づく。膝をついた姿勢。胸が、目の前にある。手の中の棒を、胸に押し当てた。さっき見えた、あの石がここにある。
肉を傷つけず、骨を砕かず、ただ石だけを粉々にする。
泥は、肉じゃない。魔石だけを、砕ける。
突起を、押し込んだ。
◇
棒が震えた。見えない力が、泥を通り抜けていく。奥へ。奥へ。魔石に向かって。
手応えがあった。硬いものに当たった感触。
でも、砕けない。腕の魔石より、ずっと硬い。
もう一度。
突起を押し込む。振動が走る。魔石に届く。
まだ、砕けない。
もう一度。
◇
手応えが変わった。
何かが、ひび割れていく感触。魔石の中に封じ込められていたものが、溢れ出そうとしている。
もう、一撃。
突起を、押し込んだ。
◇
砕けた。
魔石の中から、エネルギーが溢れ出した。自分自身を砕きながら、内側から崩壊していく。
泥の巨人の全身に、光が走った。血管のように。神経のように。一瞬だけ、眩く。
そして——静かに、崩れ落ちた。
石を心臓に持つ者は——石を砕く力には、抗えなかった。
◇
静寂が広場を包んだ。燃える家の音も、遠くで叫ぶ声も、どこか遠くに感じる。
終わった。
◇
声が聞こえた。
振り返る。エステルが、ゆっくりと目を開けていた。その瞳が、こちらではない誰かを見ている。
「——母さん」




