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追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
ガツン!◇触れずに届く友情パワー!

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赤スグリの午後

五日目の朝。


ミラの目が少し腫れている。でも何も言わない、いつも通りに振る舞おうとしている。


何も言えないまま朝食を食べる。


——待ってる。


昨夜の声がまだ耳に残っていて、うまく飲み込めない。



昼過ぎ。


ミラはリーザと遊んでいる。パッチを追いかけて、リーザが笑って、ミラも少しだけ笑う。


その笑顔を見ていたら、胸が詰まった。この子はこんなふうに笑えるのに、まだ何も答えを出せていない。


いたたまれなくなって、一人で外に出る。



気づいたら村はずれまで歩いていた。


三本松を過ぎて、丘を越える。昔からの目印だとマルタさんが言っていた。三本並んだ背の高い松が、旅人に村の入り口を教えてくれるのだと。


エステルさんの家が見えてくる。なぜここに来たのか自分でも分からない。ただ、誰かと話したかった。答えを持っている誰かと。


ペルラが庭にいる。


こちらを見て、耳をぴくりと動かした。でも近づいてこない。一歩踏み出すと後ずさりして、蹄で何度も地面を掻いている。いつもより落ち着きがない。


——村の人には絶対近づかないのに。


前に会った時のエステルさんの言葉を思い出す。ミラの時は違った。ミラが近づいたら逃げなかった。自分から鼻先を寄せて、撫でられて、目を細めていた。


こっちには——そうしない。


……分かっているのかもしれない。この山羊は、人の心の何かを見ている。ミラの中にある寂しさを、エステルさんと同じ孤独を。だから近づいた。


……自分の中には、何が見えているんだろう。


「……また来たの」


エステルさんが戸口に立っている。


「ミラは」


「宿にいます。今日は一人で」


「……そ」


それだけ言って、エステルさんは中に入っていく。ついてこいという意味だろう。



また薬草茶を出してくれた。


一口飲む。


……前と違う。


苦味の奥に、甘酸っぱい何かが溶けている。舌の上で広がって、身体の芯に染み込んでいく。冷えていた指先が、じんわりと温まる気がした。


「……美味しい」


思わず声が出た。


「そう」


エステルさんは自分の茶を啜りながら、こちらを見ない。


「……これ、何ていうんですか」


「ヴズヴァル。母の故郷の飲み物」


エステルさんはポットの蓋を開けた。中を覗くと、赤い小さな実がいくつも沈んでいる。


「赤スグリと蜂蜜を煮出したやつ。……この辺の人は知らない」


「夏に採って、干して、冬に使う。母に教わった通りに」


遠い土地から嫁いできた母が持ち込んだ知恵。この村では、エステルだけが知っている味。


「……いいんですか、こんな」


「余ってた」


嘘だ、と思った。でも何も言えなかった。


「……そのローブ」


エステルさんの視線が、肩に移った。今日は救急鞄じゃなくて、古いローブだけ羽織ってきている。


「魔法学校の卒業式でもらうやつでしょ」


「……はい」


「母も持ってた。同じの。色褪せるまで着てた」


「お母さんも、ヒーラーだったんですか」


「封印師と兼業。回復魔法、中級くらいまで教わった。あの人が死ぬ前に」


知らなかった。封印師の家系だとは聞いていたけど、ヒーラーでもあったなんて。


「ゴーレムさえいなければ、私も魔法学校に行くはずだった」


エステルさんが窓の外を見る。ペルラが庭で草を食んでいる。


「母と同じ道を歩いて、いつか誰かを助けるヒーラーになって。……そのはずだった」


「……」


「でも十三で一人になった。村を離れられなくなって、それで五年」


五年。


その言葉の重さが、胸に落ちてくる。十三歳から十八歳まで。たった一人で、避けられながら、怖がられながら、それでもこの村を守り続けた五年。


「……聞きたいことがあるんです」


「何」


「エステルさんは——どうして、ここに残ったんですか」


茶碗を持つエステルさんの手が、一瞬止まった。


「……逃げることもできた。この村を出て、どこか遠くで暮らすこともできた」


「でも、残った」


「ああ」


エステルさんが窓の外を見る。小さな家々と畑、働く人たちの姿が見える。


「逃げたら——次にゴーレムが出た時、誰が封じるの」


「……」


「私が逃げたら、村の人が死ぬ。私を怖がって、避けて、近づかない。それでも——この村の人たちだから」


エステルさんの目がこちらを向いた。まっすぐに。


「……あんたは、何から逃げてるの」


息が詰まる。


「……え」


「旅をしてる。子供を連れて。でも、どこかに根を下ろす気はない。違う?」


「……」


「逃げてるんでしょ。何かから」


答えられない。図星だから。


エステルさんは追及しない。茶を啜って、また窓の外を見た。


「……私は逃げなかった。それが正しかったのか、分からないけど」


「でも、後悔はしてない?」


「後悔?」


エステルさんが小さく笑った。初めて見る表情だった。


「毎日してる。なんでこんな家に生まれたんだろうって。なんで私だけ残されたんだろうって」


「……」


「でも後悔しても——ゴーレムは待ってくれない。私が封じなきゃ、誰が死ぬか分からない」


「……私も、追い出されました」


気づいたら、口が動いていた。


「私の回復魔法は、融通が利かなくて。傷だけじゃなく、刺青も、古傷も、全部消してしまう」


エステルさんが茶碗を置いた。


「命を救っても、怒られるんです。『余計なことをするな』『お前の治癒は迷惑だ』って」


言葉にすると、また傷が開くみたいで苦しい。でも、なぜかこの人の前では話せた。


「どこへ行っても同じでした。助けても感謝されない。『出ていけ』って言われて、また次の場所を探して」


「……何回」


「……数えるのをやめました」


二人とも、それ以上は何も言わなかった。


茶の湯気だけが、ゆらゆらと揺れている。


「……逃げられるだけ、マシかもね」


エステルさんが呟いた。声が少しだけ柔らかくなっている。


「私は逃げられない。逃げたら、この村が終わる」


「……」


「でも時々、思うんだ」


エステルさんは窓の外を見つめたまま、続けた。


「全部捨てて、どこか遠くに行けたら、って。知らない街で、知らない顔して、普通に暮らせたら、って」


初めて聞く、弱音だった。


あの冷たい目をした少女が、誰にも言えなかった本音を漏らしている。


「……でも、朝が来ると、また封印の準備をしてる。馬鹿みたいでしょ」


「馬鹿なんかじゃ」


「馬鹿だよ。誰にも感謝されないのに」


エステルさんが振り返った。


目が合った。黒い瞳の奥に、見覚えのある色がある。


孤独の色。ずっと鏡で見てきた、あの色。


「……あんたも、そうでしょ」


「……はい」


「感謝されない。理解されない。それでも続けてる」


「……はい」


「なんで」


「……分かりません。でも、やめられない」


「……そっか」


エステルさんが、ふっと笑った。さっきまでとは違う、どこか柔らかい笑み。


「……似た者同士、かもね」


その言葉が、胸の奥に染みていく。


似た者同士。


生まれて初めて、そう言われた気がする。「迷惑」でも「怖い」でもなく、「同じ」だと。


「……手、見せて」


不意に言われて、思わず手を出した。


エステルが手を取る。指先をじっと見ている。


「……爪が薄くなってる」


「え」


「割れかけてる。ここ」


言われて初めて気づいた。爪の端が白っぽく、脆くなっている。


「あんただけじゃない。あの子も」


ミラのことだ。


「身体を作るものが足りてないんだよ。旅の間、ろくに食べてなかったでしょ」


図星だった。オークの砦では、まともな食べ物すらなかった。道中は乾パンと干し肉ばかり。ミラには少しでも多く食べさせていたけど、それでも足りなかったのか。


エステルは棚から小さな壺を取り出した。


「ひまわりの油。夏に種を搾って作る」


蓋を開けると、ほんのり甘い香りがした。


「……庭で育てる分だから、毎年これだけしか取れない」


「これは去年の残り。余ってたからあげる」


小さな壺。五年間、少しずつ大切に使ってきたのだろう。


——余ってた。


さっきのヴズヴァルと同じだ。嘘だと分かっていても、何も言えない。


「こうして使うの」


エステルが手を取った。指の一本一本に、油を塗り込んでいく。


温かい。


手と手が触れている。指先から、じんわりと熱が伝わってくる。


「……爪の根元にも。毎日塗って」


「はい」


声が少し掠れた。


「それと——」


エステルは手を離さないまま、続けた。


「宿のおかみさんに言って。あの子にチーズを食べさせてって」


「チーズ?」


「乳は身体を作る。チーズなら日持ちするし、毎日少しずつ食べられる」


「……分かりました」


「あんたも」


「え?」


「あんたも食べなさい。自分の分、抜いてるでしょ」


何も言えなかった。見抜かれている。


エステルの手がようやく離れた。指先が冷たくなる。


「……これ、持っていって」


小さな包みを渡された。油を染み込ませた布。こうして少しずつ使っていたのだろう。次の夏まで、大事に。


「あの子の爪にも塗ってあげて」


「……唇、荒れてるね」


不意に言われて、思わず口元に手をやった。


「回復魔法じゃ治せないんだ、ああいうの。身体の中が足りてないと、外だけ治しても戻る」


「……」


「酸っぱい果物と蜂蜜がいいって、母に教わった」


だから、このヴズヴァル。


エステルさんは何も言わずに立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出した。革の表紙がボロボロになった古い本。


「これ、母の日記」


「……見せてもらっていいんですか」


「いい。大したこと書いてないし」


日記を受け取って、開いた。丁寧な文字が並んでいる。


——今日、エステルが初めて封印の呪文を唱えた。まだ力は弱いけど、筋はいい。この子なら、いつか私たちを超えるだろう。


——エステルが泣いている。村の子に「おばけ呼び」と言われたらしい。どう慰めればいいか分からない。私たちも、同じことを言われて育ったから。生まれ育った村と遠く離れていても、どこでも同じだ。


——この役目を継がせることが、正しいのか分からない。でも、誰かがやらなければ。私たちが死んだら、エステルしかいない。


胸が痛んだ。継がせたくなかったのに、継がせるしかなかった。その苦しみが、文字の奥から伝わってくる。


ページをめくる手が止まる。


最後の日付。両親が死んだ日。


——今日、ゴーレムが出た。大きい。今までで一番大きい。でも、やるしかない。エステルを守るために。この村を守るために。


「……ここで、終わってる」


「ああ」


エステルさんが日記を受け取った。


「父の日記もある。同じようなことが書いてある。役目への覚悟と、私への謝罪と」


「……」


「二人とも、私に継がせたくなかったんだと思う。でも、継がせるしかなかった」


エステルさんが日記を棚に戻す。その背中が、小さく見えた。


「私は——二人の覚悟を、無駄にしたくない」


窓の外で、ペルラが鳴いた。短く、鋭く。


エステルさんが窓に目をやって、一瞬だけ眉をひそめた。でも何も言わずに茶を啜る。


「……名前」


「え?」


「リリア、でしょ。マルタが言ってた」


「……はい」


「私はエステル。……まあ、もう知ってると思うけど」


「はい、エステルさ…」


「さん、いらない」


エステルはぶっきらぼうに言って、茶を啜った。


耳が少し赤い気がするのは、気のせいだろうか。



「……長居してすみません」


「別に。暇だし」


立ち上がって庭に出た。


ペルラが歩いてきた。さっきは後ずさりしたのに。


鼻先を、そっと手に押しつけてくる。温かい息が手のひらにかかった。


「……珍しい」


エステルが戸口に寄りかかって見ている。


「この子が自分から近づくの、あんたで二人目」


「一人目は?」


「ミラ」


ペルラの頭を撫でた。ふわふわの冬毛が指に絡む。


「……この子は分かるのかもね」


「何が」


「似た者同士かどうか」


エステルが目を逸らした。


「……また来てもいいよ。暇だから」


「え?」


「ミラも連れてきて」


振り返ると、エステルはもう中に入りかけていた。


「エステル」


呼び止めると、エステルの足が止まった。振り返らない。


「……ありがとう。話を聞いてくれて」


「……別に」


「また来ます」


少しだけ間があった。


「……待ってる」


小さな声。振り返らないまま、エステルは家の中に消えた。


一人残された庭で、ペルラが手をぺろりと舐めた。


胸の奥が、少しだけ温かい。


こんな気持ちになったのは、いつぶりだろう。

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