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追放ヒーラーですが【発明者が医師】なのでガトリング砲を使います!  作者: とらいぽっど
ガツン!◇触れずに届く友情パワー!

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マルタの宿

宿を探した。


村の中心に、一軒だけ看板を出している建物がある。


「マルタの宿」——少し傾いだ看板。古い建物だけれど、玄関の前だけは綺麗に掃き清められている。


扉を開けると、カランと鈴が鳴る。


足元を何かが通り過ぎた。茶色と白のまだら模様の猫。こちらを一瞥して、カウンターの下に潜り込んでいく。


「いらっしゃい」


カウンターの奥から女性が出てくる。三十代くらいだろうか。髪を後ろで一つに束ねて袖をまくっている。赤く荒れた手は、毎日の水仕事の証。


「泊まり?」


「はい。二人で」


女性——マルタは、こちらとミラを交互に見た。それから、ミラの服を見る。薄い生地。季節外れ。裾が汚れている。ぶかぶかの手袋とマフラーは、明らかに大人のもの。


「……訳ありかね」


「え」


「いいさ、聞かないよ。この村に来る人間は、大抵そうだからね」


足元をまた猫が通り過ぎる。さっきと同じ茶白の猫。こちらを一瞥して、ストーブの前に丸くなった。


「ママ、だれー?」


カウンターの下から小さな女の子が顔を出す。四つか五つくらい。マルタと同じ茶色の髪。布の人形を抱えている。ワンピースを着た女の子の人形で、茶色い毛糸の髪と、青い糸で縫われた目。


「リーザ、お客さんだよ。邪魔しないの」


「おきゃくさん!」


リーザが立ち上がって、ミラを見上げる。きらきらした目。人見知りの欠片もない。


「おねえちゃん、旅の人?」


リーザがストーブの前の猫に振り向く。


「パッチ、お客さんだって!」


パッチが、ちらりとこちらを見て、また目を閉じた。


「おねえちゃん、旅の人?」


ミラが——人形を見ていた。


じっと。動かない。


「……ミラ?」


声をかけると、ミラが我に返ったように瞬きする。


「……うん」


小さな声。服を掴む手に、いつもより力が入っている。


リーザが嬉しそうに笑う。


「リーザね、リーザっていうの! おねえちゃんは?」


「……ミラ」


「ミラおねえちゃん!」


マルタが苦笑しながら棚から鍵を取り出す。


「すまないね、人見知りしない子で。二階の奥の部屋だ。狭いけどベッドは二つある」


鍵を渡しながら、もう一度ミラを見る。服を見て、足元を見て。


「……その靴、大きすぎるね。それで歩いてきたのかい」


「はい……次の村で何とかしようと思って」


「後で倉庫を見てみるよ。探せば何かあるはずだ」


マルタが少しだけ笑う。


「お湯、沸かしとくから。後で風呂使いな。その子の服も、洗っておくよ」


「あ、いえ、そこまで——」


「いいんだよ。旅の人が来るのも久しぶりだしね」


「着替えは……あんたのを借りるしかないだろうけど、明日にでも近所に聞いてみるよ。子供服のおさがり、探せばあるはずだから」


「……ありがとうございます」


「夕飯は下で出すから、日が暮れたらおいで」





部屋は確かに狭い。でも、掃除が行き届いている。


窓からは夕日が差し込んで、壁がオレンジ色に染まっている。


ミラが窓辺に立って外を見ている。畑が広がり、家々が点在し、その向こうに崩れかけた遺跡が見える。村人たちが歩いているけれど、誰もが俯いて足早だ。笑い声ひとつ聞こえない。


「ミラ」


「……なに」


「お腹空いてない?」


救急鞄から飴を出す。砦を出る時に持ってきたもの。ミラが受け取って、口に入れる。


「……おいしい」


それだけ言って、また窓の外を見る。


手が、また袖に伸びてきた。掴む。離さない。


この子は何を言いたいんだろう。聞いてもいいのかな。でも、聞いたら答えられるのかな。答えられないことを聞かれるのは、辛いだけなのかな。


分からない。





日が暮れた。


食堂に降りると、マルタが大きな鍋をかき混ぜている。湯気と一緒に豆と肉の匂いが立ち上る。お腹が鳴りそうになるのを堪える。


「座りな」


テーブルは三つあるけれど、客は二人だけ。隅のストーブの前で茶白の猫が丸くなって眠っている。


リーザが椅子の上に立って、こちらを見ている。


「ミラおねえちゃん、となりすわっていい?」


「リーザ、お客さんの邪魔しないの」


「いいよ」


ミラが小さく言う。リーザが嬉しそうに隣に座る。


マルタが深皿を置く。とろりとした茶色の汁に、白い豆がたっぷり。肉の塊がごろごろ見えて、湯気の中にローリエの香りが混じっている。


一口すくって、口に運ぶ。


豆がほくほく崩れて、舌の上でほどけていく。肉は煮崩れる寸前まで柔らかくて、噛むと脂の甘みが広がる。玉ねぎが溶け込んで、全体に優しい甘さがある。


……美味しい。


体の芯まで、じんわり温まっていく。ミラも黙々と食べている。スプーンを動かす手が止まらない。


「この村、昔はもっと人がいたんだよ」


マルタが自分の分を持って、向かいに座る。


「遺跡を見に来る学者とか、冒険者とか。宿屋も三軒あった。でも、もう誰も来なくなった」


「……何かあったんですか」


「ああ」


マルタが煮込みを啜る。


「あれが出るんだよ。時々ね。泥のでっかいやつが」


「泥の……?」


「ゴーレムっていうんだったかね。何十年かに一度、地面から出てきて、暴れて、また消える」


リーザがスプーンを振り回しながら言った。


「どろどろのおっきいのー! がしゃーんって!」


「こら、行儀悪い」


マルタがリーザの手を押さえる。


「前に出た時は、家が何軒か潰された。死人は出なかったけどね。みんな逃げ方を知ってるから」


ミラが、スプーンを持つ手を止める。


「……逃げ方」


「ああ。あれが出たら、とにかく逃げる。戦っても無駄だからね」


「……倒せないんですか」


「倒せるって話は聞いたことがある。でも、やり方を知ってる人間は、もういない」


マルタの目が、少しだけ曇る。


「……いや。一人だけ、いるかもしれないね」


「誰ですか」


「エステルっていう……」


マルタが言葉を止める。何かを言いかけて、飲み込んだように見えた。窓の外を見る。村のはずれに、一軒だけ離れて建っている家がある。他の家には明かりが灯り始めているのに、あの家だけ暗いまま。


「エステルおねえちゃん!」


リーザが急に声を上げる。


「あの子ね、おばけ呼ぶんだって!」


「リーザ!」


マルタが慌てて止めたけれど、リーザは続ける。


「だからね、近づいちゃダメなの。みんな怖いんだって。リーザもあっち行っちゃダメって——」


「リーザ、静かにしなさい」


マルタの声が低くなる。リーザがびくっとして黙った。猫がストーブの前で耳をぴくりと動かす。


リーザが黙ると、急に食堂が静かになった。スプーンが皿に当たる音も止まっている。


マルタが溜息をつく。


「……子供の言うことだよ。気にしないで」


「……」


「でもまあ、本当のことではあるんだ」


マルタが煮込みを見つめながら言う。


「あの家は代々、ゴーレムを封じる役目を負ってきた。でも、村の人間からすれば——呼ぶのも、封じるのも、同じに見えるんだろうね」


リーザが小さな声で言う。


「……エステルおねえちゃん、お友達いないの」


「そうだね」


「山羊さんとだけ、お話するんだって」


マルタがリーザの頭を撫でる。


「……可哀想だとは思うよ。あの子だって関係ないのにね。でも、みんな怖いんだ」


リーザが人形を抱き直す。さっきからずっと抱えている。


「……その人形」


気づいたら、聞いていた。


「ああ、これ? 私が作ったんだよ」


マルタが言う。


「前に、東の村の人に頼まれてね。カールさんっていう——木工職人でさ。うちにも棚を作ってもらったことがあるんだ」


ミラの手が、スプーンを握ったまま止まる。


「娘さんへの新年祝いの贈り物だって言うから、作ったんだけど……取りに来る前に、村が襲われて」


「……」


「届けられなくなっちゃってさ。仕方ないから、リーザにあげたんだ」


ミラが俯く。顔が見えない。


「……ミラ」


声をかけようとした時、ミラが顔を上げる。


「……おいしかった」


そう言って、スプーンを置く。目は、乾いていた。


皿を見つめる。煮込みはまだ温かい。でも、胸の奥が冷たくなっていく。


——私と、同じだ。


「……ごちそうさまでした」


「おや、もういいかい」


「はい。美味しかったです」


「そうかい」


マルタが少し笑う。


「明日の朝も作るからね。ゆっくりしていきな」


リーザが手を振る。


「ミラおねえちゃん、また明日ねー!」


ミラが小さく頷いた。





部屋に戻ると、ミラがベッドに座って窓の外を見ている。


暗くなった村に、灯りがぽつぽつと点いている。でも、村のはずれのあの家だけ、暗いまま。


「ミラ」


「……なに」


「眠れそう?」


「……うん」


ミラが横になって、毛布を引き上げる。私も自分のベッドに横になる。天井の木目が、ランプの明かりでゆらゆら揺れている。


しばらくして、隣のベッドから物音がした。


毛布がめくれる音。床を踏む音。


私のベッドに、小さな体が潜り込んでくる。


「……狭いよ」


「……うん」


ミラが服の裾を掴む。ぎゅっと。


「……リリアさん」


「なに」


「……あの人形」


「……うん」


「……新年祝いに、くれるって」


小さな声。ほとんど息みたいな声。


「……届かなかった」


「……うん」


しばらく黙っていた。


「……でも、リーザちゃんが持ってた」


「……うん」


「……よかった」


よかった——そう言えるミラは、強い子だと思う。


ミラの寝息が聞こえてくる。穏やかな呼吸。さっきまで起きていたのに、もう眠っている。子供は眠りに落ちるのが早い。


裾を掴んでいた手が、ゆっくりと開いていく。離れる。


眠ると、離す。いつもそうだ。


——明日、この村を見て回ろう。


そう決めて、目を閉じた。

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