裾を掴む小さな手
それは——見えない槌であった。
肉を傷つけず、骨を砕かず、ただ石だけを粉々にする。
体外衝撃波結石破砕装置——
1980年、ドイツの泌尿器科医クリスティアン・シャウシーが世界で初めて臨床に成功した。
腎臓結石。尿路結石。体内にできた石を、メスを使わずに砕く技術。
切らずに治す。傷つけずに壊す。
泌尿器科医が生み出した、石を砕く治療器具——すなわち、ヒーラーが装備可能な『医療器具』である!!
◇
少女が、光る棒を掲げた。
落ちてくる巨腕に——そっと、当てた。
親指が、突起を押し込んだ。
空気が、震えた。
一瞬の静寂。
——そして、内側から亀裂が走った。
泥の巨人の全身に、光が走った。血管のように。神経のように。一瞬だけ、眩く。
そして——静かに、崩れ落ちた。
石を心臓に持つ者は——石を砕く力には、抗えなかった。
◇
これは、眠りにつくための物語。
◇
——これは、その5日前の話。
◇
街道を歩いていた。
オークの砦を出てから三日。傷はもう塞がっているけれど、まだどこかが痛む気がする。体じゃない。もっと奥の、触れない場所が。
ミラが隣を歩いている。
貸した手袋がぶかぶかで、指先が余っている。マフラーも大人用だから、ぐるぐる巻きにしてやっと首が隠れる。それでも寒いのか、鼻の頭が赤い。
砦を出た日からずっと、この子は服の裾を掴んでいる。歩く時も、休む時も、離さない。夜、宿で眠る時だけそっと手を離して、朝になるとまた掴む。何か言いたそうな顔をして、口を開いて、でも何も言わない。それを何度も繰り返している。
「リリアさん」
急に呼ばれて、足が止まった。振り返る。ミラが自分から話しかけてくるのは、今朝の「おはよう」以来だ。
「なに」
「あの村」
ミラが指を差した先を見ると、丘の上に小さな集落が見えた。
「アダマっていう村だね。今日はあそこで泊まろうか」
ミラが頷く。また黙る。
ぶかぶかの手袋で、服の裾を掴む。少しだけ力が入った。
◇
村が近づいてきた頃、畑で働いていた男が鍬の手を止めてこちらを見た。
五十過ぎくらいだろうか。長い年月を畑仕事に費やしてきた人の顔をしていた。日に焼けて皺が刻まれ、土に汚れた手は節くれ立っている。
「旅の人かね」
「はい。冒険者です」
男の視線がミラに移って、それからこちらに戻った。子供を連れた女の冒険者を珍しがっているのかもしれない。
「子連れで旅かい。大変だな」
「あの、ギルドはどこですか」
「ギルドなら宿の隣だ。マルタさんの所だよ」
男は畑に向き直ったけれど、鍬を振る手が止まっている。何か遠くを見ているような目をしていた。
「……リリアさん」
ミラが小さな声で言った。
「……あの人、なんで……」
「分からない」
分からないけれど、何かがある。静かすぎる。人はいるのに、声が聞こえない。
◇
村の中を歩くと、その印象はさらに強くなった。
子供が走り回っていない。井戸端で話す女たちも、声を潜めて何かを囁き合っている。私たちが通ると、さっと目を逸らす人が何人もいた。
ギルドは小さな建物だった。看板には剣と杖が交差した紋章が掲げられている。
扉を開けると、受付に白髪混じりの男が一人座っていた。穏やかそうな顔だけれど、目の奥には疲れたような陰がある。
「いらっしゃい。冒険者さんかね」
「はい。あの……相談があるんですが」
ミラを見た。後ろに隠れて、服の裾をぎゅっと握りしめている。
「この子の村が、オークに襲われて……世話をしてくれる人を探しているんです」
受付の男の顔が曇った。
「……ああ。東の村の子かい」
知っているらしい。この辺りでは知らない者がいないほどの惨事だったのだろう。
「すまないが、今は難しいな」
分かっていた。分かっていたけど、聞かないわけにはいかなかった。この子のために、どこかに居場所を見つけてあげたかった。
「復興の真っ最中でね。大人の手も足りない。子供一人引き取る余裕がないんだ」
男は首を振りながら続けた。
「この辺りの村はどこも小さい。うちも、隣村も、人を預かる余裕があるところは……」
「他に……当てはありませんか」
「もっと大きな街まで行けば、孤児院がある。ただ、ここから東に一週間はかかる」
一週間。ミラと二人で、一週間。
孤児院に預けることになるのだろうか。この子を、知らない大人たちの中に置いていくことに——胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「……考えます。ありがとうございます」
「宿はすぐ隣だ。ゆっくり休むといい」
ギルドを出た。
ミラの手が、また服の裾を掴んだ。
孤児院。一週間。知らない大人たち。
——まだ、決められない。
「……とりあえず、今日は泊まろう」
ミラが小さく頷いた。
裾を掴む力が、少しだけ強くなった。
——この手を、離せるだろうか。
新章突入です!
成り行きでミラと二人旅になりました。
ミラは普通に暮らしてるところをオークに襲われ
着ていた服と形見のペンダント以外、何も持ってなくて真冬、と
およそ旅ができる状態ではなかったので
フォローをするだけで1話費やす事になるとは…




