金貨30枚の価値
別の場所。別の時間。
「——報告があります」
男が執務室に入ってきた。
マーカスは机から顔を上げた。
「何だ」
「断崖砦の件です。オークに占拠されていた、あの砦」
「ああ。あそこか」
マーカスは壁の地図に目をやった。断崖砦。あそこが落ちてから、もう8年になる。
街道を塞ぐ位置にある砦だ。あそこを押さえられてから、東の交易路は事実上使えなくなった。迂回路を使うしかなく、商人たちの損失は計り知れない。
国は何度か奪還を試みた。そのたびに返り討ちにあった。騎士団が壊滅したこともある。いつしか「断崖砦には近づくな」が常識になった。
「偵察隊が戻りました」
男が報告書を置いた。
「オークの主力が——相次いで突然死していました」
マーカスの眉が動いた。
「突然死?」
「はい。4体。全員、賞金首です」
◇
報告書を開いた。名前が並んでいる。
【息継ぎ無し】ノー・ブレス。
【鼻鳴らし】スノウト・グロウラー。
【鉄檻殺し】ケージ・ブレイカー。
そして——
【位階の蒐集狂】ランク・コレクター。
「ランク・コレクターまでか」
マーカスが呟いた。
「あれは厄介だった。騎士団でも手を焼いていた」
「はい。合計で金貨800枚相当の賞金首です」
「死因は」
「それが……分からないのです」
男が首を振った。
「ノー・ブレスは 痙攣した跡がありました。
頭を潰されていましたが それは死後のようです」
「スノウト・グロウラーは暴れ回った形跡があり、 胸に穴が開いていました」
「ケージ・ブレイカーは崩れた天井の下に埋まっていました。
腕がおかしな方向に曲がっていて、自分で壊したように見えます」
「ランク・コレクターは……立ったまま死んでいました。笑ったまま」
「……突然死、か」
◇
マーカスは報告書を閉じた。
「生還者がいると聞いたが」
「はい。あの砦周辺で誘拐された者たちが、全員生還しています」
「全員?」
「3人ほど行方が掴めませんが……1人は女のヒーラー、1人は少女、もう1人は印象が薄くて覚えていないと」
「そうか」
「生還者たちの証言によると——」
男が続けた。
「あのオークどもは、人をさらっては砦で殺人ゲームを楽しんでいたようです。獲物を砦に放ち、追跡者をけしかける。逃げ延びれば自由、捕まれば死。それを——娯楽にしていた、と」
「……そうか」
マーカスは椅子から立ち上がった。
「断崖砦奪還の緊急クエストを発令しろ。残党の掃討。報酬は金貨100枚」
「はい」
男が出ていった。
◇
執務室に、静寂が戻った。
100枚。ギルドの予算から出せるのは70枚だ。残りの30枚は——村を焼かれた者、家族をさらわれた者、あのゲームで身内を殺された者たちが出した金だ。
私財を投じて、少しずつ積み上げてきた。8年分の恨みが、30枚になっている。
「……誰に払えばいい」
マーカスは呟いた。
金貨800枚分の賞金首が死んでいる。だが——討伐者がいない。名乗り出る者がいなければ、この金は宙に浮く。
◇
マーカスは窓の外を見た。
「賞金で冒険者を釣って、オークを狩らせる……か」
窓の外には、ギルドの掲示板が見えた。依頼書が何枚も貼られている。討伐依頼。護衛依頼。素材採取。そして——賞金首の手配書。
「人を襲うだけの魔物は、ある意味では純粋だ。本能のままに生き、本能のままに殺す」
マーカスは呟いた。
「だが——娯楽のために殺すのは、知性がなければできない。ゲームのために命を弄ぶのも。金のために命を刈り取るのも」
窓の外を見続けた。
「オークも人間も——知恵がある分だけ、業が深い」
オークとのデスゲーム編完結です。
4体みんな「負けるきっかけは自滅」で統一してみたのですが
1ネタで1章作れるものを先食いしてしまった気がしています。
かわりといっては何ですが、ミラが章をまたいで
リリアさんと同行する事になりました。
一時的な旅の同行者ではオルフェさんがいましたが
1話作った当時はミラは全く存在していなかった子なので、どう転がるか…
明日、1/19から「ガツン!◇触れずに届く友情パワー!」がはじまります!
おたのしみに!




