別れ
オークの死体を残して、歩き出した。
振り返ると、断崖砦が見えた。橋の向こう。もう——追ってくる者はいない。
……光?
荷物置き場のあたりが、淡く光っている。脱ぎ捨てた囚人服。その上に置いた——発射台。光になって、消えていく。
そういうことか。矢が残っていたから、消えなかったのだ。トマが持っていた赤い矢。あれを使ったから——全部使い終わったから——消えた。
◇
しばらく歩いてから、足が止まった。
トマが膝から崩れ落ちた。
「……勝ったんだ」
泣いていた。
「本当に……勝ったんだ……」
しばらく、誰も動けなかった。座り込んで、息を整えた。傷を癒した。水を飲んだ。
終わった。本当に、終わったのだ。
◇
ダリオが口を開いた。
「——ひとつ、確認しておきたい」
「あのオークどもの首をギルドに持っていけば、賞金が出る。4匹分なら……10年は遊んで暮らせる額だ」
トマが目を見開いた。
「10年……?」
「ミラ、お前も。村が襲われて、これから生活を立て直さなきゃならないだろう。その金があれば——」
ダリオの声が止まった。全員が、同じことを考えている。砦に戻らなければならない。
フリントが言った。
「問題がある」
「奴らは約束を守った。橋を渡れば自由だと言って、実際にそうした。だが——今は違う。戻ったら、別のオークに殺される可能性がある」
ダリオが続けた。
「この首だけでも、かなりの額にはなる」
オークの方を見た。まだ立っている。笑ったまま。
「だが、こいつを倒したと名が広まれば——次のゲームの駒として狙われるかもしれない。あの手の連中は、強い獲物を求めてる」
誰も何も言わない。風が吹いて、砂埃が舞った。
「俺は傭兵だ。どちらでも構わない。だが、お前たちの意見を聞きたい」
ミラが首を振った。
「……お金は、いらない」
ペンダントを握りしめている。
「これがあれば……お父さんが、ついていてくれるから」
トマが、オークの首飾りを見た。12個の頭蓋骨。それを集めるために、何人が死んだのか。
「俺は……」
声が震えている。
「首を斬るのも、斬られるのも……もう一生、遠慮したいです」
フリントが口を開いた。
「俺は——」
言いかけて、止まった。
「……乗りたいところだが、訳あって、金を預ける先がない」
脱走兵だ。商会にも預けられない。身分を明かせない。
「持ち歩けない大金をもらっても、使い道がねえんだよ」
肩をすくめて、笑った。でも目は笑っていなかった。
リリアがオークを見上げた。
「……いらない」
あの笑顔を見ていると、胸の奥が冷たくなる。
「首を取って、お金をもらって……それで終わりにしたくない」
ダリオが頷いた。
「わかった。討伐者は——なしだ」
誰の名前も、ギルドには報告しない。賞金も、名誉も、何もいらない。ただ——生きて帰る。それだけでいい。
◇
ダリオが言った。
「これからどうする」
「俺は傭兵ギルドに戻る。報告しないといけない」
トマが言った。
「俺は……家族のところに帰ります」
「村が襲われたけど、みんな逃げたはずです。探さないと」
フリントがトマの肩に手を置いた。
「帰ったら、辛いことが待ってるかもしれない」
トマの顔が強張る。
「でも——帰る場所があるってのは、いいことだ」
「……はい」
トマが頷いた。目に涙が浮かんでいる。
ミラが小さな声で言った。
「私は……わからない」
父親は死んだ。家に帰っても、これからどうすればいいのか。
ダリオとフリントが、一瞬だけ目を合わせた。二人とも、何か言いたそうな顔をしていた。でも——何も言わなかった。
「次の町まで一緒に行こう」
リリアが言った。
「そこで、考えればいい」
ミラが頷いた。ペンダントを握りしめたまま。
ダリオが小さく頷いた。フリントも。言葉にはしなかったけれど——頼んだ、と言われた気がした。
◇
フリントが言った。
「……なあ」
「俺、本当の名前言ってなかったよな」
「もう逃げる必要もないし、名乗っておこうと思って——」
「ああ、俺はこっちの道だ」
ダリオが歩き出した。振り返らない。
「家族が心配だ……早く帰らないと」
トマが走り出した。振り返って手を振る。
「皆さん、お元気で!」
ミラが頭を下げた。
「……ありがとう、ございました」
「…………」
フリントが、一人で立っていた。
「おい」
「誰も聞いてねえ」
結局、フリントの本名は——誰にも知られないままだった。
◇
砦を背に、歩き出した。ミラが隣にいる。小さなペンダントを握りしめている。
あのオークの顔を思い出した。笑ったまま、目を開けたまま。
「ごめんね」は言わなかった。言う必要がないと思った。それが正しかったのかは、分からない。
風が吹いた。砦の方から、煙の匂いがした。
振り返らなかった。
軽い気持ちで「一般的なモンスターを」とはじめたオーク章
リリアさんが関わるお話は今度こそ本当に終わります。
さらに黒幕オークとか出さないのでご安心を。
最後はいつものマーカスさんです、次の章の予告もお楽しみに。
次の章はゲストキャラ中心のお話にもどります。




