【位階の蒐集狂】
「——おめでとう」
振り返った。オークがいる。橋の向こう側ではなく、こちら側——砦の外だ。いつの間に現れたのか、誰も気づかなかった。
他の追跡者より二回りは大きく、さっきまで戦っていた【鉄檻殺し】が子供に見えるほどだった。首から頭蓋骨の首飾りをぶら下げている。人間、リザードマン、ドワーフ——種族はばらばらだ。
「追跡者を3匹倒してここまで来た。見事だ」
一歩、近づいてくる。
「お前たちは——俺に狩られる資格がある」
◇
フリントが叫んだ。
「待て! ゲームのルールでは橋を渡れば自由のはずだ!」
オークが首を傾げた。
「ルールは砦の中だけだ。ここは砦の外——俺の庭だよ。嘘はついていない。一言もな」
ゲームの「外」には、何の保証もなかったのだ。
◇
「今まで3人がここに辿り着いた」
オークが首飾りを撫でながら言った。
「最初の女は、恋人に庇われて逃げてきた。男は追跡者に殺された。女は泣きながら橋を渡ってきた。——つまらなかった」
また一歩、近づいてくる。
「次の婆は、息子に背負われてここまで来た。息子は追跡者に追いつかれて、母親だけ橋に押し出した。婆は息子の名前を呼んでいた。——つまらなかった」
「3人目は子供だった。父親が抱えて走って、追跡者に追いつかれる寸前に橋の向こうに投げた。父親は引きずり戻されて死んだ。子供は泣いていた。——つまらなかった」
オークの目がダリオとフリントを捉えた。
「全員、逃げてきただけだ。自分では何もしていない。弱すぎて首飾りに加える気すら起きなかった」
笑った。
「でもお前たちは違う。傭兵と——元兵士か。追跡者を3匹倒してきた。5人も生きている」
首飾りを揺らした。
「久しぶりだ、こういうのは。精一杯戦ってくれ」
◇
ダリオの顔から血の気が引いていた。
「【位階の蒐集狂】……」
フリントが震える声で言った。
「その種族で一番強い奴の首だけを狩る化け物だ。人間なら英雄、エルフなら長老、ドワーフなら王……8つの頭蓋骨を持っていると聞いた。だから『位階の蒐集狂』」
オークが首飾りを揺らした。
「情報が古いな。今は12個だ。人間を狩るのは5年ぶりでな」
5年で4人の「最強」を殺してきたということだ。
◇
ダリオが叫んだ。
「逃げろ! 全員走れ!」
振り返って走り出そうとした。足がもつれた。何人かが転んだ。立ち上がろうとしても、膝が震えて力が入らない。
オークは腕を組んだまま、こちらを眺めている。追ってこない。
「逃げるのか。いいぞ、逃げろ。追い詰められた獲物の方が熱いからな」
ゆっくりと歩いてくる。この距離、この体格差——逃げ切れるはずがない。
◇
フリントが手槍を構え、全力で投げた。
手槍はオークの肩に深く突き刺さり、血が流れ落ちた。オークは振り返りもしない。
「……何かしたか?」
続けてダリオが斬りかかった。剣がオークの腕を裂き、血が飛び散る。オークは傷ついた腕を見下ろして、つまらなそうに言った。
「浅いな」
トマが石を投げた。オークの背中に当たる。オークは振り返らない。見向きもしない。石を投げた者など、見えてもいないかのように。
◇
(最終救護——)
光が収束し、【鋼鉄の守護神】が現れた。6本の筒をオークの方に向け、取っ手を強く握る。
ハンドルを回した。轟音とともに金属の雨が降りそそぎ、オークの体に次々と穴が開いていく。胸に、腕に、腹に、顔に——血が噴き出し、肉が裂ける。
オークが足を止めた。
「……何だ、お前」
ダリオとフリントを見ていた目が、こちらを向いている。
「その武器……ヒーラーが持つものじゃないな」
回し続けた。止まったら終わりだと分かっていた。オークの体に穴が増えていく。血まみれで、肉が見えていて、普通なら何度も死んでいる。
それでも——歩いてくる。
「いいぞ」
笑っている。血を流しながら、穴だらけになりながら、笑っている。
「もっとだ。もっと撃て」
ハンドルを回し続けた。
◇
回していた手が軽くなった。何も飛ばなくなる。
オークはまだ歩いてくる。穴だらけで血まみれ、それでも笑っている。
続けても止まらない——どうすればいい——
迷った瞬間、光が散って【鋼鉄の守護神】が消えていった。
別の手段を。何でもいい。こいつを止められるものを——
光が収束し、別のものが現れた。タンクと筒——【火竜の吐息】だ。
ダイヤルを回そうとするが、手が震えて回らない。やっと回った。シューッと霧が出始める。
遅かった。
オークはもう目の前にいた。拳が腹に入り、体が宙に浮いて地面に叩きつけられる。息ができない。視界が明滅する。【火竜の吐息】が光になって消えていった。
◇
オークが周囲を見回した。ダリオ、フリント、リリア——全員が倒れている。
ミラが駆け寄ってきた。リリアの前に立ち、両手を広げて庇おうとしている。オークが腕を振ると、ミラは吹き飛ばされて地面を転がった。それでも起き上がろうとしているが、膝が震えて立てない。
トマは座り込んだままだった。
◇
オークがゆっくりと歩いてきた。
トマの前を通り過ぎる。ミラの前も通り過ぎる。どちらも見向きもしない。
リリアの前で止まり、しゃがみ込んで顔を覗き込んできた。血と焦げた肉の匂いがする。
「いい目だ」
首飾りを外して地面に置いた。12個の頭蓋骨が並ぶ。
「お前で13個目だ」
◇
ミラが這い寄ってきて、リリアの腕を掴んで引っ張ろうとしている。だが動けない。オークが体を押さえつけているのだ。
オークはミラを見もせず、腰の袋から何かを取り出した。針のようだが、針というには太すぎる。釘のような金属の棒で、先端だけが異様に鋭く研がれている。
「こいつでこめかみに穴を開けて、紐を通す」
地面に置いた首飾りを指さした。
「それから首を刈って、肉を削いで——できあがりだ」
「生きたまま穴を開けるのが好きでな。死んでからだと、目が濁るんだ」
頭を押さえつけられた。万力のような力で、身動きが取れない。
「じゃあ、始めるか」
こめかみの横に、針の先端が押し当てられた。冷たい金属の感触。
(最終救護——)
光を呼ぼうとした。何も起きない。
(なぜ——)
もう一度、強く念じた。何も起きない。手のひらに光が灯らない。
分かった。ヒーラーの道具は「他者を癒すため」のもの。自分の身を守るためには——応じない。
(そんな——)
オークの腕に力がこもる。




