ゴール
橋の手前で足が止まった。荷物が山積みになっていた。
「あった……!」
トマが駆け寄る。
「俺たちの荷物だ……!」
「急ぐな。まず周囲を——」
ダリオの声は誰にも届いていなかった。ミラはもう荷物を漁っている。フリントも。ダリオが溜息をついて、自分も荷物の山に向かった。
「……あった」
ミラの声だった。小さなペンダントを握りしめている。震えている。泣いている。でも——笑っている。この子が笑うのを、初めて見た。
「お父さんの……」
「……守ってくれた」
ペンダントを胸に当てた。目を閉じて、何か祈っている。お父さんに、話しかけているのかもしれない。邪魔をしてはいけない気がして、そっと離れた。
◇
救急鞄を見つけた。中身を確認する。全部ある。ローブも見つけた。囚人服を脱いで着替える。やっと人間に戻った気がした。
手の中の発射台を見た。矢は全部使った。もう空だ。なのに——消えない。いつもなら、使い終わった治療器具は光になって消える。でも、これは残っている。
……なぜ?
分からない。でも、もう必要ない。脱いだ囚人服の上に、発射台を置いた。
「残ってたな、こいつら」
フリントが荷物から取り出したものを並べている。スリングや油壺、閃光粉の袋に火打ち石。
ダリオがフリントの方へ歩いていった。
「……それ全部、お前のか」
「元々の装備だ。追っ手を撒くのに必要でな」
「追っ手?」
フリントが肩をすくめた。
「エンクレイヴじゃ、脱走兵は見つかったら処刑だ。逃げるしかない」
「……それで、逃げるのが得意か」
「ああ。でもな——」
フリントが手を止めた。油壺を見つめている。
「逃げてばかりだと、どこにも辿り着けない。今日、初めて逃げずに戦った」
「……後悔してるか」
「いや」
フリントが笑った。
「悪くなかった」
◇
荷物を詰め直しながら、ダリオがぽつりと言った。
「ただ強いだけの傭兵なら、足手まといは見捨てる」
フリントが顔を上げた。
「でもお前、誰も諦めなかった。戦場で一番厄介なんだよ、そういう奴」
「……成り行きだ」
「嘘つけ」
ダリオの手が止まった。しばらくして、小さく言った。
「……昔、見捨てたことがある」
フリントが黙って聞いている。
「護衛の仕事だった。依頼人が足を怪我した。追っ手が来ていた」
ダリオが空を見上げた。
「置いていった。合理的な判断だった。——3日後に見つかった時には、もう死んでた」
「……」
「それからは、やらないと決めた。どんなに非合理でも」
「……そうか」
フリントが何も言わずに、荷物を詰め直し始めた。ダリオも背を向けた。言葉は少なかったが、何かが通じた気がした。
◇
「帰れる……家族のところに帰れる……」
トマが言った。目に涙が浮かんでいる。その瞬間——体が震え始めた。
「さ……寒い……」
歯がガチガチと鳴っている。腕を抱えて、しゃがみ込んだ。
「寒い……なんで……こんなに……」
フリントが呆れたように言った。
「……今さらかよ。ずっと平気な顔してたから、農夫ってのは寒さに強いのかと思ってた」
「緊張してたんだ……緊張してたから……」
トマは上半身裸だった。鼻鳴らし戦で囮にするために服を脱いで、それからずっと。真冬の砦を、ズボン一丁で走り回っていた。
ダリオが自分の外套を脱いで、トマの肩にかけた。
「……よく持った」
「す、すみません……」
「謝るな」
ダリオはもう背を向けていた。
「よし、渡ろう」
◇
橋を渡った。一歩。また一歩。長い橋だった。下を見ると、崖と川。落ちたら死ぬ。でも——もう追ってくる者はいない。
渡り切った。砦の外に出た。
「やった……」
トマが膝から崩れ落ちた。ダリオの外套を羽織ったまま、震えている。
「出られた……」
泣いていた。
ミラが小さく笑った。ペンダントを握りしめて。フリントが空を見上げる。
「……生きてる」
ダリオが剣を鞘に収めた。
「……終わったな」
◇
空を見上げた。青い空。雲が流れている。風が冷たい。
でも——生きている。みんな、生きている。
誰も死ななかった。誰も見捨てなかった。
何もできなかった。治療も、戦闘も、ほとんど役に立てなかった。でも——矢を使った。3本とも。誰かを傷つけるための道具じゃなかった。みんなを守るために、使えた。
それが正しかったのかは、分からない。でも、みんなが生きている。
今は——それだけで十分だと思った。
次の町まで、あと半日。日が暮れる前には——着けるだろう。
オーク戦をデスゲームっぽい展開にした際、
「いかにも途中で死にそうな面々」が必要なので
仲間たちを考えたのですが、スライム回で彼氏候補っぽい4人皆殺しにした反動か
気づけば全員生存してしまいました。そろそろこの章も締めにはいります!




