【鉄檻殺し】
足音が近づいてくる。
今までと違う。重い。地響きのような振動が床を伝い、足の裏から這い上がってくる。
「逃げるぞ」
ダリオが剣を抜いたまま走り出す。全員が続く。
後ろで、何かが砕ける音がした。壁だ。振り返ると、オークが壁を突き破って姿を現すところだった。丸太のような腕。他の追跡者より二回りは大きい。頭が天井に届きそうなほどの巨体が、瓦礫を踏み砕きながらこちらを見ている。
【鉄檻殺し】。
「見つけた」
「走れ!」
ダリオの声で我に返り、走った。全力で。
「こっちだ、抜け道がある」
フリントが先頭に立つ。この砦で兵士をしていた男だ。通路の構造が頭に入っている。角を曲がり、階段を駆け下り、また曲がる。
背後で壁が崩れる音が続いている。壊しながら追ってくる。そのたびに瓦礫が通路に散らばり、埃が舞い上がる。
「壁に隠れても意味がないって言っただろ」
オークの声が響く。楽しそうだ。
「俺には——壁なんか意味がない」
◇
「あそこだ」
フリントが指さす。壁の割れ目。人間なら入れる。オークの巨体では無理だ。
「入れ、早く!」
ミラが最初に滑り込む。トマが続く。私も続く。ダリオが入り、最後にフリントが体をねじ込んだ。
狭い。息が詰まりそうだ。でも、ここなら——
足音が止まった。
壁の向こうに、影が見える。オークが立っている。
「隠れたか」
笑っている。壁を壊す気配がない。なぜ——
「壁を壊せば出てくると思ったか?」
轟音。
足元が揺れた。いや、足元の石が——崩れ落ちていく。
床を抜いた。壁じゃない。床を。
短い落下。背中を打つ。息が詰まる。瓦礫の上に転がっていた。
「大丈夫か!」
ダリオの声。全員、落ちたらしい。見上げると、天井に穴が開いている。さっきまでいた場所だ。
「出口を探せ!」
フリントが叫ぶ。ここは下の階だ。階段があるはず。戻れるはず。
通路を走る。角を曲がる。
行き止まりだった。瓦礫が積み上がって通路を塞いでいる。
「いつの間に……」
「さっきの音だ」
フリントの声が低い。
「床を抜く前に、ここを壊してやがった。退路を断ってから、俺たちを落とした」
二手先を読まれていた。
「壁に意識が向くから簡単すぎるんだよ」
声が響く。上からだ。天井の穴からオークが覗いている。
「下手に知恵があるだけ、すぐ騙される。つまんねー獲物だな」
嘲笑うように鼻を鳴らす。
「元人間のゾンビの方がまだ楽しめた」
ゾンビ。前のゲームの「獲物」のことだろう。あのオークたちは、何度もこれを繰り返してきたのだ。
「さて——追い詰めたし、降りていくか」
オークが穴から消えた。階段を探しているのだろう。すぐに来る。
「別の出口を探すぞ!」
ダリオが走り出す。全員が続く。
◇
通路を走る。曲がる。また曲がる。
「こっちに階段が——」
フリントが足を止めた。
階段があった。でも——崩れている。上に続く道が、瓦礫で塞がれている。
「これも先に壊してあったのか……」
ダリオが壁を殴った。
「くそ! 全部読まれてる!」
足音が近づいてくる。重い。地響きのような音。通路を歩くたびに、瓦礫を踏み砕いている。奴が壊した壁の破片だ。
「来るぞ」
フリントが手槍を構える。ダリオが剣を抜く。
「ダリオ、フリント——」
「下がってろ。時間を稼ぐ」
ダリオの声は落ち着いていた。でも、勝てると思っていないのがわかる。
オークが姿を現した。通路いっぱいに広がる巨体。逃げ場がない。
「追い詰めたぞ」
笑っている。
「もう少し楽しめるかと思ったが——まあ、こんなもんか」
ダリオが斬りかかった。
オークは避けもしなかった。剣が腕に当たる。浅い。皮を切っただけだ。
「傭兵か。いい度胸だ」
殴り飛ばされた。ダリオの体が壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
「ダリオ!」
フリントが手槍を突く。オークの脇腹を狙う。刺さった。浅い。
「痛くもない」
フリントも殴り飛ばされた。床に転がり、起き上がれない。
◇
二人だけになった。
トマが震えている。ミラが私の後ろに隠れている。
発射台を構える。矢は残り一本。緑の矢。これで最後だ。
狙いを定める。オークがゆっくりと近づいてくる。
「まだ何かあるのか」
撃った。
緑の矢がオークの胸に刺さる。
「……何だ、これは」
オークが矢を見下ろす。引き抜く。鼻で笑う。
「効かねえよ」
矢を握り潰した。
「それで終わりか?」
終わりだ。もう何もない。
オークが手を伸ばしてくる。
「さて——誰から殺す?」
ミラが私の服を掴む手に、力が入った。トマは腰が抜けて動けない。ダリオもフリントも倒れたまま。
もう終わりだ——
「——待て」
フリントの声だった。床に倒れたまま、首だけをこちらに向けている。
「あいつ……足元を見ろ」
足元?
オークの足元を見る。瓦礫が散らばっている。オークが壊した壁の破片。追いかけてくる間に、通路のあちこちに積み上がっていた。さっき踏み砕く音がしていたのは、自分で撒いた瓦礫だったのだ。
「壊しすぎて……自分で足場を悪くしてやがる」
オークが振り返った。
「何を言っている」
「お前の作戦は完璧だったよ」
フリントが笑う。口の端から血が流れている。でも、目が笑っている。
「退路を断って、追い詰めて、二手先を読んで——でもな」
「——でも、何だ」
「自分の足元だけは、読めなかったみたいだな」




