生存者たち
オークを倒した広間の奥に扉があった。
開けると倉庫だった。略奪品が山積みになっている。武器、食料、日用品。どれも誰かの持ち物だったもの。捕虜から奪ったのだろう。
「……武器がある」
ミラが呟いた。小さな声だが、初めてまともに喋った。
壁際に剣や斧や槍が並んでいる。選び放題だ。
ミラが短剣を手に取った。握りしめている手が震えている。父親を殺された。何もできなかった。だから今度は、と思っているのかもしれない。
ダリオが静かにミラの手を包んだ。
「やめておけ」
優しい声だった。
「素人が武器を持つと、奪われて自分に使われる」
「でも——」
「あいつらはそれも娯楽にしてる」
ダリオがゆっくりとミラの指を開かせて、短剣を取り上げた。
「戦い方を知らない奴が剣を持っても、重いだけだ」
ダリオが短剣を棚に戻した。
「振り回してる間に懐に入られて、奪われて、自分の剣で殺される。……何度も見てきた」
何度も。オークのやり口を、よく知っているのだ。
「じゃあ、何を持っていけばいいですか」
「殺傷力がなくて、荷物にならないものがいい」
ダリオが倉庫を物色し始めた。一緒に探した。
◇
小さな瓶を見つけた。開けると、鼻を突く匂いがした。嗅ぎ塩だ。気絶した人を起こす気付け薬。
布袋に入った粉もあった。灰と香辛料だろうか。目潰しに使えるかもしれない。
縄や油の瓶も見つかった。
「これをお前たちに」
ダリオが嗅ぎ塩を渡してきた。
「俺は剣を使う」
ダリオは剣を腰に差し、縄も肩にかけた。それから棚に戻り、何かを探している。
「予備の武器がいる。いざという時、お前たちでも使えるやつだ」
ナイフを手に取った。刃を見て、首を振る。
「オークの皮膚は通らないな」
棚に戻し、手槍を選んだ。柄の長さを確かめてから、背中に斜めに背負う。
「これなら体重をかければ刺さる」
「目潰しと油は……後で誰かに持たせよう」
◇
ぐるる。
遠くから音が聞こえた。獣の唸り声のような——いや、違う。鼻を鳴らす音だ。
「……来た」
ダリオが剣の柄に手をかけた。
「次のやつだ。行くぞ」
◇
倉庫を出て、先に進んだ。通路を抜けると、また広間に出た。
人影が二つ見えた。身構えたが、一緒に捕まった人たちだ。農夫と革鎧の男。生きている。戦える人がもう一人いる——少しだけ心強い。
農夫がこちらを見て目を見開く。
「た、助けてくれ……」
縋りつくような声。
革鎧の男が、ダリオの返り血を見て頷く。
「合流できてよかった。戦えるのは俺とあんただけだ」
「ああ」
「ダリオだ、こっちはエマとリリア。」
「俺はフリント。元……まあ、兵士だ。逃げるのは得意でね、ここまで来れたのがその証拠さ」
「……さっきはニックって言ってませんでした?」
農夫がぼそっと言った。
「気にするな」
フリントは平然としている。
ダリオがそっと耳打ちしてきた。
「偽名だ。訛りと鎧の型からして、たぶんエンクレイヴの元兵士だな」
エンクレイヴ。リュウさんが言っていた、自由のない独裁国家。でも今は、詮索している場合じゃない。
「俺はトマです。農夫です」
声が震えていて、顔も青い。
「村ごと襲われて……気がついたら、ここにいて……」
目に涙が浮かんでいた。
「家族は、きっと逃げられたと思います。俺だけ……俺だけ捕まったんです」
「今はそれを考えるな。帰ってから考えろ」
フリントが言った。トマは口を噤んだ。
「北の橋を渡れば自由だ。まずはそこを目指す」
ダリオが全員を見回して言った。
「持ち物を分けよう。2人とも手ぶらだろう」
フリントとトマが頷いた。
「フリント、あんたなら使い方を知ってるはずだ」
目潰しの粉と油の瓶、それに手槍を差し出した。フリントが頷いて受け取った。
「トマ、これを持っていろ」
縄と布袋を差し出した。
トマが布袋の中を覗いた。赤い矢が入っている。
「これは……」
ダリオが矢を取り出して見せた。
「一度使った矢だ。見ろ、軸が歪んで矢羽根も取れてる。まともに飛ばん」
「……それなら、なぜ」
「見つかるとリリアが狙われる」
トマが頷いて、布袋をポケットに入れた。
ぐるる。
音が近づいてくる。
「来る」
ダリオが言った。広間の入り口にオークが現れた。【息継ぎ無し】より少し大きくて、鼻が大きい。
ぐるる。
鼻を鳴らして、匂いを嗅いでいる。背筋が冷たくなった。
「……いるな」
オークが笑った。
「5匹。匂いで分かる」
トマがフリントを見た。
「5匹……俺たちのことじゃ、ないよな?」
すがるような目だった。
フリントが首を振った。
トマの顔から血の気が引いた。
5匹。あの袋の匂いを思い出した。獣の匂い、汗、血、何かの肉。このゲームは人間だけじゃない。色んなものを狩ってきたのだ。
「冷や汗の匂い。恐怖の匂い」
オークがゆっくり近づいてきて、足を止めた。
「……なんだ、5匹固まってるのか」
つまらなそうな声だった。
「それじゃ追いかけっこにならねえだろ」
オークが腕を組んだ。
「10数えてやる。散らばれ」
ぐるる。
「隠れても無駄だ。お前たちがどこにいても——俺の鼻は見つける」
「1——」
逃げろ、とダリオが目で合図した。
「2——」
トマが動けなかった。
「待ってくれ、俺は走るの苦手で——」
フリントがトマの背中を押した。
「いいから走れ。止まったら死ぬぞ」
5人がバラバラに走り出す。
「3——」
鼻鳴らし。隠れても無駄——その意味が、今、分かった。




