ゲーム
「お前たちは砦に放り込まれる」
伝声管から、声が続く。
「砦を抜けて、橋まで辿り着け。橋を渡れば自由だ」
「お前たちの荷物はゴールに置いてある。辿り着けば返してやる。そのまま帰れ」
「ただし——追跡者を放つ」
「捕まったら、死ぬ」
「これまで3人が達成している」
最後だけ、声のトーンが変わった。聞いて喜べ、とでも言うように。
……3人。でも、何人がこのゲームに参加させられて、そのうちの3人なのかは分からない。
それに——声がずっと楽しそうだった。無抵抗の相手を殺してもつまらないのだろう。希望を持たせて、必死に逃げるところを追いかける——それが楽しいのだ。
笑い声が響いた。オークたちも笑っている。楽しそうに、嬉しそうに。これから始まるショーを待ちきれないみたいに。
「——では、始めよう」
◇
檻が開いて、オークが入ってきた。腕を掴まれた——痛い。指が太くて力が強すぎて、抵抗しようとしてもできなかった。
頭に袋をかぶせられて、視界が真っ暗になった。息がしづらい。布越しに空気を吸うと、匂いが鼻を突いた。獣の匂い、汗、血、何かの肉——この袋、前にも誰かに使われていた。
考えないようにした。今は、生き延びることだけ考えないと。
体が持ち上げられて、肩に担がれた。荷物みたいに運ばれていく。笑い声が聞こえる。笑われているのだろう。何もできない。
気づいたら、投げ出されていた。硬い床の上。袋は剥ぎ取られていて、目に光が刺さる。
……ここは?
砦の中だった。薄暗くて、古くて、ところどころ崩れている。窓から外を見た。断崖だった。崖の下に川が流れていて、白く泡立っている。落ちたら助からない。反対側も見た——同じ。どこを見ても断崖絶壁で、出られる場所は橋しかない。逃げ場がないから、ここを選んだのだろう。
歩き出した。狭い通路を抜けて、階段を上って、曲がり角を曲がる。入り組んでいて、どこに向かえばいいのか分からない。でも、逃げなかったら——あいつらを楽しませなかったら、どうなるか分からない。とにかく、橋を目指すしかない。
伝声管から、声が響いた。
「追跡者を放つ」
「【息継ぎ無し】」
「——足が速いぞ、気をつけろ」
笑い声が響いた。
ぞわ、と肌が粟立った。二つ名——意味は分からない。でも、このゲームで人を殺し続けるうちについた名前なのだと、直感で分かった。
そいつが今、自分たちを追いかけてくる。背筋が凍った。
足音が聞こえた。遠くから——でも、近づいてくる。速い。
走った。どこへ行けばいいか分からない。でも止まったら追いつかれる。心臓がうるさくて、息が上がって、足がもつれそうになる。
悲鳴が聞こえた。遠くない——この先だ。誰かが追いつかれた。曲がり角を抜けると、広間に出た。オークがいた。
他のオークより細身で、脚が長い。【息継ぎ無し】。そして人間が二人——さっき隣の檻にいた男と、膝を抱えていたあの少女。男は少女を庇って壁際に追い詰められていた。丸腰で、武器がない。
「——よく走った」
【息継ぎ無し】が笑う。
「だが、お前らの息はもう上がってる。俺はまだ——息継ぎすらしてない」
戦える人が、戦えない人を庇って殺される。……これが見たかったのか。殺すことだけが目的なら、戦えない者だけ集めればいい。歯ごたえが欲しいなら、戦える者だけでいい。
オークが腕を振り上げた。二人が殺される——犠牲者を出すわけにはいかない。
鋼鉄の守護神——だめだ、少女も巻き込む。火竜の吐息——狭すぎる、全員焼ける。
迷った。その瞬間、何も呼び出せなかった。オークの腕が振り下ろされる。間に合わない。
何でもいい——!
「——最終救護」
光が収束する。手の中に現れたのは——革のケース。手のひらに収まる大きさ。
開いた。中には3本の矢。赤、青、緑。手のひらほどの長さで、先端に細い針がついている。柄の部分は透明で、中に液体が見える。
柄に細かい文字が刻まれている。
C₉H₁₃NO₃
C₂₅₇H₃₈₃N₆₅O₇₇S₆
C₁₀H₁₅NO
読めない。何かの記号だろうか。
そして発射台のようなもの。石弓に似ているけど、弓も弦もない。矢を乗せる溝があって、後ろに突起がある。
使い方は分かる。溝に矢を乗せて、構えて、突起を押す。
どの矢を使う? 赤、青、緑——どれが何なのか分からない。考えている時間がない。赤い矢を乗せた。構えた。手が震えている。狙いがつけられない。オークの腕が振り上がる。
今しかない。息を止めた。震えが止まった一瞬、突起を押した。
赤い矢が飛んだ。オークが少女を殴る動作で、わずかに体が動いた。矢はその横を通り過ぎて、壁に刺さった。外れた。オークの腕は止まらない。
でも——オークが振り返った。矢が壁に刺さった音に反応したのだ。こちらを見た。
「……女?」
獣のような目がこちらを捉えた。笑っている——面白がっている。
「お前、やるじゃねえか」
男と少女から視線を外して、こちらに向き直った。
「逃がしてやったのに、出てくるとはな。順番を変えてやる——お前が先だ」
向かってくる。速い。
逃げた。考える暇もなく通路に飛び込んで、走って、曲がった。後ろから足音。近づいてくる。速い、速すぎる。
「逃げても無駄だ」
声がすぐ後ろにある。
「お前が一度息をする間に——俺は三歩詰める」
息継ぎ無し——その名前の意味を、今、体で理解した。




