災厄の夜
悲鳴が止まらない。
リリアは飛び起きた。窓の外を見る。
——赤い。
空が赤い。火事だ。
広場の方から悲鳴が聞こえる。人々が走っている。叫んでいる。
「化け物だ!」
「逃げろ!」
◇
宿を飛び出した。
夜の空気が冷たい。吐く息が白い。
だが——広場は熱気に包まれていた。
冬男の残骸がまだ燃えている。崩れ落ちた藁人形が、赤々と炎を上げている。その周りで、屋台が燃えていた。
そして——
「……何、あれ」
◇
巨大な芋虫がいた。
人の背丈ほどもある。緑色の体がぬらぬらと光っている。無数の脚が蠢いている。先端には、人の頭ほどもある顎。
一匹じゃない。五匹。十匹。それ以上。
群れだ。
◇
芋虫たちは——焚き火に向かっていた。
まっすぐに。一直線に。
行く手を阻むものは全て弾き飛ばす。柵が砕ける。屋台が潰れる。逃げ遅れた人が吹き飛ばされる。
「うわあああ!」
悲鳴が上がった。
◇
先頭の芋虫が焚き火に突っ込んだ。
炎が体に燃え移った。
——そして、暴走した。
火がついたまま、のたうち回る。屋台にぶつかる。屋台が燃える。別の屋台に突進する。それも燃える。
「延焼するぞ!」
「このままじゃ町が火の海になる!」
◇
「真冬なのに……」
誰かが叫んだ。
「ありえない!」
「なんでこの時期に!」
「冬眠してるはずだろ!」
◇
リリアは見ていた。
芋虫たちの動きを。
——違う。
攻撃してきているんじゃない。
寒いのだ。
真冬に目を覚ました芋虫たち。本来なら土の中で眠っているはずの時期。寒さで死にかけている。
だから——熱を求めている。
冬男の炎。町中で一番大きな炎。その熱に引き寄せられて、まっすぐ突き進んでいる。
柵を壊しているのは、邪魔だから。
人を弾き飛ばしているのは、道にいたから。
屋台を燃やしているのは、火がついて暴走しているから。
彼らは攻撃しているんじゃない。
ただ——暖を取ろうとしているだけだ。
◇
だが、そんなことは関係ない。
このままでは町が燃える。人が死ぬ。
理由がなんであれ、止めなければならない。
◇
冒険者たちが駆けつけた。
剣を抜く。槍を構える。魔法の詠唱が聞こえる。
「押し返せ!」
「町を守れ!」
◇
剣が芋虫の体を斬りつけた。
——弾かれた。
分厚い皮膚。剣が通らない。
「硬い!」
「刃が立たねえ!」
◇
炎の魔法が放たれた。
芋虫の体を焼く。——焼いたはずだった。
だが、芋虫はむしろ炎に向かって突進してきた。熱を求めて。
「逆効果だ!」
「火を使うな!寄ってくる!」
◇
リリアは見ていた。
——手段がない。
カミラのメイスはある。でも、冒険者の剣が弾かれるほどの相手だ。回復魔法は攻撃に使えない。
できることが、ない。
◇
その時——
轟音がした。
家畜小屋の方向から。
◇
芋虫が一匹、家畜小屋の壁を突き破っていた。
中から羊が飛び出してきた。メエメエと鳴きながら逃げていく。
そして——
カチ……カチ……
聞き覚えのある音がした。
でも、違う。いつもの澄んだ音じゃない。ひしゃげた金属が擦れる、不吉な音。
リリアは振り返った。
家畜小屋の残骸の中。灰色の毛並みが見えた。
「ベルちゃん!」
◇
駆け寄った。
ベルちゃんが倒れていた。壁の下敷きになっていたらしい。
体を動かそうとしている。でも、動けない。
前脚が——おかしな方向に曲がっている。
カチ……カチ……
首のベルがひしゃげていた。揺れるたびに、壊れた音が鳴る。
「……脱臼してる」
リリアは息を呑んだ。
前脚の関節が外れている。このままでは——
——馬やロバの脚の脱臼は、致命傷になることが多い。
——自力で立てなくなれば、内臓が圧迫される。
——安楽死を選ぶしかないケースも多い。
「……させない」
◇
「オルフェさん!」
叫んだ。
オルフェが駆け寄ってきた。
「手伝って。ベルちゃんを押さえてて」
「え、でも、まだ芋虫が——」
「いいから!」
◇
オルフェがベルちゃんの体を押さえた。
リリアは前脚を掴んだ。
ベルちゃんが暴れようとする。痛いのだ。
「大丈夫、大丈夫だから……」
オルフェがベルちゃんの首を撫でている。
「ごめん、少し痛いよ……」
リリアは脱臼した関節を見た。
——ここだ。
両手で脚を掴む。角度を確認する。
「——!」
一気に押し込んだ。
ゴキッ。
嫌な音がした。ベルちゃんが悲鳴を上げた。
でも——入った。関節が戻った。
◇
すぐに回復魔法を発動した。
緑色の光がベルちゃんの脚を包む。
損傷した靭帯。炎症を起こした組織。骨にできた亀裂。
全部、治していく。
「……大丈夫、大丈夫……」
オルフェがずっとベルちゃんを撫でている。
ベルちゃんの震えが、少しずつ収まっていく。
◇
治療が終わった。
ベルちゃんがゆっくりと立ち上がった。
前脚を地面につける。体重をかける。
——歩けた。
「良かった……」
オルフェが安堵の息を吐いた。
リリアはベルちゃんの頭を撫でた。
カチ……カチ……
ベルはまだ壊れた音を立てている。でも、ベルちゃんは生きている。
◇
「うわああああ!」
悲鳴が聞こえた。
振り返る。
冒険者が一人、芋虫に吹き飛ばされていた。壁に叩きつけられて、動かない。
◇
リリアは立ち上がった。
まだ芋虫が残っている。まだ炎が燃えている。
冒険者たちでは、止められない。
このままでは——もっと犠牲が出る。
◇
——これ以上、犠牲は出させない。
人だけじゃない。動物たちも。
◇
体の奥から、熱が込み上げてきた。
最終救護——その力が応える。
◇
光が収束した。
リリアの手の中に、鉄の塊が現れる。
6本の銃身。回転式の給弾機構。木製のグリップ。
——鋼鉄の守護神。
◇
「なんだ、あの武器……?」
冒険者が目を丸くした。
◇
炎に照らされた広場。
燃える屋台。のたうつ芋虫。逃げ惑う人々。
リリアは構えた。
◇
ハンドルを回した。
◇
轟音。
夜空を引き裂く音。
6本の銃身が回転する。火を噴く。
鉄の嵐が芋虫たちを襲った。
◇
先頭の芋虫が弾け飛んだ。
炎ごと。文字通り、弾け飛んだ。
弾丸が体を貫く。一発じゃない。毎秒6発。緑色の体が穴だらけになっていく。
体液が飛び散った。緑色の、生臭い液体。炎を消しながら広場に降り注ぐ。
◇
二匹目。三匹目。四匹目。
次々と現れる。次々と焚き火に向かう。次々と撃ち抜く。
畑の方から来ている。東の畑を食い尽くして、そのまま熱を求めて町に来たのだ。
——蛹になろうとしている。
リリアは理解した。
本来なら来年の幼虫が蛹になる。でも、真冬に目覚めた彼らは、寒さをしのぐために早く成長しようとしている。だから畑を食い荒らした。
そして、食べ尽くした後——熱を求めて、ここに来た。
◇
最後の一匹。
焚き火のすぐ手前で、体を丸めて動かなくなっていた。
火の熱を浴びて、動けなくなっている。体が震えている。
——寒いのだ。
真冬に目覚めてしまった。寒くて寒くて、暖を求めて、ここまで来た。
でも、火に近づきすぎた。
体が焦げ始めている。でも、離れられない。離れたら、もっと寒い。
◇
リリアは銃口を向けた。
芋虫が顔を上げた。無数の眼がリリアを見た。
怯えていた。
この巨大な生き物が怯えていた。
◇
——助けられない。
回復魔法で火傷は治せる。でも、真冬の寒さから守ることはできない。
この子は、春まで生きられない。
◇
芋虫の体が震えている。
寒くて。熱くて。どこにも行けなくて。
ただ、苦しんでいる。
◇
リリアは、銃口を下げられなかった。
「……ごめんね」
声が震えた。
「せめて、苦しまないように」
◇
ハンドルを回した。
頭部が消し飛んだ。
一瞬だった。
◇
静寂が戻った。
銃身の回転が止まる。硝煙が立ち上る。
冬男の残骸がまだ燃えている。その周りに、芋虫の死骸が転がっている。
◇
被害を確認した。
東の畑の一部。柵。家畜小屋。屋台がいくつか。
人的被害は——
「怪我人は!」
「軽傷が何人か!」
「死人は出てないぞ!」
◇
間に合った。
初動で止められた。芋虫たちが町の中心部に到達する前に、ほとんど撃ち抜けた。
燃えた屋台は三つ。家畜小屋は一棟。柵は何箇所か。畑は東の一部だけ。
被害は、最小限で済んだ。
◇
「やったぞ!」
誰かが叫んだ。
「勝った!」
「災厄を倒したぞ!」
冒険者たちから歓声が上がった。
◇
その時——
鋼鉄の守護神が、淡く光り始めた。
リリアは手の中の武器を見た。
光の粒子になって、溶けていく。6本の銃身が。回転式の給弾機構が。木製のグリップが。
——消えた。
役目を終えた武器は、光となって消える。
◇
「待ってください」
オルフェが言った。
「これで終わりとは思えません」
「……どういうことだ?」
冒険者の一人が振り返った。
オルフェは空を見上げた。赤い月が、まだ輝いている。
「子守唄を思い出してください。『虹色の羽が、降りてくる』——羽です。芋虫には羽がない」
「……蝶になる、ってことか」
「はい。これだけの数がいるなら、どこかに巣があるはずです。蛹が」
冒険者たちの顔が強張った。
「探そう」
「夜明け前に見つけないと」
◇
洞窟があった。
町から少し離れた、山の麓。
冒険者の一人が芋虫の這った跡を見つけたのだ。粘液が光っている。
別の冒険者が松明を掲げた。
リリアも後に続いて中に入った。
◇
奥にそれはあった。
繭だ。
人の背丈の、二倍はある。白い糸で紡がれた、巨大な繭。
動いていない。
「死んでるのか……?」
冒険者の一人が剣を抜いた。
「念のため、刺しておくか」
剣先が繭に触れた。
——弾かれた。
「硬い……!」
「どけ、俺がやる」
別の冒険者が斧を振り下ろした。
鈍い音がした。繭の表面に傷がついた。——それだけだった。
「なんだこれ、鉄みたいに硬えぞ」
◇
「焼きましょう」
リリアが言った。
◇
リリアは繭を見つめた。
——もし、この中で何かが育っていたら。
——もし、これが孵化したら。
——もっと大きな災厄になる。
ここで終わらせる。
◇
体の奥から、熱が込み上げてきた。
最終救護——その力が応える。
光が収束した。
リリアの手の中に、金属の筒が現れる。
——火竜の吐息。
◇
火竜の吐息を構えた。
炎が繭を包んだ。
轟音。洞窟の中が赤く染まる。
周りの岩が焦げた。地面の粘液が蒸発した。
そして——繭の表面が、黒く炭化していく。
◇
「燃えてる……!」
「効いてるぞ!」
冒険者たちが声を上げた。
◇
火竜の吐息が、淡く光り始めた。
光の粒子になって、溶けていく。
——消えた。
◇
繭は真っ黒に焦げていた。
「……大丈夫そうですね」
リリアが言った。
「ああ、こんだけ焼けば死んでるだろ」
「中まで火が通ったはずだ」
冒険者たちが頷いた。
◇
洞窟を出た。
東の空が白み始めていた。夜明けだ。
町の方から、歓声が聞こえた。
◇
英雄だった。
町に戻ると、人々が拍手で迎えてくれた。
「ありがとう!」
「町を救ってくれた!」
「災厄を倒してくれた!」
冒険者たちが胸を張っている。
「こんなもんだ」
「伝説なんて大げさだったな」
「芋虫程度で災厄とはな」
笑い声が上がった。
◇
リリアは少し離れた場所に立っていた。
オルフェが近づいてきた。
「すごかったですね、リリアさん」
「……たまたまです」
「あの武器、何なんですか?」
「……治療器具です」
「治療器具……?」
オルフェが首を傾げた。
リリアは答えなかった。
◇
町は安堵に包まれていた。
「災厄は終わった」
「伝説なんて嘘だった」
「芋虫程度で大げさな」
人々が笑っている。
◇
リリアは空を見上げた。
朝焼けの空。赤い色が残っている。
さっきまで燃えていた屋台の残骸。焦げた柵。壊れた家畜小屋。
被害は少ない。人は死んでいない。
でも——
◇
あの芋虫たち。
真冬に目覚めて、寒くて、暖を求めて、ここまで来た。
彼らだって、好きで来たわけじゃない。
本来なら、土の中で眠っていたはずだ。春まで、静かに眠っていたはずだ。
何かが——狂わせた。
◇
——虹色の羽が、降りてくる。
歌の一節が頭をよぎった。
羽。
芋虫には、羽がない。
「……考えすぎか」
リリアは視線を落とした。
きっと、迷信だ。もう終わったのだ。
そう思うことにした。
◇
だが、リリアたちは知らなかった。
——絹は、難燃性の天然繊維。
——高熱で溶けず、炭化する。
——表面が焦げても、中には届かない。
繭の中では——何かが、静かに目覚めようとしていた。
久しぶりにガトリング砲を大活躍させました!
最近、最終救護まで溜めすぎて、離れてしまった方もいるので1章の時より早く発動です!
タイトル「ガトリング砲を使います」なのに、1章以外では役に立たず、4章ではとうとう1度も使わずじまいでタイトル詐欺に拍車がかかる所でしたがこれで大丈夫でしょう!!!




