夜明け
数日後。
カミラは、自分の太ももを見た。
深い刺し傷があった場所。動脈を切られた致命傷。跡形もなく消えている。
殴られて内出血を起こした顔も、腫れ上がっていた頬も、元通り綺麗になっていた。
『極寒の息吹』でイボを取った跡。本来なら色素が沈着し、シミになってしまう恐れもあった。それすら、何もなかったかのように再生されている。
腕を見た。
うっすらと、産毛が光っている。
カミラは、唇を噛んだ。
たかが、こんな事で。たかが、処理した産毛がまた生えだけで。
大げさにリリアをなじった自分。「気持ち悪い」と言った自分。パーティーから追い出した自分。
◇
「……あの」
カミラが、リリアの前に立っていた。
もじもじしている。顔が赤い。
「……一つ、頼みがあるの」
リリアが、首を傾げた。
「……あなたの、あの冷気の道具……」
「え……」
「あれがあれば、スライムを……初期段階で止められるのよね?」
リリアは、頷いた。
「私も使えるようになりたいの」
「だから、魔法学校に入り直すわ。氷魔法を、一から学ぶ」
「カミラさん……」
「冒険者は引退する。もう、戦うだけの人生は終わり」
カミラは、自分の腕を見た。うっすらと産毛が光っている。
「あなたに命を救われた。この腕も、この足も、全部あなたが治してくれた」
「……」
「だから……今度は私が、誰かを救いたい」
カミラの声が、震えた。
「スライムの被害者を、一人でも減らしたいの」
リリアは、黙って聞いていた。
「……それで、頼みがあるの」
「はい」
「あなたの風の魔法……初歩から教えてくれないかしら」
リリアが、目を丸くした。
「風の魔法?」
「そ、そうよ!」
カミラの顔が、さらに赤くなった。
「あなたがパーティー時代に使ってた……戦闘の役に立たないって……私が……」
言葉が詰まる。
「……キャスターの勉強、一からやるの……だから、初歩から教えて……」
顔は真っ赤だった。
リリアが、少し笑った。
珍しく、ちょっとだけ得意げな顔。
「いいですよ」
「でも、覚悟してくださいね」
「?」
「プチヒール1の10倍は難しいので」
カミラの顔が、青くなった。
「……え」
「……初歩なのに……?」
リリアが、にっこり笑った。
「冗談です」
「っ……!」
カミラの顔が、真っ赤になった。
「あ、あんたね……!」
リリアが、くすくす笑っている。
珍しい。こんなリリア、パーティー時代には見たことなかった。
カミラは、ふと思った。
(……私が、笑わせなかっただけか……)
「……あなたみたいに、なってみせる」
今度は、素直に言えた。
かつて、魔法学校の初日。朝の光の中、淡い色の髪が揺れていた。
目が離せなかった。なのに、声をかけられなかった。
何年もかかった。たったこれだけのことに。
◇
街道の分かれ道。
東へ向かう道と、西へ向かう道。
二人は、並んで立っていた。
「……ねえ、ちょっと待って」
カミラが、腰のベルトに手をかけた。
メイスを外す。
銀色の柄。重厚な頭部。使い込まれて、ところどころ傷がある。でも、丁寧に手入れされていた。
「これ、持っていきなさい」
「え……?」
「あなたの棍棒、もうボロボロじゃない」
リリアは、自分の棍棒を見た。
確かに、ボロボロだった。魔法学校の初期に、現地調達の実習で作ったもの。何度も使い込んで、木がささくれ立っている。持ち手には雑に滑り止めの布が巻かれている。
「でも、これはカミラさんの……」
「師匠から受け継いだものよ。その師匠も、また誰かから」
カミラが、メイスをそっと撫でた。
「何代も、ヒーラーの手を渡ってきた」
「そんな大事なもの、私には……」
「だから、あなたに渡すの」
カミラが、メイスをリリアに押し付けた。
「今度会ったら返してね」
「……」
リリアは、メイスを受け取った。
ずしりと重い。カミラだけじゃない。何人ものヒーラーが、この重さを握ってきた。
「……じゃあ、これ」
リリアが、棍棒を差し出した。
「え? こんなボロ……」
「預かっててください。返してもらう時に、交換しましょう」
カミラは、目を丸くした。
それから、ふっと笑った。
「……分かったわ」
ボロボロの棍棒を、受け取った。
◇
街道の分かれ道。
右へ向かう道と、左へ向かう道。
二人は、並んで立っていた。
「……じゃあ、私は王都の方へ行くわ」
カミラが言った。
「魔法学校に入り直すなら、手続きがあるから」
「……はい」
「あなたは?」
「私は……」
リリアは、遠くの山並みを見た。
「まだ、行ったことのない場所がたくさんあるので」
「……そう」
風が、二人の髪を揺らした。
「……ねえ」
カミラが、口を開いた。
「また、会えるわよね」
「……はい」
リリアが、小さく笑った。
「風魔法のお礼に、闇魔法を教えてもらう約束ですから」
「……ふふ」
カミラが、口元を緩めた。
「教えないと、Gランク固定50年だったわね」
「……え」
「でも、エンクレイヴ帝国も割と良いところかもしれないわよ? 紅茶は飲めないけど」
「……っ」
リリアが、吹き出した。
「カミラさん、そういうの言うんですね」
「あなたのせいよ」
カミラも、笑っていた。
「……元気で」
「……カミラさんも」
背を向けた。
歩き出した。
振り返らなかった。
カミラも、振り返らなかった。
右と左。
二人の足音が、少しずつ遠ざかっていく。
やがて、聞こえなくなった。
◇
リリアは、一人で歩いていた。
青い空。白い雲。穏やかな風が、頬を撫でていく。
隣には、誰もいない。
また、一人だ。
でも——
腰には、カミラのメイス。
荷物の中には、『最高の鉱山技師 リリア』と刻まれた銅のインゴット。
——また、会える。
カミラさん、お話が「捨てられ聖女」だった頃のあとがきで
『この章が終わるころには、きっとこの子が好きになりますから!!!!』って
書きましたけどいかがでしたか?
リリアさんが言ってた「彼女の本当の姿」も、ご覧の通りです。
好みは人それぞれですが、1人でもちょっとは好きになってくれた方がいたら良いな。
スライム転生編、次回で完結です。
章の最後はいつものです。
たぶん、読者の半分くらい存在をすっかり忘れているマーカスさんパートです!




