残響
残響
リリアは、膝をついたまま動けなかった。足元に散らばった遺品を、ただ見つめていた。
赤い羽根のついた帽子。アッシュのもの。
スエード皮のグローブ。レイドのもの。
錬金術師ギルドのモノクル。ゼクスのもの。
いつから、スライムだったんだろう。最初から? それとも、この村に来てから?
分からない。もう、誰にも分からない。
隣で、カミラが座り込んでいる。顔は蒼白。でも、息はある。
◇
「おい」
背後から、声がした。聞き慣れた、力強い声。
「リリア。大丈夫か」
リュウだ。リリアは、息を吐いた。
よかった。リュウさんは無事だった。
かちゃ。かちゃり。
歩くたびに、金属音がする。プレートメイルの音。
リュウが助けてくれた時、いつもこの音がしていた。一番安心する音だった。
涙を拭って、振り返った。
◇
プレートメイルが、立っていた。
「……え……?」
鎧だけが、立っている。銀色の胸当て。鷲と剣の紋章。首元のスカーフの下に、グリフォンの家紋がちらりと見える。由緒ある名家の——
中にリュウがいない。まるでトルソーに掛けられたように、鎧だけが直立している。
リリアは、小さく笑った。こんな時に、いたずらなんて。張り詰めた空気を和らげようとしてくれたのだ。リュウさんらしいな。
「リュウさん、どこに隠れてるんですか?」
机の下を覗く。いない。扉の陰を見る。いない。
「もう出てきてください。隠れなくていいですよ」
「隠れてなんかいない」
声は、プレートメイルの方から聞こえた。
リリアは、ゆっくりと鎧に目を向けた。兜の奥。顔があるはずの場所。透明な、ゼリー状の塊が蠢いていた。
「俺はここにいる」
リュウの声で、スライムが喋っていた。
「……ひっ……」
リリアが、後ずさった。
「なんだ、その目は」
リュウの声が、低くなった。
「俺を見る目じゃないな」
「リュウ、さん……」
「お前だな」
鎧が一歩踏み出した。かちゃりと音が鳴る。
「お前がやったんだな、リリア」
「ち、違う……」
「違わない!」
スライムが、周囲を指差した。
「見ろ! この惨状を! アッシュは! レイドは! ゼクスは!」
「お前が殺したんだろうが!」
「違う……! 私は治療を……」
「あはは」
スライムが、笑い始めた。最初は小さく。やがて、狂ったように。
「あははははは! 治療だって!」
「お前の変な霧吹きを使った奴は、みんな死んだじゃないか!」
「これが治療か! あははははは!」
「やめて……」
「カミラの言う通りだった!」
リュウの声が、甲高く響いた。
「お前は使えないヒーラーなんかじゃない! 人殺しだ!」
「あははははは!」
笑いながら、スライムは続けた。
「最初から気に入らなかったんだよ、お前」
「どこの馬の骨とも知れない流れ者のくせに」
「アッシュに気に入られて、レイドに気に入られて、ゼクスに気に入られて」
「俺たちの輪に、するりと入り込んできやがって」
「あははは! 何様のつもりだ!」
リリアの目から、涙が溢れた。
「お前みたいな奴、最初から来なければよかったんだ」
「お前が来たから、みんな死んだ」
「お前のせいだ」
「お前のせいで、全部終わったんだ!」
「あはははははは!」
◇
狂ったように笑いながら、スライムが足元に落ちていた『極寒の息吹』を拾った。
「証拠を見せてやる!」
「俺は人間だ! これをかけても何も起きない!」
「そうすれば、お前が殺人鬼だと証明できる!」
篭手を外し、左腕に吹き付ける。
しゅうううう。
白い煙が、腕を包んだ。
ぱきり。
男の腕——いや、骨組織も無い、腕のように見えた部位は、凍りついてぽっきりと落ちた。
鎧の中から、スライムが零れ落ちる。
「あはははは、なんだよこれ」
「俺はスライムじゃない! 人間だ!」
左足にも、液体窒素をかける。そして右足にも。
ブーツの上、ふくらはぎの途中で脚がぽっきり折れる。
地面に転がり倒れるリュウ。
もはや頭部と胴体と右腕だけしか残っていない。
◇
笑い声が、止まった。
傍らに散らばった剣。その刀身に、自分の姿が映っていた。
兜の奥で蠢くスライム。もう人の形をしていない何か。
「……あはは……」
「……俺も、だったのか……」
声が震えていた。笑っているのか、泣いているのか、もう分からなかった。
「……俺も、スライムだったのか……あはははは……」
目の付く場所に落ちていたナイフを、残った右腕で拾い上げた。
ついさっき、村人がカミラの太ももに刺した血まみれのナイフ。その後、スライム同士の壮絶な殺し合いにも使われたが、人間であるカミラの血だけは、しっかりと残っていた。
「スライムは、殺さなきゃな!」
「リュウさん……!」
「お前のせいだ、リリア!」
スライムが叫んだ。
「お前が来なければ、俺は幸せだった!」
「お前が来なければ、俺は人間のまま死ねた!」
「あはははははは!」
ナイフが、兜の奥に突き立てられた。
「なんだよ、ナイフは血まみれなのに」
「血の一滴も出やしねぇ……」
それが最後の言葉だった。
プレートメイルが、崩れ落ちた。
がしゃん、と大きな音を立てて。
◇
静寂。
リリアは、立ち尽くしていた。
リュウの言葉が、頭の中で響いていた。
私のせい。私が来たから。みんな死んだ。
全てが、終わった。
そう思った、その時。
リュウだったもの。地面に広がるゲル状の塊。
その中で、何かが蠢いた。
スライムのコアだった。
拳ほどの大きさの、脈打つ核。
コアが、激しく震えた。うねうねと、塊の中から這い出してくる。
リリアに向かって、跳ねた。
速い。避けられない。
リリアは、動けなかった。
◇
ざしゅっ。
ナイフが、コアを貫いた。
コアが、地面にべちゃりと落ちた。ぴくぴくと痙攣して、動かなくなった。
リリアは、振り返った。
カミラが、立っていた。
血まみれ。顔は蒼白。足を引きずっている。それでも、立っていた。ナイフを握りしめて。
「この村で一つ大事な事を学んだわ」
カミラが、地面に転がるコアを見下ろした。
「スライムは殺さなきゃね。そうでしょ、リュウ?」
言葉が、途切れた。
「いえ……本当のリュウは……」
カミラの唇が、震えた。眉が歪む。何かを堪えるように、ぎゅっと目を閉じた。
本当のリュウは、いつからいなかったのだろう。
あの笑顔は、あの声は、あの優しさは。どこまでがリュウで、どこからがスライムだったのか。
もう、誰にも分からない。
カミラは、目を開けた。濡れた睫毛が、光を反射していた。
◇
窓の外。
空が、白み始めていた。
夜明け。
長い夜が、終わろうとしていた。
メリークリスマス!!! (※公開日は12/26の20時ごろです)
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
クリスマスイブ、聖夜の晩のリリアさんとリュウの甘~い一夜。
いかがだったでしょうか?
この回、最初はクリスマス前に公開だったので
何とかクリスマスの2日に地獄絵図が来るよう
前半の「あまあま追放聖女溺愛パート」をボリュームアップしました。
その結果、最初は設定が無かった「アッシュ、ゼクス、レイドの遺品」や
鎧の家紋の描写、モノクルを外すと表情が変わるお話が増えて、絶望が増した気がします。
あまりに唐突すぎる、謎の甘々パートをやりすぎて、新章突入時に困惑する感想もいただいてしまったのは、本当に申し訳ないです。
リリアさんからのクリスマスプレゼント、いかがでしたか?




