捨てられ聖女はなぜか【追いかけ】られます
久しぶりのベッドだった。
柔らかい。温かい。三日間、野宿と歩き通しだったから、体がじんわり沈み込むのが気持ちよかった。
なのに、眠れなかった。
天井をぼんやり見つめたまま、朝が来てしまった。
◇
食堂に降りると、4人が先にいた。
「おー、おはよう」
アッシュがぶんぶん手を振ってくる。昨日と同じ席。昨日と同じ笑顔。
「……おはようございます」
「顔色悪いな」
リュウが言った。青い目がじっとこっちを見ている。
「……少し、眠れなくて」
「慣れない場所だと眠れないタイプ?」
レイドが頬杖をついて訊いてくる。
「……たぶん」
「分かるー。ボクも最初そうだった」
席に着くと、目の前にパンとスープがことんと置かれた。女将さんが「しっかり食べな」と言って去っていく。
食べた。昨日より、ちゃんと味が分かる気がした。
「なあ」
リュウが口を開いた。
「今日、俺たちと一緒に依頼を受けないか」
スプーンが止まった。
「ボクたち、ヒーラー不足でさ」
レイドがにこにこ笑う。
「お前がヒーラーだろうが」
アッシュがすかさず突っ込む。
「ボク一人じゃ回復追いつかないんだもん。この人たち無茶するから」
「……」
ゼクスが小さくこくりと頷いた。
「ヒーラーが2人も……」
思わず声が出た。
「ドラゴンとでも戦うんですか」
「そんな依頼受けねえよ」
アッシュが笑った。
「まあでも、ヒーラー2人は多いか」
顎に手を当てて、うーんと考える素振り。
「じゃあゼクス、お前が抜けろよ」
肩をすくめながら、へらへら笑っている。
「追放だ追放」
——音が、遠くなった。
追放。
頭の中で、その言葉がびょんびょん跳ねる。
「——リリア?」
誰かの声がする。遠い。水の底から聞こえるみたいに、くぐもっている。
息が吸えない。
吸おうとしてる。でも空気が喉を通らない。
胸が痛い。ぎゅうぎゅう締め付けられてる。
テーブルの端をぎゅっと掴んだ。指先の感覚がない。
「おい」
椅子を引く音がした。
駄目だ。
こんな姿、見せたくない。
「——すみ、ません」
立ち上がった。膝ががくがく笑ってる。
「外の、空気」
背を向けた。歩いた。扉を押した。
◇
外に出た。
壁に背中をべたっと預けて、しゃがみ込む。
息を吸う。吐く。
冷たい朝の空気が、肺にすうっと入ってくる。
「……っ」
大丈夫。大丈夫。
ゆっくり、息を整える。
……落ち着いてきた。
顔を上げようとした時、足音がした。
軽い。小さい。
扉が開いて、誰かが出てきた。
黒髪が揺れた。琥珀色の目が、じっとこっちを見ている。
ゼクスだった。
「……」
何も言わない。
かちゃり、と小さな音がした。モノクルを外している。
錬金術師ギルドの紋章が刻まれた、あのモノクル。ポケットにしまうと、ゼクスの顔が変わった。
きりっとした印象が消えて、柔らかくなる。年相応の、幼い顔。
ただ、リリアの隣に来て、同じように壁に背中を預けた。
しゃがみ込む。膝を抱える。
同じ姿勢。同じ目線。
「……」
息を吸う。吐く。それだけでいい気がした。
ゼクスは何も聞いてこない。何があったのかも、どうして飛び出したのかも。
ただ、隣にいてくれる。
「……ごめんなさい」
リリアが言った。
「急に出て行って」
ゼクスが首を横に振った。ゆっくり、一度だけ。
それから、小さくぺこりと頭を下げた。
——ごめん。
そう言っているように見えた。
「……いえ」
リリアも首を振った。
「私の方こそ」
ゼクスが顔を上げた。琥珀色の目が、じっとこっちを見ている。
優しい目だった。何も求めない目。
「……戻りましょうか」
リリアが言うと、ゼクスがこくりと頷いた。
立ち上がる。膝の震えは収まっていた。
ゼクスがポケットからモノクルを取り出した。かちゃり、と装着する。
——顔つきが、きりっと戻った。
さっきまでの柔らかさが消えて、錬金術師ギルドの一員に戻る。
ゼクスが先に扉を開けて、リリアを待っている。
——この子、女の子じゃなかったっけ。
昨日、アッシュが「お前男だろ」と言っていたのを思い出した。でも、どっちでもいい気がした。
◇
食堂に戻った。
何か、揉めている。
テーブルの周りに、3人じゃなくて4人いた。
赤い髪が見えた。
——カミラ。
「だから、ヒーラー不足なんでしょう?」
聞き覚えのある声。高くて、自信たっぷりの声。
「私を入れれば解決するじゃない」
カミラが腕を組んで立っている。リュウたちのテーブルの前で、堂々と。
「……」
リュウは黙っている。アッシュは眉を寄せている。レイドは頬杖をついたまま、どこか冷めた目で見ている。
「私、これでも結構優秀なのよ? 詠唱速度も回復量も、並のヒーラーの倍はあるわ」
カミラの目が、入り口を向いた。
リリアと目が合った。
「あら」
口の端がつりあがる。
「リリアじゃない。ちょうどいいわ」
すたすたと近づいてくる。リリアの足が、思わず一歩下がった。
「ねえ、あなたからも言ってあげて」
カミラが振り返って、リュウたちを見る。
「私の方があの子より優秀だって。ねえ、リリア? あなた、自分の実力は分かってるでしょう?」
声が出なかった。
分かってる。カミラの方が優秀だ。詠唱も速い。回復量も多い。判断も的確。
自分は、足手まといだった。それは、事実だ。
だけど、ヒーラーは自分自身を回復できない。前線で深手を負ったカミラを回復したのは、リリアだった。
それが、追放の原因だった。
「……」
俯いた。何も言えなかった。
「ほら、本人も認めてるじゃない」
カミラが笑う。
「だから——」
「断る」
低い声が遮った。
リュウだった。
椅子から立ち上がっている。青い目が、まっすぐカミラを見ていた。
「ヒーラーは間に合ってる」
「は? だって、さっき不足してるって——」
「気が変わった」
「意味が分からないわ。私の方が優秀なのよ? 数字で見れば明らかじゃない」
「数字の問題じゃない」
リュウが一歩、前に出た。
「いくら能力が高くても」
低い声が、静かに響く。
「仲間を貶めるやつには、背中を預けられない」
カミラの顔がこわばった。
「……何ですって」
「帰ってくれ」
「私は、ただ事実を——」
「帰れ」
二度目は、もっと冷たかった。
カミラの目が見開かれた。それから、顔がみるみる赤くなっていく。
「……っ、覚えてなさい」
吐き捨てるように言って、カミラは食堂を出て行った。
扉がばたんと乱暴に閉まる音がした。
◇
リュウがこっちを向いた。
「……すまなかった」
「え」
「朝、追い詰めるような言い方をした。悪かった」
頭を下げられた。
リリアは慌てた。
「い、いえ、私の方こそ、急に出て行って」
「気にするな。こっちが悪い」
「いや関係ないでしょリュウ、言ったの俺だし」
アッシュが頭をがしがし掻いている。
「俺も悪かった。軽く言いすぎた」
「ボクも配慮が足りなかったね」
レイドが苦笑いしている。
「……」
ゼクスがリリアの隣で、小さくぺこりと頭を下げた。さっきと同じ仕草。
「あの」
リリアは戸惑っていた。
謝られるようなことじゃない。自分が勝手に反応しただけだ。
「気にしないでください。私が、その……過剰に反応しただけなので」
「でも」
「本当に、大丈夫です」
無理に笑った。たぶん、うまく笑えてなかった。
リュウがじっとこっちを見ている。何か言いたそうな目だった。
でも、何も聞いてこなかった。
「……分かった」
それだけ言って、席に戻った。
「とりあえず飯食おうぜ。冷めちまう」
アッシュが空気を変えるように言った。
「リリアさんも座って。まだ残ってるでしょ」
レイドが椅子を引いてくれた。
「……はい」
席に着いた。
冷めかけのスープを口に運ぶ。
ゼクスが隣に座った。小さな手が、パンをこっちにそっと押してきた。
「……ありがとうございます」
受け取った。
口に入れると、ほんのり甘かった。
——明日は、一人で依頼を探そう。
そう決めた。
「捨てられ聖女」第2話、いかがでしたか?
カミラさんが本格的に介入してきましたね。
この子、悪い子じゃないんですよ。信じてください!
この章が終わるころには、きっとこの子が好きになりますから!!!!(目をそらしながら)




