水着……買うか……
貸し切り状態のビーチ。
白い砂浜。青い海。雲一つない空。
パラソルの下で、一人の男が昼寝をしていた。
マーカス。
ギルドの調査員。
脇には、飲み干したトロピカルジュースの空のグラス。派手なオレンジ色の液体の跡が、グラスの内側に残っている。
皮だけ残ったフルーツ盛り合わせ。マンゴー、パパイヤ、パイナップル。南国の果物ばかりだ。
三角のコーンチップスが数枚、皿に残っていた。
カモメが一羽、降りてきた。
チップスをくわえて、飛び去っていく。
マーカスは、気にもとめない。
波の音。
潮風。
心地よい日差し。
しばらくして、マーカスは目を開けた。
伸びをする。
羽織っていた薄手のウインドブレーカーを脱いだ。
「……ひと泳ぎするか……」
立ち上がろうとした時、足元に何かがいた。
カニだ。
小さなカニが、こちらを向いている。
ハサミを上げ下げしている。まるで体操をしているかのように。
マーカスは、小さく笑った。
「……おっと、準備体操しないとな……」
時は遡る。
数日前。
鉱山町クッパーフェルト。
鉱山の町、と聞いていた。
だが、目の前に広がるのは、青い空と青い海。白い砂浜。潮の香り。まるで常夏のリゾート地だ。
マーカスは、額の汗を拭った。
「……聞いてないぞ……」
マーカスの服装は、ギルド支給の旧制服。冬装備。厚手の上着。長袖。
暑い。蒸れる。
「……脱ぎたい……」
だが、脱げない。調査員は情報漏洩を警戒しなければならない。「うっかり上着をどこかに忘れる」は許されない。どんなに暑くても、脱ぐわけにはいかない。
マーカスは、溜息をついた。
「……くそ……」
「……アイツがこの町にいるって情報が急に入ったせいで……」
「……準備する暇もなかった……」
町を歩く。
閉山間際で、人もまばらだ。寂しい街。かつては賑わっていたのだろう。だが、今は静かだ。
ギルドの場所は、すぐに分かった。
玄関の前に、花壇があった。
鮮やかな黄色い花が咲いている。
マーカスは、足を止めた。
この花。マーカスの支部がある街では、真夏に咲く花だ。
四ヶ月前まで支部にいて、まめに花壇の手入れをしていた同僚を思い出す。
あいつも、この花を育てていた。
「……花好きってのは、どいつもこいつも黄色い花が好きなのか……」
マーカスは、呟いた。
ギルドの扉を開けた。
中は涼しい。
マーカスは、思わず声を漏らした。
「……ああ……生き返る……」
受付の男性が、すぐに顔を上げた。
「マーカスさん、お待ちしていました」
マーカスは、一瞬、眉をひそめた。
受付員が、にこやかに笑った。
「ロベルトと申します」
ロベルトは、マーカスの汗だくの様子を見て、すぐに奥へ引っ込んだ。
戻ってきた時、手にはグラスがあった。
水ではない。
派手なオレンジ色の液体。氷が浮かんでいる。ストローが刺さっている。
「どうぞ。マンゴーとパッションフルーツのジュースです」
マーカスは、受け取った。
一口飲む。
甘い。冷たい。美味い。
「……ありがとう……」
「この町に来る方は、皆さん同じ顔をされますので」
ロベルトは、にこやかに言った。
マーカスは、手帳を取り出した。
「……ああ……本題に入ろう……」
ロベルトが言った。
「魚人の調査ですね」
マーカスの手が、止まった。
ロベルトは、分厚い資料を取り出した。
「資料はこちらです。被害状況、モンスターの特徴、目撃情報、推定される侵入経路、すべてまとめてあります」
マーカスは、資料を受け取った。
パラパラとめくる。
詳細に書かれている。図解もある。時系列も整理されている。完璧だ。
「……これは……」
「お役に立てれば幸いです」
ロベルトは、にこやかに笑った。
マーカスは、資料を閉じた。
「……ありがとう。助かる」
「いえいえ」
ロベルトが言った。
「あ、それと」
「例のヒーラーですが」
マーカスは、顔を上げた。
ロベルトが続けた。
「ノイエンブルクに向かいましたよ。紹介状を書きましたので」
マーカスは、手帳にメモを取った。
『ヒーラー――ノイエンブルクへ』
「……そうか……」
「……また追いつけなかったか……」
ロベルトが首を傾げた。
「?」
マーカスは首を振った。
「いや、こちらの話だ。……ありがとう……」
ギルドを出た。
外は暑い。だが、さっきよりはマシに感じる。冷たいジュースのおかげだ。
資料を見る。完璧にまとめられている。
マーカスは、小さく笑った。
「……仕事が一瞬で片付いてしまった……」
空を見上げる。青空。眩しい。海が光っている。
「……せっかくだし……」
「……ここのビーチで数日バカンスさせてもらおう……」
壁の張り紙が目についた。ギルドの補給品一覧。
鉱山向けの道具のその下に、手書きの紙が一枚。
『水着あります』
上着を見る。
「……水着……買うか……」
そして、現在。
ビーチ。
マーカスは、準備体操をしていた。
腕を回す。屈伸する。足元のカニが、まだハサミを上げ下げしている。
「……よし……」
海に向かって歩き出す。
波打ち際。水が足に触れる。冷たい。気持ちいい。
ざぶん、と海に入った。
泳ぐ。
青い海。透き通った水。魚が泳いでいるのが見える。
気持ちいい。
仕事のことなんか忘れてしまいそうだ。
だが。
マーカスの頭の中には、一つの名前があった。
手帳に書いた、あのメモ。
『ヒーラー――ノイエンブルクへ』
浮かびながら、空を見上げる。
青い空。白い雲が、ゆっくりと流れていく。
マーカスは、呟いた。
「……今度こそ……」
「……逃がさない……」
その頃。
リリアは、東へ歩いていた。
銅のインゴットを胸に抱いて。
三人の想いを胸に。
知らずに。
罠へと。
読んでいただきありがとうございます。
三章「ビリリッ⚡常夏ビーチのドッキリ事件!」完結です。
最後の最後に来ましたね、水着サービス回。
「水着になるのお前かよ!」
明日から四章「カッチン◇スライムだって転生したいっ!」がはじまります。
「スライムの方が転生」
あまりに偉大な作品が存在していて誰も手を出さないブルーオーシャンに、私が挑戦します!(本当に?)




