最高の鉱山技師
数日が経った。
チーズをかけたシチューは、すっかり定番になっていた。
毎晩、リリアが固いチーズを削る。銅色のシチューに、白銀の粉雪が舞う。鉄ヒゲの器だけ、とろりと糸を引く。
「今日も美味いな」
「俺のも溶かしてくれ」
「だから猫舌なんだって」
「普通だ」
いつもの言い争い。いつもの笑い声。
温かい日々だった。
その日の朝。
四人は、坑道の入口に立っていた。
あの日以来、初めてだった。坑道の中を確認するために。
入口から覗き込む。
水は引いていた。黒焦げの死骸も、流されたのか、見当たらない。
だが、異変はすぐに分かった。
鉄ヒゲが、腰に手をやった。
「……ん?」
ハンマーを外そうとする。外れない。
「……取れねえ……」
ゴリゴリも腰に手をやった。
「……俺のノミも……」
「……くっついてる……?」
ディエゴが、トロッコのレールに近づいた。
腰のタガネを外そうとする。外れない。レールに、引っ張られている。
「……磁化してやがる……」
鉄ヒゲが眉をひそめた。
「磁化……?」
ディエゴが頷いた。
「雷が落ちると年に何本か、レールがこうなる」
「あの電撃だ。鉄に強い電流を流すと、磁石になる」
三人が坑道の中を覗き込む。レールが、奥まで延びている。全部、磁化している。
鉄ヒゲが、腕を組んだ。
「……こりゃ……工具を持って中に入れねえな……」
ゴリゴリが頷いた。
「鉱山仕事には工具が必須だ。工具なしじゃ何もできねえ」
ディエゴが、静かに言った。
「……ああ……」
リリアは、俯いた。
「……私の……せい……」
ディエゴが首を振った。
「違う」
「でも……」
「お前さんのおかげで俺たちは生きてる。それだけで十分だ」
鉄ヒゲが言った。
「そうだぜ、嬢ちゃん」
ゴリゴリも言った。
「命あっての物種だ」
リリアは、顔を上げた。
「……でも……鉱山が……」
ディエゴが、海を見た。朝日が昇っていく。
「……元々、閉山間際だった……」
「……春まであとわずかだったものが、少し早まっただけだ……」
あの日、採掘することがかなわなかったクッパーフェルト鉱山最後の、そして最高の銅鉱床。
だが、手をつけることなく金属の大樹からの電気を受けたからこそ、三つの命が、いま生きている。
あの最高の鉱床は、いわばこの鉱山への最後の分け前だ。
一山当てる機会は今でなくて良い。最高の仲間という財産にはかなわないからだ。
翌日。
詰所の食堂。四人が、テーブルを囲んでいた。
ディエゴが、口を開いた。
「……決めた。閉山する」
鉄ヒゲが頷いた。
「……そうか……」
ゴリゴリも頷いた。
「……まあ、仕方ねえな……」
ディエゴが続けた。
「魚人が掘ったトンネルもある。レールも磁化した。これ以上は危険だ」
鉄ヒゲが、窓の外を見た。
「三十年、世話になったな。この鉱山には」
ゴリゴリも窓の外を見た。
「ああ。いい鉱山だった」
ディエゴが、静かに言った。
「……ああ……いい鉱山だった……」
◇
リリアは、俯いた。
「……ごめんなさい……」
ディエゴが言った。
「謝るな」
「でも……」
「お前さんは俺たちを救った。鉱山より、命の方が大事だ」
鉄ヒゲが、にやりと笑った。
「新しい鉱山を探せばいい。俺たちゃまだまだ現役だ」
ゴリゴリが頷いた。
「北の山脈に行くつもりだ。まだ掘られてない場所があるらしい」
ディエゴも頷いた。
「……ああ……まだまだ、掘り足りねえからな……」
リリアの目から、涙がこぼれた。
「……皆さん……」
三人が、笑っている。
三十年の思い出が詰まった鉱山を失っても。笑っている。前を向いている。
数日後。
詰所の前。
リリアは、荷物をまとめていた。三人も、この町を去る準備をしている。
もちろん、詰所のいたる所にあった弟子たちの作品たちも一緒だ。そのせいで既に、荷車が三つ山盛りになっている。
ディエゴが、リリアの前に立った。
「これを」
手に、何かを持っている。
銅のインゴット。
でも、ただのインゴットではなかった。美しく輝いている。鎖がついている。刻印が刻まれている。
リリアは、目を丸くした。
「……これは……」
ディエゴが言った。
「閉山前に掘った、最後の銅だ」
鉄ヒゲが言った。
「俺が精錬した。ドワーフの鍛冶技術で、不純物を取り除いた。純度は最高だ」
ゴリゴリが言った。
「刻印と鎖は俺が作った。ノームの手工業だ」
リリアは、三人を見た。
「……三人で……?」
ディエゴが頷いた。
「ああ。嬢ちゃんへの礼だ。命を救ってくれた」
リリアは、首を振った。
「……でも……最後の銅は……」
「……聖都のラ=ミア神に捧げるものじゃ……」
閉山する鉱山から採れた最後の銅は、聖都のラ=ミア神殿に奉納する習わしがある。長年の恵みへの感謝を込めて。それが、鉱夫たちの伝統だ。
ディエゴが言った。
「俺たちゃ信者じゃねえ」
鉄ヒゲが言った。
「三十年、この鉱山で掘ってきた。神様に感謝したことは一度もねえ」
ゴリゴリが言った。
「感謝するなら、自分たちの腕と、一緒に掘った仲間にだ」
ディエゴが続けた。
「三人で相談した。最後の銅は嬢ちゃん……リリアに託すことにした」
リリアは、目を見開いた。
「……私に……?」
ディエゴが頷いた。
「神様より、リリアの方が俺たちを救ってくれた。当たり前だろう」
鉄ヒゲが笑った。
「そうだぜ。神様は雷を落とさねえが、リリアは落としてくれたからな」
ゴリゴリも笑った。
「見せてやりたかったぜ、リリア。あの魚野郎ども、黒焦げだったな」
リリアは、インゴットを受け取った。
重い。温かい。
刻印を見た。
表面に文字が刻まれている。
『クッパーフェルト銅鉱山』
『892年〜923年』
『最後の銅インゴット』
三十一年間の歴史が、ここに刻まれている。
裏面にも文字があった。
『ディエゴ』
『グルンヒル・ゴルディン・ファーレンシュタイン・ダー・ドライテ』
『ゴルゴルゴ・ゴリンダリウス・ゴンゴロメウス三世』
リリアは、小さく笑った。
「……長い……」
「うるせえ」
鉄ヒゲが言った。
「由緒正しい名前だ」
ゴリゴリが言った。
「……俺だけ短いがな……」
ディエゴが呟いた。
そして――
『最高の鉱山技師 リリア』
リリアは、息を呑んだ。
「……私の……名前が……」
ディエゴが言った。
「当たり前だ。リリアは俺たちの仲間だ」
鉄ヒゲが言った。
「リリアがいなけりゃ、最後の鉱脈まで辿り着けなかった。ガスを散らしてくれたからな」
ゴリゴリが言った。
「俺たちの世界じゃ、リリアは一流だ。それを形にしただけだ」
リリアの目から、涙が溢れた。
「……ありがとう……ございます……」
声が震える。インゴットを胸に抱く。
重い。温かい。三人の想いが、詰まっている。
そして、自分の名前も。
鉄ヒゲが、インゴットを見て言った。
「おお、こりゃ王都の宝石店に並べても恥ずかしくねえな」
ゴリゴリが聞いた。
「見たことあるのか」
鉄ヒゲが、にやりと笑った。
「一山当てた夢を見た時に、何度でもな」
ゴリゴリが鼻で笑った。
「また夢の話か」
三人が笑った。リリアも、涙を流しながら笑った。
鉄ヒゲが言った。
「リリア、元気でな」
ゴリゴリが言った。
「また会おうぜ。新しい鉱山を見つけたら、遊びに来い」
ディエゴが言った。
「……ああ……元気でな……」
リリアは、涙を拭った。
「……はい……皆さんも……」
頭を下げる。歩き出す。
背後から鉄ヒゲの声が聞こえた。
「おっと、大事な事を言い忘れてたぜ!」
「旨いチーズを見つけたら、お土産にたのむ!」
リリアは、振り返らずに右腕をぐっと掲げ、親指を立てた。
ここで振り返ると、きっと前に進むことができない。
三人が、見送っている。
リリアの背中が、小さくなっていく。
鉄ヒゲが言った。
「いい子だったな」
ゴリゴリが言った。
「ああ」
ディエゴが言った。
「……ああ……いい子だった……命の恩人だ……」
三人は、小さくなっていくリリアの背中を、いつまでも見ていた。
リリアは、銅のインゴットを胸に抱いて歩いていた。
重い。でも、温かい。
裏面の刻印を、指でなぞる。
『最高の鉱山技師 リリア』
(……私の名前……)
(……三人と同じ場所に……)
涙が、また溢れてきた。
(ディエゴさん……鉄ヒゲさん……ゴリゴリさん……)
(ありがとうございました……)
(いつか……また……)
紹介状を取り出した。
東の街、ノイエンブルク。
ギルドの受付員が勧めてくれた街。
(……どんな街だろう……)
(……今度こそ……)
ノイエンブルクまでは山道が続く。
峠を三つ越える必要があり、馬車を使わないと途中で野宿になる日もあるだろう。
リリアは鎖を首にかけた。
銅のインゴットを握りしめる。
三人の名前。自分の名前。
大事にそっとローブのポケットにしまう。
(……大丈夫……)
(……この子がいる……)
歩き続ける。
東へ。
この章、ネタ出し時点で「リリアが鉱山を磁化させたので閉山、追放」
とは考えていたのですが…
おじさん3人のキャラが立ちすぎて、何か良いお話になってしまった気がします。
元はこの回も、村人の大半が「港町なのに魚の臭いがダメになる」みたいな
話だったので考え直して良かったと思うぞ、ちょっと前の自分!
というか、君がこんなハートフルなお話を書けたの、正直びっくりだよ。
そういうキャラじゃなかっただろう。
一章のエルナさんの時に反応をいただいた方や、物語を引っ張ってくれたリリアさんたちの力のお陰です。
ありがとうございます。
クッパーフェルト鉱山編、次回ラストです!




