鉄ヒゲとゴリゴリ
日が暮れた。
さきほどまでの温かい潮風は、いつのまにか緩やかに海へ向かう風に変わっていた。
海沿いならではの、昼の海風と夜の陸風。これもリリアには初めての経験だった。
陸風に乗って、美味しそうな匂いがしてきた。
ぎゅるる~っ
リリアのお腹が鳴る。そういえば、山道を歩き通しで昼前にこの町に着いて、お昼ご飯も食べていなかった。
食堂へ向かう。
廊下を歩いていると、声が聞こえてきた。笑い声と、言い合う声。賑やかだ。
扉を開けた。三人の男がテーブルを囲んでいた。
ディエゴ。それから、背が低く髭が硬そうなドワーフ。さらに小さく、筋肉質なノーム。
「おお、来たか」
ドワーフが手を振った。
「こっちだ、こっちだ。座れ座れ」
リリアは、空いている席に座った。
「紹介する」
ディエゴが言った。
「こっちがドワーフの鉄ヒゲ」
「よろしくな、嬢ちゃん」
鉄ヒゲがにやりと笑った。髭が本当に鉄のように硬そうだ。
「本名はグルンヒル・ゴルディン・ファーレンシュタイン・ダー・ドライテだが、長いから鉄ヒゲでいい」
「……よろしくお願いします」
リリアは目を瞬いた。長い。覚えられない。
「こっちがノームのゴリゴリ」
ノームが頷いた。小さいけれど、腕が太い。
「ゴリゴリだ。本名はゴルゴルゴ・ゴリンダリウス・ゴンゴロメウス三世だが、長いからゴリゴリでいい」
「……よろしくお願いします」
やっぱり長い。そして『ゴ』が多い。
テーブルには食器が並んでいた。全て銅製だった。皿も、カップも、スプーンも。美しく磨かれていて、温かい光を反射している。
「この食器、全部ゴリゴリが作ったんだ」
鉄ヒゲが言った。
「俺たちが掘った銅だからな」
ゴリゴリが、少し誇らしげに言った。
「自分たちで掘ったもんで飯を食う。鉱夫の誇りってやつだ」
リリアは銅の皿を見た。
丁寧な細工。美しい曲線。長年の技術の結晶だ。さっき部屋で見た拙い燭台とは、全然違う。
でも、あの下手な作品たちも大切に残している。ゴリゴリは、弟子たちにも教えていたのだろう。金属の加工を。鉱夫の誇りを。
ディエゴが料理を持ってきた。大きな銅の鍋。蓋を開けると、湯気がふわりと立ち上った。いい匂いが広がる。
シチューと黒いパン。
とろりとした茶色のルー。大きく切られたじゃがいもが、ごろりと見える。人参も、玉ねぎも、肉も、惜しみなく入っている。ディエゴがリリアの皿によそってくれた。たっぷりと。
リリアは、器を持とうとした。熱い。
「あっ……」
思わず手を離した。
「ああ、銅は熱がすぐ伝わるからな」
鉄ヒゲが言った。
「中身が熱けりゃ、器も熱くなる」
「だから俺は熱いもんが苦手なんだよ……」
ゴリゴリが、ぼやいた。
「木のカップでも使えよ」
鉄ヒゲが言う。
「……それは……」
ゴリゴリは、少し黙った。
「自分だけ他人が作ったもんを 使うのは、ちょっとな……」
「相変わらず頑固だな」
「お前に言われたくねえ」
二人が睨み合う。でも、目が笑っている。
「……いつものことだ、 気にするな」
ディエゴが静かに言った。リリアは少し笑った。
「……いただきます」
スプーンでシチューをすくった。ふうふうと息を吹きかけて、一口。
熱い。舌先がひりひりする。慌てて口を開けて、息を吸い込んだ。
「ああ、熱かったか」
ディエゴが言った。
「鉄ヒゲが熱いのが好きでな。いつも煮えたぎるくらいで出してる」
ゴリゴリがぼやく。
「俺らには厳しい温度だぜ」
「お前が猫舌なだけだ」
「違う、普通だ」
リリアは、もう一度ふうふうと冷ました。今度は慎重に、少しだけ。
熱い。でも、おいしい。
じゃがいもがほくほくと崩れる。舌の上で溶けていく。人参は甘い。肉は柔らかく煮込まれていて、噛むと旨味が広がる。塩加減がちょうどいい。体の芯から、じんわりと温まっていく。
鉄ヒゲが、自分の器から湯気の立つシチューを豪快にすすっている。熱くないのだろうか。ドワーフの舌は頑丈なのかもしれない。
ゴリゴリは、スプーンでかき混ぜながら、少しずつ冷ましている。銅の器が熱を良く伝える上に、この具だくさんだ。器全体が熱を帯び、なかなか口をつけられないのだ。
それでも、木のカップは使わない。
ディエゴは黙々と食べている。無愛想だけど、二人の様子を時々見ている。
三人とも、同じシチューを食べている。同じ器で。三十年、ずっとこうして食べてきたのだろう。
黒パンをかじった。
硬い。歯を立てるとぎしりと音がする。ずっしりと重い。噛みしめると酸っぱい味が広がる。ライ麦のパンだ。食べ慣れない味だった。
もそもそと咀嚼する。飲み込むのに苦労する。リリアの表情を見てディエゴが立ち上がった。棚から瓶を取り出す。
「これをつけろ」
ブルーベリーのジャムだった。濃い紫色。瓶の中でとろりと光っている。
「……いいんですか?」
「サービスだ」
「おお、親方のジャムだ」
鉄ヒゲが嬉しそうに言った。
「あれ食うと、暗い坑道でも目がよく見える気がするんだよな」
ゴリゴリが言う。
「気のせいだろ」
「いや、本当だって。昔から言われてる」
「……ブルーベリーは目にいいらしい」
ディエゴが、ぼそりと言った。
リリアは黒パンにジャムを塗った。紫色が黒いパンの上に広がる。一口かじる。
甘酸っぱい果実の香りが、口の中にふわりと広がった。パンの酸味と、ジャムの甘さが、不思議と合う。硬いパンが、少し食べやすくなった気がする。
「……おいしい……」
涙がにじんだ。温かい。おいしい。久しぶりだ。
誰かと一緒にご飯を食べるのは。温かい料理を食べるのは。
「俺たちゃ三十年の付き合いだ」
鉄ヒゲが言った。
「弟子はみんな独立した」
ゴリゴリが続ける。
「……最後まで残ってくれたのは、こいつらだけだ」
ディエゴが、静かに言った。
「当たり前だろ、親方」
鉄ヒゲが笑った。
「最後まで掘り尽くすさ」
ゴリゴリも笑った。
三人の間に流れる、温かい空気。三十年の絆。リリアは、胸が温かくなった。
「あの……」
リリアは言った。
「泊めていただいたお礼に……何か手伝えることはありませんか?」
ディエゴは首を振った。
「いや、いい。一晩だけだろう」
「おいおい親方、せっかく嬢ちゃんが言ってくれてるんだ」
鉄ヒゲが、ディエゴとは反対側の手で、音が立たないようにしながら、指をトントンするしぐさをする。
「まあまあ、そう固いこと言うなって」
鉄ヒゲの合図を見て、ゴリゴリもリリアに助け船を出す。素直に気持ちを口に出せないディエゴを三十年見てきた二人ならではの連携なのだろう。
ディエゴは、少し考えた。
「明日、鉱山を見てからだな。何か手伝えそうなことがあれば、頼むかもしれん」
リリアは三人を見た。三人とも笑っている。無愛想なディエゴも、少しだけ口元が緩んでいる。
「……はい!」
リリアは頷いた。
食事を終えて部屋に戻った。ベッドに横になる。天井を見る。窓の外はもう暗い。星が見える。
棚の小物が、月明かりに照らされていた。歪な燭台。不格好なフック。誰かの、初めての作品。
久しぶりに、温かいご飯を食べた。
久しぶりに、人と一緒に食事をした。
三人の言い合い。でも、仲が良い。
ディエゴのジャム。
「……優しい人たち……」
明日何か手伝えるといいな。
そう思った。
(……ミーナさん)
懐の紹介状をそっと触れた。
(仕事は、見つからなかったけど……)
(でも、温かい場所に来れました)
(ありがとうございます……)
目を閉じる。
久しぶりに、安らかに眠れた。
12話で新キャラがおじさん2人と書いていましたが
さらに、鉱山のおじさんは3人組に増えてしまいました。
長すぎたので到着編、食事編の2話に分けてみました。
本来、一番大変なラストレスキューのネタ出しより
おじさん3人の設定の方が時間がかかっています。
1章の「団長」とか名前考えておけばよかった
…という反省をこめすぎましたかもしれません。
いつものペースだと、3話目にはモンスターが襲ってくるのですが…
「ご飯食べただけ」で終わってしまいましたッ!
もし、飯テロ回になっていたら嬉しいです。
この先、何が起こるかは12話冒頭でチラ見せしていますので
そこまで、もう少しおつきあいいただけると幸いです。




