雨が静かに終わるとき
馬車が村への道を進む。マーカスは、調査依頼書を見ながら溜息をついた。
「……ゴブリンの次は、ゾンビか……」
先週のゴブリン100体。
全ての詳細報告書はさすがの俺でもこたえた。ペンを握ると手首がまだ痛む。
ゾンビ調査は面倒だ。ゾンビと犠牲者の区別がつかない。
死亡記録がある人間が、ゾンビになって混ざっている。
遠方から徘徊してきたゾンビは、どこから来たのか調べるだけで骨が折れる。
そして――
最近死んだばかりの者と、行方不明者の目撃情報が大量に加わる。
見舞金目当ての偽情報だ。おかげで、見舞金の二重取りを厳しく罰する法まで作られた。それでも、一つ一つ確認しなければならない。マーカスは、溜息をつく。
そして――
死臭。
ゾンビの腐敗臭が、服に染みつく。
「……早く終わらせて帰りたいものだ……」
調査依頼書を開く。
ゾンビ襲撃事件。
推定被害:不明。
敵戦力:ゾンビ多数。
「……ゾンビ多数、か……」
マーカスは、小さく呟く。
(12、3体といったところか…)
(帰りたくなるが仕事だ、応援が2人はほしいところだな)
マーカスは調査依頼書を閉じた。
馬車が村に到着する。
ギルドの扉を開ける。受付には若い女性職員がいた。
「調査員のマーカスだ」
「お待ちしておりました」
受付嬢――ミーナが、小さく頭を下げる。
マーカスは調査依頼書を開いた。
「このヒーラーは?」
「もう、いません」
「逃げたか」
「違います!」
ミーナの声が強くなる。
マーカスは、顔を上げた。
「……違う?」
「リリアちゃんは、誰よりも献身的でした」
ミーナが拳を握る。
「この村を救ったんです」
「村人は、誰も助けられなかった」
「でも、リリアちゃんは――」
マーカスは調査依頼書に目を落とした。
「……そうか」
マーカスは事件の跡を訪れた。
異常な光景。肉片も骨もない。灰だけが地面に残っている。
「……炎で焼いた……?」
村人が、近づいてくる。
「ヒーラーが魔法を使って…」
「炎で焼いたんです」
「それから消毒液を撒いて…」
マーカスは眉をひそめた。
「炎の魔法?」
「はい…すごい火力でした…」
マーカスは首を振る。
「ヒーラーが超高位の火属性魔法が使えるのか?」
「分かりません…でも確かに炎で…」
「火属性魔法では、アンデッドを完全に焼却できない」
「あれは“燃えるふり”はしても、芯が残る…」
マーカスは手帳にメモを取る。
(またでたらめを…)
(村人の証言は、恐怖で大げさになる)
(ヒーラー、いや火属性のキャスターでもこんな芸当はできない)
(魔法学校のグランドマスター5人、全員集めても無理な話だ)
(おそらく自警団が何とかしたのだろう)
「何体のゾンビが出た?」
村人の顔が、青ざめる。
「……200……いえ、もっと……」
マーカスの手が、止まった。
「……200……?」
「はい…流行り病で亡くなった人が、全員…」
マーカスは、息を呑んだ。
(……200体……?)
(……12、3体じゃなかったのか……?)
(……桁が違う……)
「死者が全員ゾンビ化……?」
マーカスは首を傾げる。
「そんなことが……」
土葬した死体がゾンビ化する確率は多くても5人に1人。全員がゾンビ化するなど、ありえない。
「……何か、特別なことが……?」
村人が小さく頷く。
「シルヴィさんが……」
「シルヴィさん?」
「流行り病で亡くなった方です」
「その方が……ワイトに……」
マーカスの顔が強張った。
「……ワイト……?」
マーカスは手帳を開く。震える手でメモを取る。
(……ワイト……)
(……50年で2例しかない……)
(……それが、この村に……)
マーカスは深呼吸をした。
「……ワイトの能力は『魂の執着』……」
「支配下のゾンビに、生前の記憶を共有させる……」
「愛する者へと向かわせる……」
マーカスは村人を見た。
「……では……」
「村人全員が、噛まれたはずだ……」
「感染者は?」
村人が首を振る。
「一人もいません」
マーカスの顔が険しくなる。
「……一人もいない……?」
「はい…」
マーカスは、信じられないという表情をした。
(……ワイトの『魂の執着』……)
(……村人全員が、噛まれたはずだ……)
(……それが、感染者ゼロ……?)
(……ありえない……)
「一体、何が起きたんだ…」
マーカスは村を見回った。静かな村。でも、どこか影がある。
「もうすぐ冬だな」
村人が小さく頷く。
「ええ…厳しい冬になりそうです」
「流行り病で、働き手が減った」
「畑を耕す人も足りない」
マーカスは空を見上げた。
灰色の雲。一足早い冬の訪れ。
「流行り病の後の冬か…」
マーカスは小さく呟く。
「来年の春まで、持つといいが」
馬車に乗り込もうとした、その時――
別の馬車が村に入ってくる。
立派な馬車。王立の紋章。マーカスは目を見開いた。
「……王立魔導研究所……?」
マーカスは馬に目を奪われた。太くしなやかに発達した後脚の筋肉。
「……高速移動用の改良品種……?」
噂に聞いたことはあったが、実物を見るのは初めてだ。
この種は『一度本気で走らせれば、三ヶ月は使えなくなる』と言われるほど繊細で、専用の熟練厩務員がつきっきりで管理する必要がある。
休養中の個体も含めて五大都市で六頭ずつしか配備されていない。そんな希少種を、まさかこんな場所で見ることになるとは。
(……こんな小さな村の事件に……)
(……よほど重要視しているのか……)
マーカスは驚いた。
馬車が止まる。中から人の良さそうな初老の男性が降りてくる。
「やあ、ギルドの調査員殿」
男性がにこやかに笑う。
「王立魔導研究所のバルドリックと申します」
「ゾンビ事件の調査に参りました」
マーカスは首を傾げた。
「……もう、ご存じなんですか?」
「支部から本部への報告は、まだのはずですが……」
「ああ、独自の情報網がありましてね」
「ゾンビ事件と聞いて、すぐに来ましたよ」
「人々を守るため、常に『情報』を集めているんです」
マーカスは感心した。
(さすが国家機関…)
「……ですが、現場にはもう何も残っていません」
「ヒーラーが完全に焼却し、消毒まで済ませています」
穏やかに笑みをうかべるバルドリックの表情が、一瞬曇る。
「……焼却……?」
「……消毒も……?」
「はい。完璧に処理されています」
バルドリックは小さく溜息をついた。
「……そうですか……」
「……残念です……」
「?」
「いえ、研究のサンプルが欲しかったのですが」
「敵大陸の蛮族への対策を研究しておきたかったんです」
マーカスは頷いた。
(……ゾンビの残骸……)
(……体液がわずかでも傷口に入れば感染する……)
(……助からない……)
(……そんなものを、サンプルとして研究……)
マーカスはバルドリックを見た。にこやかに笑う人の良さそうな顔。
(……人々を守るために……)
(……死の危険をも厭わない……)
(……俺には、とても真似ができない……)
マーカスは右手を胸に当て、左手を背に回す。
ギルド式の最高の敬礼。
そして、深く頭を下げた。バルドリックが小さく笑う。
「まあ、仕方ありませんね」
「では、村の様子だけでも見ていきましょう」
バルドリックの馬車を、敬礼しながら見送る。
そしてマーカスは、馬車に乗り込んだ。
(……本当に……良い人だ……)
馬車が村を出る。マーカスは窓の外を見た。
「失格ヒーラー、か……」
マーカスは小さく呟く。
「村を救ったのに、な」
その頃――
雨の中を一人歩く少女がいた。
リリアは、紹介状を開いた。ミーナの丁寧な文字。
『海沿いの鉱山都市――ポルトマーレ』
『春には閉山予定ですが、だからこそ、短期の雑用の口も多いです』
『ヒーラーの身分を隠して働けるはずです』
リリアは小さく笑った。
(……ミーナさん……)
紹介状の端に小さく書かれた一文。
『冬でも海で泳げるくらい、暖かいそうですよ』
(……海……)
リリアは、空を見上げた。雨が顔を濡らす。
(……海か……)
(……見たこと、なかったな……)
リリアは紹介状を握りしめた。心なしか足取りが軽くなる。
(……どんな場所なんだろう……)
(……暖かいって……どれくらい……?)
(……次こそは……)
(……きっと……)
リリアの先の空の裂け目から陽の光がさす。雨はじきに止むだろう。
息を吐く。
胸の奥に溜めこんでいたものをすべて手放すように。
そして、息を大きく吸う。
そっとフードを下ろし、光へ向かって微笑む。
(このくらいの雨なら、何ともないな…)
リリアは陽のあたる方へ……、海の見える町へと、歩き続けた。
今回で2章完結です! 読んでいただき、ありがとうございます!
いやぁ、お馬さんを見た時のマーカスさんの早口ぶり。仕事の愚痴とは大違いです。
この人も「ドクターイエローを見た男児」みたいになる事あったんですね。
3章は「ビリリッ⚡常夏ビーチでドッキリ!」です。
ビーチとなるとお約束要素のアレは外せないですね。
ちょっと大胆な姿になるかもしれません、お楽しみに。
12/14 20時ごろ公開です。




